3-47. ラグナレク 14. 魔王の進軍
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
巨大触手は自らに近づくアリスの存在を感知し、反撃へと移る。
『竜巻』の化身である巨大触手は、見た目はただの触手ではあるものの、触れるものを風の刃で切り刻み、また巻き込んで吹き飛ばすという性質を帯びている。
その触手がアリスへと向けて倒れ込む。
「ふん!」
触手によるボディプレスを横に跳んで回避、《竜殺大剣》を叩きつける。
表面を切り裂くことは出来るが、切断するには至らない。流石に相手が太すぎる。
ましてや迂闊に近づけばそれだけでアリスの方がダメージを負ってしまう。《邪竜鎧甲》を纏っているとはいえ、防御力は上がっているものの再生能力を持っているわけではない。ステータスを上げるためにダメージを受け続けて体力がなくなってしまうのでは本末転倒だ。
「cl《巨神剣》、ab《炎》、ab《弾丸》、mp――」
ならば、ここが魔法の使いどころだ。
触手を倒すために使うのであればそこまで消費がもったいないとは思わない。
アリスが作り出したのは、人間の手には余る巨大な剣――それに風竜の弱点となる『炎』を付与、更にそれをmpで複数コピーする。
「ext《赤・巨神剣雨》!!」
降り注ぐ炎の巨神剣の雨が、触手へと殺到する。
無数の剣に貫かれて触手が炎上する。
「オオオオオオオオオッ!!」
苦悶するように蠢き、狂乱する触手へと向かってアリスが咆哮、更に《竜殺大剣》で切り刻む。
やがて、触手は一度大きく痙攣するとそのまま地面に横たわり動かなくなる。
「まず、一本!」
残る触手は五本。その全てを倒しておく必要がある――単にステータスを上げるためだけではない。いざグラーズヘイムへと攻撃を仕掛ける際に、『妨害』されないようにするためだ。
グラーズヘイムは『一撃』で仕留めなければならない。テュランスネイルの時のように、本体への攻撃前に触手によって止められるということがあってはならない。
すぐさまアリスは転進、次の触手へと向かおうとする。
それを防ぐかのように風竜が立ちはだかり、更に上空からグラーズヘイムの砲撃が飛んでくる。
「くっ!?」
いよいよ相手もアリスに攻撃を集中しだしてきたようだ。
この時、アリスは当然知らないが、フィールド内に残っていた他のユニットのほとんどが撤退していたのだ。残っているユニットの中で、最も脅威なのがアリスであるため、グラーズヘイムも攻撃をアリスへと集中させるようになっている。
元より他のユニットに頼っての戦いをしていない。むしろ、敵が放っておいても自分の方へと向かって来てくれるのであれば願ったり叶ったりだ。その全てを殺しつくすのみである。
「ガアアアアアアッ!!」
咆哮し、薙ぎ払い、砲撃をかわしながら触手へと向かう。
と、そこで嵐の壁の傍でゆらゆらと揺れているだけだった触手の動きが変わる。
いかなるものか、地面から生えている巨大触手がそのまま滑るようにして移動、アリスの方へと迫ろうとしているのだ。
それだけではない。巨大鮫の影に隠れて、ダツ型もアリスへと降り注ぐ。
「くそっ!」
ダツ型のうちほとんどは《邪竜鎧甲》に弾かれているが、数本は食い込むんでしまう。
ダメージはそれほど大きくないものの、着実に削れていっている。
「もっとだ……ab《炎》!」
小型モンスターなど触れることすらできない程、火力を高める。自身に更に《炎》を上書きする。
背中の触手で貫いた風竜の死骸を楯として振り回してダツ型を受け止め、また他の風竜へと『ハンマー』のように叩きつける。
ダツ型の襲撃に加え、接近してきた巨大触手も動き出す。
一本が地表を薙ぎ払い、更に三本がアリスへと向けてボディプレスを仕掛けてくる。
「cl《赤・巨神懐星群》!!」
薙ぎ払いをジャンプでかわし、振り下ろされる巨大触手のうち二本を《赤・巨神懐星群》で迎撃。
だが、残る一本はかわしきれない。
「――!!」
振り下ろされる触手を回避できず、頭上から叩きつけられる。
巨大触手に向けて《竜殺大剣》を突き立てることはしたものの、一撃で破壊出来るはずもなく、アリスは地面へと叩きつけられてしまった。
「が、はっ……」
体力ゲージがごっそりと削れ、口から血を吐き出す。
如何に《邪竜鎧甲》で身を守っているとはいえ、相手の攻撃の威力が強すぎるのだ。
アリスを地面に叩きつけた跡、もう一度巨大触手が持ち上がり追撃を仕掛けようとするが、
「アリス!」
ようやく追いついたジェーンが横から滑り込み、アリスを抱えて触手の叩きつけから逃げる。
「大丈夫!?」
「ジェーンか……ああ、まだ大丈夫、だ……!」
グミを口に入れて体力を回復させる。魔力回復のキャンディよりも少ない数しかないので、そう何度も攻撃を食らうわけにはいかない。
自分の足で立ち上がり、追撃してくる巨大触手へと対応する。
