3-48. ラグナレク 15. 雷精竜を討て
2019/4/21 本文を微修正
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
まだ『ゲーム』を初めて少ししか経っていない、ステータスの強化も全然追い付いていない自分がどうしてここまで戦えるのか――ジェーンはわからなかった。
このクエストをクリアして――自分一人では到底無理だが、アリスたちならやれる――現実世界を救うという『使命感』だろうか。それはあるだろう。
リアルでの友達が必死に戦っているために付き合っているだけだろうか。それもありそうだ。
だが、それらの理由で、明らかに格上のモンスターの大群と戦い続けていられるとは到底思えない。かといって、自身のステータスに何らかの補正がかかっているというわけでもない。
……理由は全くわからないままだったが、それでもいい、とジェーンは割り切る。
肝心なのは、今彼女は格上を相手にしながらも生き残り、そして戦えているという事実だ。
もちろん、アリスのように超巨大モンスターを相手に出来るわけではない。攻撃をかわすので精一杯だ。
それでもジェーンが生き残っていることには大きな意味がある。
彼女がいなければ、巨大鮫型風竜は全てがアリスへと殺到していただろう。そうなれば、いかにアリスと言えども巨大触手と同時に相手にすることは難しい。敵のほんの一部であっても引き付けることが出来ている――それがアリスの負担軽減につながり、彼女を生き永らえさせていることになっているのだ。
「はぁっ、はぁっ……しんどい……っ!」
とはいっても限界はある。
体力ゲージとは別に、体を動かすことで蓄積する疲労だけはどうにもならない。
次第にジェーンの動きが鈍り、敵の攻撃をかわすことが出来なくなってくる。
「うぐっ!? くっ……」
魔力にはまだ余裕はある。しかし、格上に囲まれた状況を一気に打破できるような強力な魔法を彼女は持たない。
尻尾を生やし手数を増やしてはいるものの、一撃で敵を倒せるほどの攻撃力はないために押し込まれる一方となってしまっている。
徐々に敵の攻撃を回避することが出来ずに、ダメージも蓄積していってしまっている。
「あっ……!?」
回避しようとした時、足がもつれてバランスを崩してしまう。
拙い――と思ったが既に遅かった。
ジェーンの攻撃が一瞬止んだ隙に、巨大鮫が一斉にジェーンへと群がる。
爪が、牙が、ジェーンの体へと突き刺さる。
「――っっっ!!!」
歯を食いしばり悲鳴を堪える。
悲鳴を上げたらアリスに気付かれてしまう。今の彼女が積極的にジェーンを助けに来てくれるかは疑問だが、少なくとも先程話した感じだと理性が完全に消えているわけではなさそうだった。
そうだとすると、こちらの悲鳴に気付いたらアリスの集中を乱してしまうかもしれない。そうなったら、巨大触手と戦っているアリスにとって致命的な隙を作ってしまうことになりかねない。
だからジェーンは必死に堪える。全体から見たらほんの僅かかもしれないが、風竜を引き付け、アリスの邪魔をしないことが今のジェーンの大きな役割だ。
(ああ……でも、やっぱり苦しいな……)
両手も両足ももはや感覚がない。振り解いて反撃することも出来ない。
あと出来ることは、一秒でも長く持ちこたえることくらいだ。
全身を襲う激痛に必死に悲鳴を堪えながら、ジェーンは思う。
幾ら本当に死ぬわけではないとは言っても、やはり苦しいものは苦しい。前に虫垂炎で苦しんだ時の数倍は苦しい、これが生身の方での痛みならば絶対に耐えられないだろう、と。
(アリス……後は、任せた……)
そんな激痛を死ぬまで堪えることが出来たのは――やはり、隣にいる『仲間』のおかげだったのだろう。
薄れゆく意識の中、天空より舞い降りる二匹のヴォルガノフが見える。
(……ちくしょう……アリス……!)
これ以上まだ強敵が増えるというのか。
絶望を抱きつつ、ジェーンの意識が完全に途絶えようとしている。
「……」
意識が途絶える一瞬前、風竜たちの隙間から――黒い『影』の塊のようなものが見えた気がしたが、それが何なのかをその時ジェーンは理解することはなかった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
命運尽きるか――。
残り触手は三本、死にかけが一本。これだけならばアリスの全力で以ってすれば対応できただろう。グラーズヘイムへと、ラビたちを助けるための『最後の魔法』を使う分の魔力を残しつつ、ギリギリとは言え倒せるはずだった。
だが、そこに新たに現れたのは二匹のヴォルガノフ。勝てない相手ではないが、苦戦は免れない相手だ。
以前に戦った時はギリギリの勝利であった。少なくとも、巨大なだけの触手よりも厄介な相手と言えるだろう。
――どうする……!? 『神装』を使うか……?
ぶよぶよとしたゼラチン質の肉を持つヴォルガノフには普通の魔法や攻撃が通りにくい。《竜殺大剣》ならば刃は通るだろうが、余り深くは切り込みにくい。ヴォルガノフの弱点となる胸の奥にある『コア』を狙うには、《嵐捲く必滅の神槍》のような貫通力の高い魔法の方が有効なのだ。
しかし今|《嵐捲く必滅の神槍》を使うのは難しい。《竜殺大剣》が解除されてしまうし、魔力の消費が激しすぎる。仮に使ったとしたら、アリスの計算ではグラーズヘイムに対して使う魔力が減ってしまうのだ。
ならばどうするか。
「……上等だ!!」
アリスは吠え、更に自分自身へとかける魔法を強化させようとする。
今のままでは魔力が足りないというのであれば、射撃系の魔法を捨ててでも自分の肉体を強化し、接近戦で片をつけてしまえばよい。そう判断したのだ。
既に【殲滅者】によりステータスはかなり強化されている。それを更に押し上げるために肉体強化を施せば、ヴォルガノフも倒せるはずだ。
――そうだ、もっとだ! もっと『力』を……!
