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3-50. ラグナレク 17. ジェーンと――

 時は少し遡り――アリスが一人巨大触手とヴォルガノフと戦闘を繰り広げていたころ。


「……あれ? アタシ……まだ生きてる?」


 一度は死んだ……と思い込んで意識を失っていたジェーンだが、目が覚めた後にまだクエスト内にいることにすぐに気づき、不思議そうに首を傾げる。

 無数の風竜に襲われ重傷を負い、ついには動けなくなった自分に向かって群がってくる姿を目にしたはずだが……。

 と、そこで全身の怪我すらも癒えていることに気付いた。


「あれれ?」


 使い魔(ユーザー)がいればリスポーンで全快するだろうが、このクエストには使い魔は来ていない。ということはリスポーンしたわけでもないのに、なぜか傷まで癒えているということになるが……。

 不思議なこともあるもんだなぁ、と深く考えずに流そうとする。


「……起きた?」

「んにゃっ!?」


 突然背後から声をかけられ、ジェーンは飛び上がる。

 振り返ってみると、そこには――


「……え? 誰、いや……何?」

「……」


 そこにいたのは、黒い『(もや)』としか言いようのない、不可思議な存在であった。ただ、輪郭はぼやけているものの全体的には人間と同じような形をしているのがわかる。

 風竜たちとは違うが、味方とも思えない出で立ちだ。


「大丈夫そうね」


 見た目に反し、意外にも涼やかな女性の声音が『靄』から発せられる。


「おおう!? 喋った!?

 ……あれ? もしかして、アタシを助けてくれたのって……」


 一瞬驚いた声を上げるが、すぐにその『靄』が味方であることに気付く。

 そして意識を失う前にもこの『靄』のようなものを目にしたことを思い出し、助けてくれたのだと思い至った。

 風竜たちのような敵でなければ味方、もっと言えば魔法少女(ユニット)なのだと思ったのだ。見た目の特異さはともかくとして。


「あなた、まだ戦える?」


 割と無礼なジェーンの物言いを意に介さずに言い放たれた『靄』の言葉に面食らうものの、すぐさま意識を切り替えジェーンは頷く。

 戦いはまだ終わっていない。少し離れた位置ではジェーン――美々香の友人であるアリスが未だ戦っているのだ。

 魔力には余裕はある。キャンディもまだ残っている。

 最初に思った以上に時間が経過しているため現実世界の方がどうなっているのかは気になるが、ここで引くような少女ではない。


「まだまだいけるよ!」


 一番の不安だった体力はなぜか回復している――この『靄』のおかげだろう――のだ、アリスが暴れ回っているおかげで風竜もそちらへと集中している。残りキャンディを使い果たすまでに、ジェーンでも相当相手に損害を与えることは出来るに違いない。

 だから、答えは決まっていた。ジェーンは、まだまだギリギリまで戦うつもりだ。

 彼女の答えに『靄』は頷くと、上空に浮かぶヴォルガノフを指し示す。


「あなた――アレを一匹、倒せる?」

「アレ……って、ヴォルガノフ……?」


 ヴォルガノフのレベルは5。普段のクエストではレベル3が適正であるジェーンにとっては数段格上の相手となる。

 倒せるかどうか、で言えば実は倒せないことはない。これがドラハンのようなゲームであればステータスの差を埋めるためには相当な技量が必要となり、出来る出来ないを論じることにあまり意味はないだろう、

 しかし、この『ゲーム』であれば話は別だ。ステータスの差は、魔法によって覆すことも出来る。もちろん、それなりに魔力の消費等の代償が必要となるが。

 それら諸々の条件を鑑みて考えた結果……。


「――わかった。やる」


 決意に満ちた表情でジェーンは頷く。

 出来る出来ないはともかく、やらなければならない。アリスが今必死に戦っている理由の詳細まではわからないだろうが、ヴォルガノフを放置したままグラーズヘイムと戦うことなど出来はしない、ということは理解している。

