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3-51. ラグナレク 18. 異界よりの脱出

*  *  *  *  *




 異界の空を、黒い竜が食い破ろうとしているのを私たちは見た。

 あれがアリスの仕業かどうかはもちろん確証はない。

 けれど、オーディンたちの困惑を見る限り、少なくとも向こうにとっては想定外の出来事なのは間違いない。


「……ぐっ……! 今、が……好機……!」


 私を庇って敵の攻撃を受け続けていたヴィヴィアンが、苦しそうに呻きながらも立ち上がろうとする。

 それを制止しようと、黒い竜に戸惑っていた嵐の戦士(エインヘリアル)たちが再度ヴィヴィアンに槍を突き立てようとするが、それよりも早くヴィヴィアンが魔法を唱える。


「インストール……《フェニックス》!!」


 瞬間、ヴィヴィアンの全身が炎に包まれ、突き立てられた槍毎エインヘリアルたちを焼き尽くす。

 インストール――使っちゃダメだとは言っていたけど、今そんなことを言ってる余裕はないか。むしろ、今使うべき時だ。


「ご主人様――行きます」


 ヴィヴィアンが立ち上がり、私を抱きなおしながら言う。

 全身が炎に包まれているものの、私には熱さは全く感じない。敵にだけ効果があるとかなのだろう。

 《フェニックス》の持つ特性は『炎』『飛翔』、そして『再生能力』だ。インストールを使うことで、ヴィヴィアンは一時的に召喚獣の力を自分自身で扱うことが出来る。

 ということは、《フェニックス》の持つすべての能力をヴィヴィアンが持つということだ。彼女の受けていたダメージは、全て《フェニックス》の再生能力によって癒えている。

 ……アリスの能力も大概だけど、やはりヴィヴィアンもまた大概だと思う。もしクラウザーがヴィヴィアンとしっかりとした協力関係を築けていたとしたら……あの最後の戦いで敗北していたのは私たちの方だったかもしれないとさえ思える。

 オーディンの目もこちらを向くが、それを遮るように天空から黒い竜――近くまで来てみたらよくわかる。これは《グングニル》だ――が降り注ぎ、ところかまわず暴れ回る。

 黒い暴風を纏った竜の登場にオーディンの意識もそちらに集中せざるを得ない。


”よし、行こう、ヴィヴィアン!”

「はい」


 インストールによる暴走だけは心配だが、今のところその兆候はない。

 とにかくここから外へと脱出することが先決だ。

 私を抱えたまま、ヴィヴィアンが上空へと舞い上がる。

 目指す先は黒い竜が食い破った箇所だ。


”どうなるかわからないけど、あそこから外へ行けそうだ”

「大丈夫です。アレは姫様の魔法――なれば、必ずやあの裂け目から外へと出られるはずです」


 ヴィヴィアンは確信をもってそう言う。

 ……ま、今の私たちは信じて行動するしかないか。


”追手も来るけど……今は無視して、とにかく脱出しよう!”


 黒い竜に襲われつつも、何体かのエインヘリアルたちは私たちを追って来ようとしている。

 そんなのには構っていられない。私たちはエインヘリアルを無視して一直線に裂け目へと向かう。

 《フェニックス》の飛翔能力はかなり高い。(おそらくは)風竜なのであろうエインヘリアルたちの飛行スピードとほぼ同等だ。インストールによって能力が増しているのもあり、《ペガサス》で飛ぶのとほぼ同じくらいか。

 撒き散らされる黒い風と雷は不思議と私たちを避け、的確にエインヘリアルたちへと向かい動きを妨害――どころか撃墜していっている。

 よし、これなら逃げ切れる!




 私たちは何とか空の裂け目へとたどり着き……。


「……行きます!」

”うん!”


 先の見えない暗黒の中へと躊躇わずに飛び込んでいった。




*  *  *  *  *




 どれくらいの時間が経ったか。多分、実際にはほとんど時間は経っていなかったのだろう。

 何も見えない真っ暗闇の空間を、私とヴィヴィアンはひたすら真っすぐに飛び続けていた。

 この暗闇はグラーズヘイムに空いた穴、というだけではなさそうだ。

 ……アリスは多分《ラグナレク》を使ったのだろう。この空間の中にいて感じる居心地の悪さというか気持ち悪さは、どことなくキング・アーサーの時に使った時のあれに似ている感じがする。

 《グングニル》に《ラグナレク》を掛け合わせて使ったというところか。ただでさえ強力な神装に対して《ラグナレク》を使ったのだ。その威力は計り知れない。

 それが外からグラーズヘイムを食い破り、内部――さっきまで私たちがいた空間が果たしてグラーズヘイムの内部なのか定かではないが――まで届いたということなのだろう。

 改めて、アリスの力の凄まじさを私は思い知った気分だった。

 私が知っているユニットはそう数は多くない。でも、その中でもアリスの力は群を抜いていると言ってもいいだろう。

 彼女が特別なのか、私が特別なのか……それにユニットの元となる人間によって大きく差がつく要因はなんなのだろうか……?

