3-44. ラグナレク 11. 神威
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――問う。何のために『己』は生まれてきたのか。
――答え。解なし。
誕生に理由はなく、
生存に理由はなく、
故に、この問いに答えはなく、『己』はただそこに在るのみである。
――問う。『己』は死すべきか。
――答え。解なし。
消滅に理由なく、
敗北に理由なく、
故に、この問いに応えはなく、『己』はただそこに在るのみである。
――ただ在るがまま、在ることによって、『神威』を示すべし。
* * * * *
城の内部は想像していたものとは全く異なっていた。
外面こそ城っぽくはあるものの、内部には何もない……ただだだっ広い空間があるだけであった。ホールというか、体育館というか、そんな空間が広がっている。
その空間の奥に――『彼女』はいた。
「……あの方は……」
ヴィヴィアンの声が緊張を帯びる。
私も同様だ。
空間の奥にある『玉座』――そこに一人の少女が座していた。
一見すると人間に見える。長い髪に、女性のように起伏に富んだ肢体。華奢な四肢――
だが、彼女は人間ではなかった。こちらを射抜くように見つめる目には黒目も白目もなく、ひたすらに赤く、敵意に燃えている。髪も肌も不自然なくらいに白く、また手足の先もトカゲのように大きく膨れ、鋭い爪が生えている。頭部からは二本の黒く鋭く尖った角、背中には一対の翼、臀部からは長い尻尾が生えているのがわかる。
……思い出した。キング・アーサーが初めて出現した時に一瞬だけ見た少女だ。
私たちの姿を認めると、彼女はゆっくりと玉座から立ち上がる。
”……ヴィヴィアン、気を付けて”
人型だし話が通じるかもしれないという淡い期待は持たない。彼女は、明確にこちらを『敵』として認識しているのがわかる。
一歩一歩、まるで床を確かめるように彼女はこちらへと近づいてくる。
そして、こちらとの距離が約20メートルといったところで立ち止まる。
《アドラ・ガ・マルダ・ガ?》
……え?
”今……話しかけてきた、んだよね……?”
「え、えぇ……おそらく……」
何て言っているのかはわからないけど、モンスターが吠えるのとは全く異なり、明らかに『何か』を語り掛ける口調だった。
もしかして、見た目通りの知性があって話が通じるかも……? こっちに敵意を向けているのは私たちが見知らぬ相手だから、とか?
”あなたは一体誰ですか?”
すぐに襲い掛かってくる様子はない。ここは対話を試みてみよう。
私の呼びかけに少女は首を横に振る。
……通じてる? いや、言葉は全く通じていない、のか……?
《イラムナ・ゴダ……》
そして、彼女が右手を掲げると、どこか現れたのか一本の『槍』が出現しその手に握られる。
彼女の頭部に生えている角と同じ、硬質な黒い輝きを放つ『槍』だ。刃の部分と柄の部分が全て一体化しており、『槍』というか『杭』と言った方が正確かもしれない。
拙い、完全に向こうはやる気っぽい!
”ヴィヴィアン、戦闘準備!”
《ジンギ・オ・ネイ、ゴダ!!》
少女が槍を振りかざし叫ぶと共に、ホールの内側にどこからともなく『兵』が現れる。
彼女と同じように白い髪、白い肌に赤い目。そして角と翼と尻尾――各々の手にはやはり漆黒の剣や槍が握られている。彼女と違うのは、皆屈強な『男性』型であるということだ。どれも2メートルくらいはありそうな、巨体の筋肉ダルマである。
どこから現れた!? ……いや、ここがグラーズヘイムの内部だとして考えると、現れたのは風竜……の擬人化したものなのではないだろうか。となると、何もいないように見えるところから風竜のように突然現れるのかもしれない。
……だとすると、あの少女こそが――
「サモン《ペルセウス》! ご主人様、回復を!」
”ああ!”