 彼女の助けになりたい――それがジェーンの思いだ。引いてはそれが、グラーズヘイムに飲み込まれてしまったヴィヴィアンたちを助けることにつながる。

 ジェーンの言葉に、『靄』が頷く気配がした。


「なら、あなたに『力』を与える」

「……『力』?」


 何か胡散臭い。と思うものの、『靄』がユニットであるならば、他のユニットのステータスを上昇させるような魔法(バフ)もあるだろう、と勝手に納得する。

 『靄』が後ろを振り向き、


「あなたは?」


 彼女?の後ろにもう一人いたらしい、そちらへと声をかける。

 ジェーンがそちらを見てみると、そこには見たことのない小柄なユニットの姿があった。

 狐の面を頭に載せた、和装の幼女――先刻、ヒルダを風竜の群れから助けたユニットである。


「……いらない。一人で大丈夫……」


 表情を一切変えずに、小さな声で返す。


「そ。

 それじゃあ、そっちのあなた――」

「ジェーンだよ! よろしく!」


 時間のない、緊迫した場面だというのにも関わらず、ジェーンは朗らかな笑みを浮かべて右手を『靄』へと差し出す。

 その意味がわからないわけではないが、この場面で握手を求めてきたことに『靄』は戸惑うが……。


「……ケイオス・ロア」


 『靄』――ケイオス・ロアも右手を差し出し、ジェーンの手を握る。

 不思議な見た目の割には、握手した感触は普通の手と変わらない、奇妙な感触にジェーンは戸惑うが表情には出さない。


「……もういい? ジュリエッタ、早く戦いたい」


 そんな二人に構わず、もう一人の狐面の少女――ジュリエッタが焦れたように言う。


「ごめんなさい。すぐに魔法を使うから……。

 ジェーン、そしてジュリエッタ。あなたたちで、一人一匹――ヴォルガノフをお願い」

「……ケイオス・ロアは?」


 一緒に戦わないのだろうか。当然の疑問をジェーンはぶつける。

 少し迷った後に、ケイオス・ロアは答えた。


「……あたしは、『あの子』を守りに行く」




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 そして、現在。


「うにゃあああああああああっ!!」


 ケイオス・ロアにかけてもらった強化魔法――《ゴッドブレス》によって一時的に爆発的なステータスの上昇をされたジェーンは、自身の最大魔法を使ってヴォルガノフを滅多打ちにしていた。

 体感だが、ジェーンは今、《邪竜鎧甲》を纏ったアリスと同等に近いほどの力を得ていると感じている。

 最大魔法を使ったとしても、普段のジェーンであればヴォルガノフの打撃に強い肉を突破できることはなかっただろうが、今は普通に攻撃が通じている。むしろ、柔らかい豆腐でも殴っているかのような、自分の力が強すぎて逆に手応えを感じないくらいである。


「これで――!!」


 ただし、制限はある。

 ケイオス・ロア曰く、《ゴッドブレス》の効果はきっちり60秒しか継続しないと言う。そして、一度のクエストで《ゴッドブレス》の効果を受けられるのは一度切りだとも。

 つまり、これでヴォルガノフを倒し切ることが出来なければ、もうジェーンには打つ手が無くなるということである。


 ――大丈夫、行ける!


 《ゴッドブレス》の制限時間が来る直前に、ジェーンは再度自身の最大魔法を使用する。

 既にヴォルガノフの胸部甲殻は《デッドリー・ブレイク》によって完全に破壊され、コアが露出している状態だ。

 ここに最後の一撃を叩き込めば倒せるはず。そう信じ、ジェーンは残り魔力を振り絞った渾身の一撃を放つ。


「終わりだぁぁぁぁぁぁ! アクション《デッドリー・ナックル》!!」


 『腐食』の力を全身に纏い相手を攻撃する《デッドリー・ブレイク》とは異なり、右拳に全魔力を集中させた一撃――それをヴォルガノフのコアへと叩き込む。

 周囲を包むブヨブヨの肉とは全く異なり、まるで岩石のような硬さのコアではあったが、生命そのものを拒絶する『腐食』の属性は硬さをものともせずにコアを侵蝕し、破壊する。

 ヴォルガノフが大きく震え、痙攣し……やがて力を失い地上へと落下していく。


「……勝った……」


 やれることは全部やった。

 後はアリスがグラーズヘイムからヴィヴィアンたちを助けることが出来れば終わりだ。

 もう一匹のヴォルガノフはというと、いつの間にか空中から姿を消している。

 いかなる方法を用いたのかは想像もつかないが、ジェーンが戦っている間にジュリエッタと名乗るユニットが倒したのだろう。


 ――アリスも、ジュリエッタも……皆強いや……。


 そんなことを思いながら、ほとんど全ての魔力、そして『気力』を使い果たしてしまったため動けなくなったジェーンは、ヴォルガノフと共に地上へと落下していく。


「……あ、あれ? このままだとアタシ……ヤバい?

 う、うにゃあぁぁぁぁぁぁ!?」




 ……落下していくヴォルガノフ(とジェーン)とすれ違うように黒い流星――アリスの放った《グングニル・ラグナレク》が上空のグラーズヘイムへと向かって行った……。


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