3-49. ラグナレク 16. 破神
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「アクション――《デッドリー・ブレイク》!!」
地上から飛んで――文字通り、飛翔して来たジェーンは、アリスを襲おうとするもう一匹のヴォルガノフへと向けて自身の使える中では最大級の威力を誇る魔法を使う。
彼女の魔法は自身の肉体にある器官を利用したものに限られている。それゆえ、飛行を行う場合は事前にもう一つの魔法で『翼』を作らなければならない等、面倒な制約がある。
――ただし、そうでない限りは、今ある器官を使う魔法でさえあれば、アリスやヴィヴィアンの魔法と同様、ほぼ何でも出来るのだ。
肉体強化、および強化を施した一撃の威力を高める等、物理的には無理のあるものであっても、魔法であればそれは容易に実現することが出来る。
魔力の保つ範囲でさえあれば、ほんの一瞬だけであっても、アリスの神装に匹敵する魔法を使うことも可能なのである。
そんな彼女の放つ現状最大の魔法である《デッドリー・ブレイク》――その効果は、
「うにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ジェーンの右腕に漆黒の光が集う。
それは、あらゆる生命を『拒絶』するかのような、虚ろな闇――
アリスの方へと集中していたヴォルガノフは、真下から飛んできたジェーンの一撃への反応が遅れてしまった。
ジェーンの右拳がヴォルガノフの胸部へと突き刺さる。
と同時に、じゅうっ、と肉が焼ける時のような音がし、ヴォルガノフの胸部が溶ける。
生命を拒絶する、生に相反する死の力――《デッドリー・ブレイク》は触れるもの全てを『腐食する』効果を持っているのだ。
「アリス!」
そのままヴォルガノフにしがみつきつつ、ジェーンがアリスに向かって叫ぶ。
「こいつらは、アタシたちが何とかするから! アリスはボスを!!」
突然現れたジェーンの言葉に対し、アリスは深く考えることもなく頷く。
「……任せた!」
ジェーンの実力ではレベル5であるヴォルガノフはかなりの格上の相手だ。普通ならば到底敵うはずもない。
《デッドリー・ブレイク》の一撃は確かに効いたようだが、それは彼女の残り魔力を気にしない、なりふり構わない一撃だったから通ったにすぎない。
このまま攻撃を続ければ確かにヴォルガノフも倒せるかもしれないが、今の魔力の使い方を続けていればヴォルガノフを倒す前に魔力が尽きるだろう。全力疾走でマラソンを走るようなものだ。
だというのに、アリスはジェーンの言葉を疑うことはない。彼女にとって命よりも大切な使い魔と仲間の命がかかっている状況にも関わらず、ジェーンのことを一切の疑いもなく信じるのだ。
――それは、アリスがジェーンの本体……美々香のことを知っているから。美々香はできもしないことをできると言わないし、できると言ったのであれば必ず――どんなことがあってもやり遂げる少女だということを知っているからに他ならない。
「――待ってろよ……今、助ける!」
もはやアリスの目にはヴォルガノフは映っていない。
足場としていたヴォルガノフを最後に刻みつつ蹴り飛ばし、地上へと落下する。
さっきまでの戦いで、触手やヴォルガノフに与えたダメージの手ごたえから、既にアリスのステータスは上限近くまで上がっている、と実感していた。これ以上敵を倒してもあまり強化は望めないだろう。
となれば残敵を掃討するのはラビたち救出後の安全を確保する意味しかない。それについても、ジェーンたちがいれば何とかなる、とアリスは判断する。
――次が最後の魔法だ……。
残り魔力はキャンディも含め、グラーズヘイムを滅ぼすための魔法を使って終わりとなる。
これで助けられなければ、ラビたちの一党は全滅となってしまうだろう。
だが、アリスはそうはならないと確信している。
「これで……終わりだ!」
地上へと降り立ったアリスが妨害しようとする触手を薙ぎ払い、とどめを刺す。
上空のヴォルガノフはジェーンたちが奮闘しているのか、二匹とも苦しそうにじたばたともがいている。
もはや邪魔者はいない。
「ext《嵐捲く必滅の神槍》! ext《滅界・無慈悲なる終焉》!!」
使うはアリス最大の切り札である《グングニル》――それに《ラグナレク》を付与した神装――
《竜殺大剣》が槍へと変化、嵐を纏う神槍を作り出し、それが《ラグナレク》によって黒く染まる。
これこそが、アリス単独で使える最強の威力を誇る極限魔法――
「皆殺しにしろ!!
