3-41. ラグナレク 8. それぞれの戦い(後編)
2018/12/30 旧第2章分割に合わせ通番を修正、『りえら』『さりゅ』の容姿について修正
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『風の壁』の内側へと取り残されたのはアリスとジェーンだけではない。
「あら~、困っちゃいましたねぇ~」
言葉とは裏腹に全く困ってないかのように、にこやかな笑みを浮かべる少女がいた。
光の加減によって薄っすらと青くも見える蒼銀の髪に湖水のように澄み切った青い瞳。純白のワンピース――何の飾りもない、ノースリーブの質素な作りのワンピースだ。
年のころは十代半ばから後半だろうか。十代前半かあるいはそれ以下の容姿が多い魔法少女としては、比較的年齢は高く見える。背もアリスと同じくらいに高く、むき出しの手足もすらっとしている――彼女はワンピース以外に衣類に該当するものは一切着用しておらず、靴も履いていない。
だが、何よりも目を惹くのは――彼女の背中から生えた一対の『翼』であろう。
人間離れした美貌、清廉な容姿、そして背の翼……。
――『天使』。彼女はその一言で言い表せる。
その天使の姿をした魔法少女は、『風の壁』を作っているであろう嵐の触手を見て、にこにこと笑みを絶やさない。
「うーん……どうしましょうか~」
言いながら右手――に持った巨大な『鍵』の形をした霊装を振るう。
たった一振りで、彼女に近づいてきていた風竜の頭部が砕かれ、無残な屍を晒す――その屍もすぐに風に溶けて消えてしまうが。
「にゃー!! だから早く帰れっていったにゃー!!」
微笑む天使の割とすぐ側で、甲高い悲鳴混じりの抗議の声が上がる。
「あら? そうだったかしら?」
「人の話はよく聞けって、いっっっっっつも言ってるにゃー!」
にゃーにゃーと叫んでいるのは――『ミトラ』のマイルームに集ったユニットたちと同様、あるいはそれ以上に特異な形状のユニットだ。
左半分だけ天使の少女と同様に蒼銀の髪――こちらはショートカットだ――に青い瞳、右半分は黒い髪に赤い瞳と左右で完全に分かれている不思議な姿だ。服だけは特徴のないシンプルな白のワンピースだけを纏っている。
背にはやはり翼が生えているが、こちらは左側の翼しか存在しない。手に持っているのは先端が『ドリル』となった巨大な槍だ。
彼女の特異な点はそれらにはない。彼女の体は……人間で言うとほぼ赤ん坊と同様くらいの大きさしかないのだ。少女や幼女どころの話ではない、人間というよりも人型の『人形』と言った方がより正確だろう。
そんな天使人形もまた、自らに接近してきた風竜に手にしたドリル槍を突き立てる。
槍の一撃を受けた風竜は、槍の触れた箇所から爆散、風に溶けて消滅していく。
天使人形の抗議の言葉を聞き流し、天使は上空に浮かぶグラーズヘイムを見上げる。
「いいですねぇ~、戦ってみたいですねぇ~」
「絶・対ダメにゃ! 今は『うりゅ』も『くろ』もいないにゃ! あちしらだけじゃ流石に無理にゃ! ていうかもう時間切れだにゃ!」
天使人形の強硬な反論に、天使の少女も詰まらなそうに口を尖らせる。
――裏を返せば、『うりゅ』と『くろ』がいればグラーズヘイムと戦うことも出来るということになるのだが……。
「……はぁ、わかりましたよ、『さりゅ』」
ため息をつきつつ天使の少女が天使人形――『さりゅ』へと言う。
本当に渋々、と言った風情だ。
「わかってくれたかにゃ、『りえら』様」
さりゅがほっとしたように言うが……。
「じゃあ、行き掛けの駄賃に、あの触手の一本くらいはいただいていきましょう!」
「ぎにゃー!? 半分くらいしかわかってくれていないにゃー!?」
『りえら』の返答に『さりゅ』は悲鳴を上げるのであった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふははははは! さぁ、行け我が精兵よ!」
「ひぃぃぃん! いくら何でも私一人じゃ無理だってぇぇぇぇっ!」
泣き言を叫びながらも、赤いフード付きマントを羽織った一人の少女が果敢に風竜の元へと向かい孤軍奮闘している。
その手に持つのは巨大な『鎌』。まるで死神の持つ鎌である。その刃は赤々と燃える炎に包まれている。
わめきながらも風竜たちを的確に切り裂いていく少女を少し離れた位置から見て――監視ししつつ鼓舞しているのは、漆黒の『軍服』に身を包んだ幼女だ。
大鎌の少女は十代前半頃、軍服少女はそれよりやや年下――もしかすれば十にも満たない幼女である。軍服少女は手に乗馬鞭のようなものを持っている。
「む」
軍服少女が上空を見上げ、顔をわずかに顰める。
グラーズヘイムの周囲に水の渦が出現しているのだ。