体内の『芯』をより太く、硬く。
体外を覆う甲殻をより鋭く、硬く。
己の身すら焼き尽くす黒炎を纏い、敵を殲滅する。
『後』のことなど考える必要はない。今、最も重要なのは、ラビとヴィヴィアンを助け出すことだけなのだ。そのためならば、どのような苦痛も厭わない。
――痛みなんて邪魔だ……!!
『芯』の拡張に伴って体内が抉られてゆく。
その痛みを消し去るために、体から『痛み』を感じる機能を消し去る――普通ならばそんなことは出来ない。全身をマジックマテリアルと化した状態だから出来るのだ。
「ぐ、オオオオオオオッ!!」
先程直撃したのはヴォルガノフの雷撃だろう。まともに食らえば一撃で体力が削られてしまうほどの威力だ。
そんなものは効いてない、とでも言わんばかりにアリスは天に向かって咆哮。そしてすぐさま動き出す。
手始めに邪魔な触手を倒す。ヴォルガノフはその後だ。
一斉にアリスに向かって振るわれる触手に対し、退かず、真っ向から六刀流で立ち向かう。
もはや一本ずつ切り落とす、などとは考えていない。目の前に現れたものを片っ端から切り払うだけだ。
正面から来る触手に《竜殺大剣》で切り付けすぐさま右へと跳ぶ。そちらから倒れ掛かって来た触手には《魔王剣装》を突き刺す。そのまま勢い止まらずに触手を駆け上り――足の爪で切り裂きながら――滅茶苦茶に触手を切り刻む。
アリスを振り落とそうと触手は暴れ回り、また上空のヴォルガノフからも雷が落とされるが、そのいずれもアリスには無意味だった。
振り回される触手の勢いを利用してアリスが大きく飛ぶ。その先にいた触手へと《竜殺大剣》を突き刺す。
「ab《炎》!!」
触手に突き刺した《竜殺大剣》に更に炎の属性を追加し、内部から焼く。
「cl《赤爆巨星》!!」
至近距離での《赤爆巨星》を叩きつけ、破壊。その爆風に乗って次の触手へと向かう。
残り三本。いずれも無傷の触手はなく、もう数撃で倒せるはずだ。
アリスは諦めない。勝てるかどうかわからないが、諦めたら――敗北を認めたらそこで終わりなのだとわかっている。
自分一人ではもはやグラーズヘイムに勝つことは出来ないだろう、それは認める。
しかし、アリスだけではなければ――彼女の使い魔であるラビさえいれば。ゼロからの大逆転を起こせる、そう信じているのだ。
「アアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
もはや理性すら不要だ。
身も心も、神を食い殺す邪竜へと変貌させたアリスが吠え、目の前の触手を切り裂きながら駆け上る。
目指すは二匹のヴォルガノフ――この二匹を倒しさえすれば、彼女の魔法はグラーズヘイムに届きうるはずなのだ。
――ヴォルガノフを倒すには、遠距離魔法はもはや不要。
以前戦った経験から、下手な遠距離攻撃はヴォルガノフの装甲には通じないことはわかっている。《赤色巨星》等の打撃に優れた魔法はぶよぶよの肉質には通じにくい。かといって《剣雨》では威力が低すぎる。
唯一通じるのは《グングニル》のような魔法なのだが、消費には見合わない――というよりも、今は魔力を最後のグラーズヘイムへと残しておかなければならないため使えない。
となれば残るは《邪竜鎧甲》で強化した肉体と、《竜殺大剣》、そして《魔王剣装》で作った五本の剣での肉弾戦しかない。
そして、それで十分勝てる、そうアリスは判断する。
触手を切り刻みながら駆け上がり、一気に上空のヴォルガノフへと接近しようとする。
次々と触手が襲い掛かってくるが、それらを全てかわし、また足場として上へ、上へ。
「ab《跳躍《ジャンプ》》!」
最後の触手を足場として、上空のヴォルガノフのうち一体へと向けて跳躍する。通常なら届くはずのない距離だが、魔法で強化した脚力、それに加えて触手の動きを利用しての大ジャンプはアリスの体をありえない勢いで上空へと飛ばす。 ヴォルガノフもアリスの接近に気付き、尻尾を振り回して撃ち落そうとするが、アリスは巧みに尻尾に捕まりついにヴォルガノフへと接近する。
「まずは一匹!!」
ヴォルガノフの体を駆け上り、胸部のコア目掛けて六本の剣を突き立てる。
――が、まだ浅い。
「チィッ!?」
切っ先がわずかにコアに食い込んだ程度だ。とどめを刺すには到底至らない程度のダメージしか与えられていない。
ヴォルガノフが大きく体を動かし、アリスを振り落とそうとする。
振り落とされまいとアリスは必死に堪えるが、そこへ二匹目のヴォルガノフが接近してくる。
尻尾による打撃にしろ、雷撃にしろ、どちらも今の状態でまともに食らうのは拙い。
かといってここで離れてしまうと、再び接近することは難しくなる――今はヴォルガノフを盾にしているため、更に上空からのグラーズヘイムの『砲撃』を受けずに済んでいるのだ。今度地上に落ちたら、グラーズヘイムの砲撃も加わり二度と接近することは出来なくなるだろう。
どうする? どう動く?
アリスは必死に考えるが――
「うにゃにゃにゃにゃー!!」
――そこへ現れたのは――地上から、まるで砲弾のように一直線に、もう一匹のヴォルガノフへと向かって飛んできたのは、地上に残っていたはずのジェーンだった。