ext――《神喰らう暗冥の烈槍》!!」
アリスの言葉と共に、黒嵐を纏う神槍が空を裂きグラーズヘイムへと向かう。
神槍は途中にいる風竜を貫き、迎撃しようと放たれたグラーズヘイムの砲撃をも弾き、ひたすら一直線に目標へと向かい――目標の目前で九つに弾け飛ぶ。
「ぐっ……あっ……」
ほぼ全魔力を使い果たしたアリスは、迎撃で放たれた砲撃をかわすことが出来ずに直撃を受け、大きく弾き飛ばされてしまう。
それでも、彼女の顔には笑みが浮かんでいる。もちろん、勝利を確信した笑みだ。
彼女の確信を裏付けるかのように、九つに分裂した神槍が、ついにグラーズヘイムへと到達した……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アリスの放った《グングニル・ラグナレク》――その特性は、元となった《グングニル》とほぼ同じだ。
すなわち、標的への『絶対命中』である。
いかなる妨害があろうとも、神槍はその動きを止めることなく飛翔し、必ず相手へと命中する。《イージスの楯》のような『絶対防御』で防ぐか、テュランスネイルのように規格外の体力で持ち堪えるしか防ぐ手段はない。
違いは、それが九つ――たとえ一撃を防げたとしても、残り八撃が。そして、その一撃ですら《ラグナレク》によって超強化されている。
如何にグラーズヘイムが『嵐』の化身だとしても、局所的にあらゆるものを巻き上げ、切り裂く『神の嵐』の前には抵抗する術はない。
ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
フィールドにグラーズヘイムの悲鳴が響き渡る。
頭頂部に一本、額の角の間から一本、喉に当たる部分に一本、背中から二本、腹部へと三本。
そして、口内から直接体内へと最後の一本が突き刺さり、グラーズヘイムの全身を抉り削ってゆく。
苦悶し、空中でのたうち回るグラーズヘイム。
如何に逃れようともがいても、九本の神槍からは逃れる術はない。グラーズヘイムは確かに強大な敵ではあるが、《イージスの楯》やテュランスネイルの殻のような強固な防御力をもっているわけではないのだ。
――そのまま、
「……がふっ……!?」
呟こうとしてせき込み、血を吐く。
気づけば、アリスは地面へと仰向けに倒れていた。
《グングニル・ラグナレク》を放った後に砲撃を受けて飛ばされ……そして、地面へと叩きつけられていたようだ。
もはや自分が倒れたことの時すら覚えていない。
(……ラビさん……トーカ……)
既に変身も解かれている。落下中か落下後かもわからないが、いつの間にか完全にありすの魔力が尽きてしまったのだ。
遠からず《グングニル・ラグナレク》も停止するだろう――発動後は例え魔力が無くなったといても起動し続ける神装ではあるが、アリスからの魔力が途切れた後は『惰性』で動き続けるだけだ。キャンディで魔力を回復し続ければ、魔力の続く限り相手を貫き続けることができるが、消費量からしてそれは難しい。どちらにしろ、今やありすは手持ちのキャンディも尽きている。
ならば、せめてグミで体力だけでも回復することが出来れば……とも思うが、
(……ダメだ……体、動かないや……)
地面に叩きつけられた時のダメージか、それとも《ラグナレク》を複数回使ったことによる反動か、ありすは指先一つ動かすことが出来ない。
――彼女自身は気づいていなかったが、既に生身としてのありすの肉体はほぼ死亡していた。全身の骨は砕け、流血はとっくに致死量を超えている。全身の感覚は閉ざされているため痛いとすら感じていない。
それでも彼女が生きているのは、ひとえに『ゲーム』としては体力が残っているから、ということに他ならない。
(ごめんね、ラビさん……またリスポーンすることになっちゃった……)
意識が朦朧とする中で、生き残っていた風竜たちが自分に向かってくるのを最後に、ありすは意識を失った……。