「アンジェリカ、来るぞ!」
「はい?」
軍服少女の言葉に大鎌の少女アンジェリカははてなマークを浮かべ――
「きゃあああああああああっ!?」
続けて降り注ぐ水レーザー砲に気付き悲鳴を上げる。
不意打ち気味に撃たれたものの、アンジェリカは何とかそれを回避することに成功。水レーザーは大地を切り裂き、進路上にいた風竜たちをもまとめて吹き飛ばしている。
「これで数が少しは減っ――てない……」
吹き散らされた風竜はその場で再生を始めてしまう。
周囲に『風』がある限り、何度でも風竜は復活してしまうのだろう。
「ふーむ……やはり元を絶たないことにはどうにもならぬか。
よし、アンジェリカ、飛べ!」
「無理!」
即答しつつ復活した風竜へと応戦するアンジェリカ。
彼女には飛行能力がないのだろう。仮に空を飛べたとしても、そう簡単にはグラーズヘイムへと近づくことは出来ない。それだけ、敵の数は増しているのだ。
地上に降りてきた風竜だけでも倒しておこうとする彼女たちであったが、次第に相手の数に押され始める。
「こりゃ! アンジェリカ、ワシを守らぬか!」
軍服少女の方にも風竜が集まり始めている。
が、彼女の言葉にアンジェリカは、
「こ、こっちも手一杯です! ヒルダ様も戦ってください!」
新しく現れた巨大鮫型に苦戦しており身動きが取れない。手傷を負わせることは出来るものの、とどめを刺せる程の攻撃力がないのだ。あるいは、巨大鮫型の体力が高いか。
アンジェリカの返答にヒルダが舌打ちする。
「仕方ないのぅ……。オーダー《転移:アンジェリカ》!」
「はい?」
ヒルダが魔法を使うと、風竜に囲まれていたはずのアンジェリカがヒルダのすぐ側へと出現する。
ユニットの位置を強制的に変える魔法なのだろう。似たような機能を使い魔の方で使うことも出来るが、ユニット同士で行う意味は通常ではあまりない。
ただ、ヒルダとアンジェリカの場合は少し事情が異なる。
「よし、では行けアンジェリカ」
「もぉぉぉぉぉぉっ!! 自分でも戦ってよぉぉぉぉぉぉっ!!」
満足そうに頷くヒルダと、涙目になって怒りながらも必死に鎌を振って風竜を追い払うアンジェリカ。
ヒルダの方に戦闘力が全くないからなのか、この二人は基本的にアンジェリカが戦う役目を持っているようだ。そのため、アンジェリカをヒルダの元に強制的に移動させるだけの魔法も役に立つ、というわけである。尤も、その役割分担にアンジェリカが納得しているかどうかまではわからないが。
「――とはいえ、ここいらが潮時か。我らが『EJ団』の趣旨にも添わぬしな」
理不尽にアンジェリカに命令しつつ、一人高みの見物を決め込んでいるヒルダだが、何もしていないわけではない。しっかりと周囲の状況――特に厄介なグラーズヘイムと8本の触手の動きには注意を払っている。
彼女たちは使い魔と共にクエストに挑んでいない。よって、回復できる回数に限度がある。既に幾つかアイテムホルダーのアイテムを使ってしまっていることを考えると……どう足掻いてもこのクエストをクリアすることは不可能と判断せざるを得ない。
元々ダメ元で挑んだクエストだ。勝てる相手ではないのはわかっていたが、敵の元に到達すら出来ないとまでは思っていなかった。
敗北を認めることになるのは口惜しいが、得るものはあった。現在の自分たちの力量でどの程度まで『格上』の相手と戦えるのか――ヒルダの魔法を使ってどの程度までアンジェリカに無茶をさせられるのか、それがわかっただけで十分だと、ヒルダは判断する。
「よし、アンジェリカ。撤退するぞ! ゲートまでの敵を蹴散らせ!」
言うなりヒルダが先行してゲートへと向かって走っていく。
「え、ヒルダ様、待って!?」
慌ててアンジェリカも後を追おうとする。ヒルダの走りはアンジェリカのことを顧みないものではあったが、彼女は魔法で自分の近くへとアンジェリカを呼び寄せることが出来る。先行して走り出すことにも意味はある。
――ただ、風竜の群れがそれを逃すはずもない。
ヒルダの元にも風竜が殺到する。
自らは攻撃せずにひょいひょいと身軽な動きで風竜をかわし続けるヒルダであったが、前に立ち塞がる風竜によって足止めをされてしまう。
「ヒルダ様、危ない!」
動きを一瞬止めたヒルダへと向かう巨大鮫の影から、小型の風竜――ダツ型が襲い掛かる。
「ちぃっ!? ぬかったわ!」
アンジェリカの警告でダツ型の強襲に気付き回避しようとしたヒルダだったが、巨大鮫の攻撃もあって全てを回避することは出来なかった。
右足の太ももに、ダツ型が深々と突き刺さっている。
「くっ……」
その場で膝をつき足を止めてしまう。
おかまいなしに風竜たちはヒルダへと攻撃を加えようと接近してくる。
