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3-42. ラグナレク 9. 邪竜咆哮

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――きっかけは、氷晶竜戦で腕を切り落とされた時だった。

 あの時は無我夢中で《芯針(ステイプラー)》で腕をつなぎ合わせるという力技を使ったが、よく考えると色々とおかしいことに気が付いたのだ。

 ラビは『ゲームのいい加減さ』で流してはいたものの、アリスはその時からある疑問を持っていた。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないか、というものだ。

 アリスの魔法は『マジックマテリアル』に対して作用する。これは揺るがない事実だ。実際、マジックマテリアル以外には魔法は効果を及ぼさない。

 他人の魔法をアリスの魔法で上書きすることも出来ない。かつてホーリー・ベルと一緒に魔法の検証をしていた時に、ホーリー・ベルの魔法に対してアリスの魔法をかけなおすことが出来なかったことからわかっている。

 だが、第二のきっかけにより、アリスは『ある魔法』を作り出すことに成功する。

 第二のきっかけはヴィヴィアンだ。ヴィヴィアンの呼び出した召喚獣に対しては、ホーリー・ベルの時と違ってアリスの魔法での上書きが可能だった。


 結論。ユニットに関わる()()()()()は、全てマジックマテリアルで形作られている。


 これがアリスの出した結論だ。

 自らの肉体に対しては直接魔法をかけることが出来ないため、この結論が間違っているのかもしれないと最初は考えていたのだが、ヴィヴィアンの召喚獣にアリスの魔法が有効であること――すなわちマジックマテリアル製だとわかってから考えを改めた。

 よく考えれば、ユニットがリスポーンする際も何もないところから肉体を再構成している――クエストの開始もそうだ。

 無から有を生み出す様は、アリスの魔法によく似ているとも言える。

 だからアリスは考えたのだ。なぜ自分の体そのものに魔法をかけることが出来ないのか。自分の体に直接『強化』の魔法を使うことが出来ないのか。

 考えた末に出した答えは、アリスが自分の肉体がマジックマテリアルだと信じ切れていないため、というものだ。

 逆に言えば、マジックマテリアルと信じ切ることさえ出来れば、アリスの魔法を使うことが出来るのだ。事実、ヴィヴィアンの召喚獣に対しては『マジックマテリアルで出来てるっぽい』と思ったら実際に出来た。

 自分の肉体が普通の肉体ではなく、マジックマテリアルによって『それっぽく』構成されたものであることを確信をもって認識するのは難しい。存在の全否定にも近しい考え方なのだ。


 だが、それをアリスは実現した。

 元々アリス(ありす)が『ゲーム』をゲームであると理解していたこと、そして言葉は悪いが『ゲーム脳』であるがゆえに自分が『ゲーム』内における駒だとすんなりと受け入れたがために実現できたことだ。

 自覚できた後は簡単だった。キング・アーサー戦の後に何度か挑んだクエスト中に、アリスはラビの目を盗んでこっそりと自分の肉体に対しての魔法の練習をしてみた――全身は流石に影響が大きいので、左手の小指一本での確認だが。