 考えたって私にはわからない。気にはなるけど、それに答えてくれる人はいないだろう。

 ただ心配なのは、《ラグナレク》に限らず強力な魔法――ヴィヴィアンであれば《アングルボザ》等――を使い続けることで、本当に彼女たちに影響がないかどうかという点だ。

 ない――とは言い切れない。かつてジュジュは、『ゲーム』によって彼女たちの命が奪われることはない、とは言っていたけど、それだってどこまでが本当かどうかわからない。というよりも、ジュジュが全てを知っているとは限らないのだ。

 ……この点はトンコツも同じか。どっちかというと、彼の暫定フレンドさんの方が詳しいという可能性はある。

 目の前の戦いで精一杯だったから久しく忘れていたけど、この『ゲーム』は相変わらず謎だらけなのだ。その謎を解くことは、きっと私たちの最終目標である『ゲームのクリア』に近づくことだと私は思っている。

 まぁ、今は手掛かりも何もないんだけど……。


「! ご主人様、前方に光のようなものが見えます」


 しばらく飛行を続けていると、暗闇の中に一点、白い光のようなものが見える。

 出口、だろうか……? 何にしろ、今はここから出るための手がかりが欲しいところだ。


”行ってみよう”


 この空間が、外からアリスの魔法によってこじ開けられた穴だとすれば、あの光は外の光……になりそうな気がする。

 私たちはその光点へと向かって突き進み――




「……外へと出ました!」

”うん! やった!”


 光へと飛び込んだ後、視界が急に暗くなった――と思ったら、グラーズヘイムの背中から私たちは飛び出していた。

 見れば、グラーズヘイムは全身に黒い何かを纏わりつかせ、苦しそうにもがいている。

 ……うーん、改めて見ると、確かにグラーズヘイムはかつてない巨大なモンスターなんだけど、さっきまで私たちがいたあの空間よりは絶対に小さいんだよなぁ……。まさか、本当にグラーズヘイムの中から更なる異世界にでも行っていたということだろうか。


「ご主人様、姫様はどちらに!?」

”あ、そうだね、ごめん!”


 今は余計なことを考えている暇はない。すぐにでもアリスと合流しなければ。

 幸い、アリスのリスポーン可否を問うダイアログは出ていない。まだ大丈夫なはず――


”……いた! 左斜め後ろ、多分地面にいる!”


 レーダーでアリスの位置を確認。一か所から全く動いていない。

 もしかして、グラーズヘイムへと攻撃するのに力を使い果たしてしまって動けない状態にあるのではないか。


「かしこまりました!」


 ヴィヴィアンも同じことを考えたのか、普段の無表情とは打って変わって焦りが見える。

 すぐさま私の指示した方向へと飛ぶ。この際、グラーズヘイムは無視だ。幸い、今はアリスの攻撃が効いているのか、まだこちらへと向かってくる様子はない。

 《フェニックス》をインストールしたまま、風竜たちを無視して突き進む。

 風竜たちもこちらへと向かってくる、というよりはグラーズヘイムの方へと向かっているようだ。特に積極的にこちらへと襲い掛かってくる様子はない――かといってわざわざお互いに避けあうこともないので、進路上にいた風竜は《フェニックス》の炎で焼き焦がしていく。


「いました! 姫様!!」


 私よりも早くヴィヴィアンがアリスの姿を見つける。

 進む先には……。


”ありす!”


 魔力が尽きてしまったのだろう、変身が解けたありすがぐったりと地面に横たわっている。

 その周囲には風竜の死骸が無数に転がっている……。


”……? 誰か、いる……?”


 最初、それが『人』だとは私にはわからなかった。

 だが近づくにつれてそれが『人型』をした黒い『靄』の塊のようなものだと段々見えてきたのだ。

 敵――いや、風竜の仲間ではなさそうだ。おそらく、クエストに参加していた別のユニットなんだろう。

 そういえば、ジェーンもいたはずだけど、彼女は一体どうなったんだろうか? 気にはなるけど、悪いけど今は無防備なありすの方を優先しなければ。

 私たちが近づくのを謎の『靄』も認識していたのか、ありすの傍から少し離れて場所を開けてくれる。


”ありす!”

「ありす様!」


 着地と同時に《フェニックス》をアンインストールで解除、彼女にキャンディを与えて魔力を回復させる。

 ありすが酷い怪我を負っているようなら、すぐに《ナイチンゲール》を呼び出して治療してあげなければならない。

 ……が、予想に反してありすの体は傷一つ負っていない。傍目にはただ眠っているだけのように見える。


「……彼女のダメージはあたしが回復しておいたわ。今は疲れと魔力切れで気を失っているだけ」


 言葉を発したのは――黒い『靄』だ。

 見た目に反して意外にも涼やかな声音……だが、気になるのはそんなことではない。

 私は、その声に聞き覚えがあった。


”君は……まさか……!?”


 私の声に、『靄』は――


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