今ここでアンジェリカを転移させて『盾』として使うことも出来るが、それをヒルダはしなかった。
アンジェリカも救援に向かおうとするが、こちらも風竜に阻まれて前に進むことが出来ない。
「……ここまでか……!」
あっさりと観念し、ヒルダは目を閉じる。
その時だった。
「――ライズ《アクセラレーション》」
小さな声。そしてその次に幾つもの打撃音と風竜の悲鳴が響く。
「……貴様は……?」
異変に気付いたヒルダが目を開けるとそこには――
「……小物だった……もっと大物狙わないと……」
一体いかなる攻撃をしたのか、ズタズタに切り裂かれた風竜たちの死体の中に、一人のユニットの姿があった。
ヒルダよりも更に幼い――現実で言えば幼稚園児辺りであろう少女だ。漆黒のつややかな黒髪をおかっぱ頭に狐を模したお面を頭に載せており、濃紺の甚平に半纏という『魔法少女』と言うにはかなり抵抗のある姿をした少女である。武器となりそうな霊装はその手に持っていない。
彼女はヒルダにもアンジェリカにも目をくれず、自らが倒した風竜の死骸を一瞥し呟く。
キョロキョロと辺りを見回し、やがて周囲を取り囲む触手へと目を付ける。
「……あれなら喰いでがありそう」
そしてそのまま触手の方へと向かって突進していってしまう。
「あやつ……」
「ヒルダ様、逃げますよ!」
そこへようやく風竜の群れを突破したアンジェリカが駆けつける。
駆けつけると同時に、地に膝をつくヒルダを抱えるとそのままゲートへと向けて駆ける――なぜなら、後ろからは先程までアンジェリカが追い払っていた風竜たちが追いかけてきているからだ。
「さ、さっきの子……凄かったですねぇ!」
逃げながらアンジェリカが言う。彼女は謎の少女がヒルダに襲い掛かる風竜を蹴散らした瞬間を目にしていたのだ。
「ふむ……」
「こう、魔法を使った瞬間にしゅばばばばっ、って動いてあっという間にモンスターを倒しちゃって――」
興奮したように話すアンジェリカの言葉を聞き流しつつ、ヒルダは考えていた。
――あの謎のユニットの戦闘力はヒルダとアンジェリカよりも圧倒的に高い。もし彼女と対戦することになれば、自分たちは二人掛かりでも太刀打ちできないだろうと。
「……アンジェリカ」
「はい?」
果たしてアンジェリカはわかっているのかいないのか――いや、きっとわかってないだろうと心の内でため息をつきつつ、ヒルダは言った。
「貴様、帰ったらおしおきじゃ!」
「えー、なんでぇ!?」
悲鳴を上げつつ、二人は風竜から逃げ回りゲートへと向かうのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「チッ……この程度の相手に……!」
風竜たちと戦いながら、『影』――姿のはっきりと見えない闇の塊のような姿をしたユニットは吐き捨てるように言う。
風竜のレベルは3。火龍レッドドラゴン等と同格の敵である。それが無数に群れをなして襲ってくるのだから、実質的な脅威度としてはレベル5にも相当するかもしれない。
普通ならばまともに戦うことすら難しい相手だ。勝てないこともそうだし、苦戦することも別に恥というわけではない。
だというのに、その『影』は風竜の群れ相手に苦戦している自分自身に納得がいっていないのだ。
――前ならこの程度のモンスターなんて、雑魚感覚で蹴散らせていたはずなのに……!
思うように体が動かない。
魔法の威力が低く敵がなかなか倒れない。
それに何より――彼女がいない。
「『アル』に言った手前、そう簡単に退くわけにはいかないが……」
このクエストに向かうことを『アル』――人魚の少女に反対されていた。言い方は悪かったが、彼女なりに心配はしてくれていたのだろう。それを無視してクエストに挑んだのだからそう簡単には引き下がることは出来ない。
何よりも、クエストに挑んだのには『目的』があるためだ。それを果たす前におめおめと逃げ帰るわけにはいかない。
「――あっちか」
この戦場に自分以外の何人ものユニットが参加していることは把握している。移動しながら辺りの様子を窺い、どこにどんなユニットがいて戦っているのかは大体把握できていた。
ゲートから最も遠い戦場――空に浮かぶグラーズヘイムの真下辺り、そこに『彼女』がいることを察した。
「……エクスチェンジ――《幻装》!」
この絶望的な戦場の中において、ただ一点、嵐に抗うような炎――
地上から立ち上る『黒い炎』の柱。そしてそこへと殺到する風竜たち。
グラーズヘイムも無差別に水レーザーの砲撃をばら撒いているものの、視線は眼下にいるであろう者から離していない。
――そこに、きっと『彼女』はいるはずだ。
そう思い、『影』は走る――
小野山です。
年末年始も変わらず更新いたします。