ヴィヴィアンの反応は早かった。
すぐさま《ペルセウス》を呼び出すと同時に、城の入り口から外へと飛び出す。それなりに広いと言っても、思いっきり戦えるほどではない。相手の数が多くすぐに取り囲まれてしまっただろう。そうなる前に城の外に脱出して、より広い場所で迎え撃つのが正解だと思う。
ヴィヴィアンにキャンディを与えて回復、殿を《ペルセウス》に任せて一気に外へ。
《ダ・ガナ!》
少女が叫ぶ。言葉は通じないが意味はわかる――『追え』とか『逃がすな』だ。
私の想像通り、周囲に現れた兵士たちが私たちへと向けて殺到する。
《ペルセウス》がそれを迎え撃ちつつ後退、私たちは城外へと脱出する。
……もし言葉が通じれば戦闘は避けられただろうか……そんなことを考えるが、悔やんでも仕方ない。
というよりも、私の推測が正しければ彼女は倒さなければならないのだろう。
――グラーズヘイムとは、確か北欧神話において嵐の神オーディンの居城の名だ。城の内部では、戦争で死んだ戦士たちの魂――『エインヘリアル』たちが暮らし、最後の戦争に備えているという。
だとすればあの兵士たちが『エインヘリアル』であり……あの謎の少女こそがこの城の――引いてはグラーズヘイムの主であり本体。
すなわち、『オーディン』なのだろう。
もちろんこの『ゲーム』のモンスターと北欧神話がリンクしているとは思えないので、そういう『設定』なだけだとは思う。ただのモチーフとして使用しているだけなんだろう。
「……ご主人様、来ます!」
ヴィヴィアンの警告。
見れば城以外のビルからも次々と兵士たちが現れ、こちらへと向かって来ようとしている。
《ペルセウス》も何とか城から脱出してこちらへと合流できたが……これは余りに多勢に無勢だ。
”……撤退しよう! 囲みを突破して、ビルのない場所までまずは向かおう!”
「はい!」
広い場所に出てきても意味がなかった。周りにも敵がいるのではどうしようもない。広い場所で囲まれることに変わりは無くなってしまった。
私たちが最初に目を覚ました辺りならばビルが少なかったはず。最初にいたところでなくても、とにかく敵が次々と現れないところがいい――グラーズヘイム内部に安全地帯なんてあるのかはわからないけど。
”しまったなぁ……迂闊に城に近づかない方が良かったかな……”
そうすればオーディンもこちらに手を出してこなかった可能性もあった。
私の言葉にヴィヴィアンは首を横に振る。
「いえ……おそらく、放っておいてもいずれこちらに気付いて襲い掛かって来たのではないかと思います。
それに、あのものを倒さなければ、結局このクエストは終わらないのではないかと……」
確かに……クエストの討伐目標は『嵐の支配者』だった。グラーズヘイムだとは言われていない。ほぼほぼイコールだとは思うけど、ああしてオーディンを目の当たりにした今となっては、グラーズヘイムを倒した後にオーディンも倒さなければならないのだと思える。
ではこちらでオーディンを倒せればアリスの方も助かる……かもしれない。けど、正直ヴィヴィアンだけではオーディン単体もそうだし、エインヘリアルの群れはどうにもできなさそうだ。
……このクエスト、本当に難易度が今までとはけた違いだ。トンコツが『クリア不能』と言っていたのもわかる。
それでもクリアしないと現実世界に大きな被害が出てしまうし……本当にこの『ゲーム』の底意地は悪すぎる。
ああ、そういうことか。私はこのクエストの特記事項に書かれていたことの真意をようやく理解した。
このクエストは、『運営』もクリアを想定していないのだ。だがそれでは誰もこのクエストに挑戦することはないだろう。だから、目標となる『嵐の支配者』の討伐が出来ずとも、倒した風竜の分だけジェムを支払うと書いていたのだ。それならば、ダメ元で挑戦してくれるプレイヤーたちもいるはずだから。
となると……次に疑問に浮かぶのは、なぜそんなクリア不能なクエストを出現させたのか、だが……。もしかして、このクエスト自体――もっと言えば、『嵐の支配者』の出現自体が『運営』の想定外だったのではないだろうか?