「ジェーン、来るぞ!」
「わかってる!」
迎撃した魔法でのダメージはあるが、残りの巨大触手は未だ健在だ。
これを倒すには《赤・巨神剣雨》のような極大魔法を使わなければならない――のだが、四本同時に襲い掛かってくる状態ではかなり厳しい。
それでもやるしかない――アリスとジェーンはそれぞれの武器を構え、巨大触手、そして合わせて接近してくる巨大鮫たちへと立ち向かう。
地上薙ぎ払い、上からの叩きつけが三回、そして残る一本の巨大触手が追い付き空中を横に薙ぎ払う。
一撃でも食らえば続けて他の触手からの攻撃も受けてしまう。そうなればいかに体力ゲージが満タンであろうとも、リスポーンは免れないだろう。
「ガルァァァッ!!」
だというのに、アリスは避けない。
地上の薙ぎ払いの触手へと真っ向から向かい、《竜殺大剣》を突き立てる。相手の勢いは止まずにアリスは触手に弾き飛ばされるが――衝突の直前に自らジャンプ、更に剣を突き立てた状態のまま器用に相手の勢いに乗る。
そのまま今度は振り下ろされる触手へ対処。
「cl《赤・巨神剣雨》!」
一本目に《赤・巨神剣雨》を叩きつける。あちこちに剣を突き立てるのではなく、一か所に集中して剣をぶつける。結果、触手は半ばから千切れ飛ぶ。
続けて振り下ろされる触手は自力で回避、三本目の触手は少し掠ってしまい大きく吹き飛ばされてしまうが、そのおかげで四本目の空中薙ぎ払いの軌道からは逸れることが出来た。
「ふぎゃー!?」
ジェーンも悲鳴を上げつつも回避は行えている。こちらは、触手のターゲットがアリスの方を向いているため辛うじて、といったところだが。
アリスはジェーンを助けに行くことも出来ない。敵の猛攻が激しすぎて迂闊に動いたら自分がやられてしまうためだ。
「すまん、ジェーン! 自力で何とかしておいてくれ!」
フォローはする、と言ったが出来るような状況ではない。
彼女を信じて任せるしかないと結論付ける。
「cl――《赤・巨神剣雨》!」
再び広範囲に剣をばら撒き、触手と巨大鮫を攻撃する。巨大触手二本分を倒したことにより、更にアリスのステータスが強化されているようで、剣一本で軌道上にいる風竜が数十匹の単位で消し飛ぶ。
残る触手は三本。アリスは残り魔力とキャンディで後どれだけの魔法が使えるかを計算するが……。
(……まずいな、このペースだとギリギリ足りない……!)
上昇したステータスを加味しても、全部の巨大触手を倒すには魔力が足りない。
最後にキャンディを一個残しておかなければグラーズヘイムへと攻撃することが出来なくなってしまう。それを考えなければもつのだが、触手だけを倒しても意味はない。
では、ある程度のところでグラーズヘイムへと攻撃を仕掛けるか……?
(いや、ダメだ――この触手は残しておいては……!)
テュランスネイルの時のように神装の勢いを殺される可能性があるというだけではない。
グラーズヘイムからラビとヴィヴィアンを救い出した後のことを考えれば、倒しておかなければならないのだ。首尾よく二人が脱出できた後に巨大触手に襲われたら意味がない。
ならばどうするか――決まっている。手持ちの魔力で倒し切る方法を考えるのみだ。
「cl《巨神剣》、mp――ab《結合》……ext《魔王剣装》!」
作り出した《巨神剣》を複数化、更にそれを背中の触手と尻尾の先端へと《結合》の魔法で結合させる。
手に持った《竜殺大剣》と合わせて六本――人の手で振るうには大きすぎる巨剣の六刀流だ。
「オオオオアアアアアアアアッ!!!」
六本の大剣を振りかざし、アリスが再度巨大触手へと突貫する。もはや風竜など目に映っていない。
一番近くにいた触手へと《竜殺大剣》で切りかかり、続けて触手と尻尾の巨神剣を連続で切り付ける。
これだけではまだ切断には至らない――が、一度でダメなら何度でも切り付けるだけだ。
アリスを振り払おうと触手が動き回るが、しつこく食い下がりひたすら攻撃をし続ける。
他の触手もアリスを叩き潰そうとするが、
「cl《赤・巨神剣雨》!」
そちらは魔法で迎撃、まっすぐに向かって来てたために回避することも出来ず、また触手が一本半ばから千切れる。
ステータスを更に強化、残る触手を六刀流で切り刻んでいく。
残り巨大触手は三本。うち一本は既に何度も攻撃しているためもうすぐ倒せる。
これなら魔力も間に合うか――アリスがそう考えた時であった。
――アリスの全身をすさまじい衝撃が襲う!
「がっ……!?」
全く予期していない攻撃をまともに食らい、アリスが地面へと倒れる。
何をされたのかすらわからないが、一撃で体力の半分ほどを持っていかれるほどの攻撃がどこからか飛んできたのだ。
「……ヴォルガノフ……!!」
地に倒れたアリスが必死に顔を上げて上空を見る。
そこには、巨大なクリオネにも似たドラゴン――暗雲からゆっくりと降り立つ二匹の雷精竜の姿があった……。