 練習の結果、確かに魔法をかけることは出来た。

 ……出来たのだが、問題が一つ発生してしまったのだ。

 それは、アリスの魔法はマジックマテリアルに対して作用する、そしてマジックマテリアルは()()されるということだ。

 練習で使った小指は、魔法の効果が消えたその後には跡形もなく消滅してしまった。


 ――あれはちょっと焦ったな。


 もし何も考えずに全身に対して魔法を使ったとしたら、きっと魔法が消えた瞬間にリスポーンする羽目になっただろうし、ラビにもバレてしまったに違いない。

 そして、ラビならば絶対に『禁止』しただろう。


「sts『神装解放』……ッ!!」


 たとえどんな危険があろうとも――


「……やるぞ……!」


 たとえ消滅する可能性があったとしても、アリスは『それ』を躊躇わない。勝つために必要なことを、勝つための最短にして最善のルートを取るだけだ。

 迫りくる風竜たちを一旦意識からシャットアウト。静かに目を閉じて集中する。


 ――大丈夫だ。風竜が来る前に魔法は発動する。


 意識を自分の肉体へと向ける。

 この体は全てマジックマテリアルで出来ている。だが、そのまま魔法を使えば短時間で体が消えてしまう。

 ()()()まずは体の()()を変える。

 氷晶竜に腕を斬られた時に見たが、体の中には人間のような複雑さはない。骨も血管もない、見た目だけ肉体っぽく構成されただけのマジックマテリアルの塊である。

 やるべきことは単純だ。まず、体の内側のいたるところに『骨』をマジックマテリアルで作る。頭から足の指先に至るまで、全てにマジックマテリアル製の『骨』を通す――普通の人間ではありえないくらい、硬く、太い『骨』を作るのだ。全身を貫く激しい痛みは『気合』で無視する。『骨』――この場合はむしろ『芯』と言った方が正確だろう、とにかく『芯』を強化すればパワーが上がる。そうアリスは考えている。もちろん、人体はそう単純ではないのだが、アリス(ありす)はそんなことは知らない。けれども、実際の人体の構造など関係なくアリスが『そう』だと思えば実現させてしまうのが彼女の魔法である。

 続けて皮膚だ。少女の体では脆すぎる。これから使う魔法のために、より硬く――鋭い甲殻をイメージし、全身を覆う。

 最後に攻撃を補助するための『パーツ』を追加する。これは先程目にしたジェーンの魔法から得た着想だ。

 想像するのは、最強のモンスターである『ドラゴン』――神への反逆者である。


「ext――《邪竜鎧甲(ファヴニール)》ッ!!」


 アリスの神装が発動する。

 瞬間、身を包む霊装が、そしてその下の肉体が変容を始める。

 全身がゴツゴツとした黒い鱗――いや、甲殻に覆われる。爪は長く伸び、口からも牙が生える。頭部からは二本のねじ曲がった『角』が生え、瞳が真紅へ。

 背中からは翼ではなく、左右二本ずつの長大な『触手』のようなものが生える。鋭く尖った甲殻に覆われ、先端にはかぎ爪が備わっている。

 そして、臀部からは太く長い尻尾――これも背中の触手同様に鋭い甲殻に覆われ、先端には槍のような穂先が生えている。

 体内を通る『芯』もまた竜の骨と化す。更に外側を覆う強靭な外骨格と無数の細い管――『神経』のようなものと結びつき、アリスの体は最低限の『肉』を残して完全に邪竜のものと化す。


「ぐ、う、うぅ……ext《竜殺大剣(バルムンク)》!」


 キャンディを使い魔力を回復、苦しそうに呻きながらも続けて《竜殺大剣》を作り出す。


「まだ、だ……! ab《炎》、ab《炎》、ab《炎》!! ext《滅界・無慈悲なる終焉(ラグナレク)》!!」


 全身を覆う邪竜の甲殻、そして《竜殺大剣》に対して風竜によく効くであろう『炎』の属性を付与。更に魔法そのものを強化する《滅界・無慈悲なる終焉》を()()()()へとかける。

 アリスの体が漆黒の炎に包まれ――周辺へと炎をまき散らす。


「あ、アリス……? なに、それ……?」


 異様な変貌を目にし、ジェーンが怯えたような声で尋ねる。

 だが、アリスはそれには答えず……。


「グルルルル……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


 天に座すグラーズヘイムへと向けて、獣そのものの咆哮を上げる。




 ――今ここに、嵐を支配する神と、神を殺さんとする邪竜との決戦の幕は上がった。




*  *  *  *  *




「……様っ!」


 ……誰かの声が聞こえる……。


「……人様、ご主人様!」

”う……ヴィヴィアン……?”


 私はゆっくりと目を開ける。

 目の前には今にも泣きそうなヴィヴィアンの顔があった。


「ああ、ご主人様……良かった……」


 私が目を覚ましたことで、泣きそうだったヴィヴィアンの顔が泣き笑いのようになる。

 ……あれ、どうなったんだっけ……? 目が覚めたばかりで記憶が混乱しているけど……。


”――そうだ、ここは!?”


 割とすぐに意識は覚醒した。

 そうだ。私たちは確かグラーズヘイムに飲み込まれて……あれ? でも、ここは……?

 私の問いに、ヴィヴィアンも困惑の表情を浮かべる。


「わたくしにも何がなんだか……」

”だよね……”


 ヴィヴィアンに抱えてもらい、私は辺りを見回す。

 そこには――見たこともない『都市』が広がっていたのだ……。


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