だから、通常のクエストではなく、緊急クエストとなっているのではないだろうか。そして誰も挑戦しないのでは都合が悪いため、報酬を破格の150万としたり、クリアできずとも倒した分だけジェムを支払うようにしている。……どうだろう、何となく筋は通っているように思える。
だったらどうした、という、結局のところ結論は出せないのはいつも通りなんだけど……。でも、私の想像通りなのだとしたら、想定外のモンスターが出現するって言うのは――
「ご主人様、来ます!」
”! ああ!”
以前のキング・アーサーが出現した時にはあの少女――オーディンはレーダーに映らなかったが、今度はしっかりと映っている。周囲のエインヘリアルたちも同様だ。
《ペガサス》で飛んでいるというのに、向こうはこちらに追いすがってくる。見た目は違ってもやはり風の竜なのだ、飛行速度は風の如しか。
最初に私たちが目覚めた地点に近づいてきた。記憶通りビルは周囲には少ない。しかしその分視界を遮るものもなく、遮蔽物もない。壁を背にして戦うということも出来ないため、取り囲まれる可能性は付きまとっている。
……迎え撃つか、それともこのまま逃げ続けてみるか……。
「くっ!?」
悩む私だったが、何かに気付いたかヴィヴィアンが《ペガサス》を横へと避けさせる。
次の瞬間、さっきまで私たちが飛んでいた箇所目掛けて、何本もの巨大な『槍』が突き立てられた――いや、投擲されてきたのか。
後ろから迫ってきていたエインヘリアルたちとの距離は槍の投擲が届く範囲にまで縮まっていたようだ。
”……仕方ない、ヴィヴィアン、ここで戦おう!”
「はい!」
逃げ続けるのもどうも無理っぽいし、仮に逃げられたとしても安全な場所なんてないだろう。どっちにしろ、オーディンを倒さなければクリアは出来ないのだ。
……ここにアリスが駆けつけてくれればと思うが、彼女がグラーズヘイムを突破してここまで来れる可能性はどれだけだろうか。むしろ、私たちが彼女の元に駆けつけなければならない状況だろう。
出口もわからない以上、逃げ続けることもできない。ここは戦って活路を見出す方に賭けよう。
分の悪い賭けだとはわかっているけど。
「サモン――《フェニックス》!」
《ペルセウス》に続いて《フェニックス》を召喚。ヴィヴィアンの使える召喚魔法の中では飛行能力を持ち、かつ最高の戦闘力を持つ召喚獣が揃った。
《ワイヴァーン》も呼び出したいところだが、どうも外でまだ活動しているようだし、そのままアリスとジェーンの手伝いをしてもらった方がいいだろう。
「……ご主人様、おそらく今までのように後ろに隠れているだけ、というのは無理だと判断いたします」
”うん。ヴィヴィアンは《ペガサス》で飛び回って《ペルセウス》たちの援護を。でも、あまり深追いはしないように”
「承知いたしました! 何かあればご指示を!」
事ここに至って《ペガサス》を温存しておくのは無理がある。
ちょっと危険だけど、私たちも《ペガサス》で敵と戦う必要があるだろう。ヴィヴィアンには《ペガサス》で敵の間を飛び回って攪乱、または攻撃。小型サイズの召喚獣で使えそうなものがあれば適宜召喚して援護射撃をしてもらうことになる。
私は邪魔にならないようにヴィヴィアンにしっかりと抱きかかえてもらいつつ、出来るだけ身動きをしないようにする。指示を、とは言われたけどあれだけの数の敵を相手に乱戦だ、私からは退くタイミングくらいしか指示することはないだろう。後はレーダーを見て死角から迫る敵がいないかを注意するくらいだ。
敵を倒しつくすことが出来れば最善だが……流石にそれは無理がある。
ここで数を減らしていければ、もしかしたら外で戦っているアリスの助けになるかもしれない。そのくらいのつもりで、やられないように戦おう。私もヴィヴィアンもそう考えていた。