3-40. ラグナレク 7. それぞれの戦い(前編)
2018/12/30 旧第2章分割に合わせ通番を修正
――かつて人は、制御できない自然の猛威を『神』と見做した。
自然は神であり、神とは荒ぶる存在である。
神獣とは、そうした自然の猛威を『モンスター』として具現化した存在である。
故に――神獣とは神そのものでもあるのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ほんの一瞬、アリスの意識は途切れていた。
「!! どうなった!?」
自分の体が地上へと落ちていることにすぐ気づき、《神馬脚甲》で制御。空中に何とか踏みとどまる。
ジェーンの方も無事だ。ヴィヴィアンに託された《火尖槍》を手に、自分の翼を使って何とか滑空してアリスの元へと合流しようとしている。
そしてグラーズヘイムは――
「……使い魔殿!?」
意識が途切れる手前、アリスは確かに見た。
上空から襲い掛かるグラーズヘイムをかわすことが出来ず、ラビとヴィヴィアンが飲み込まれて行ったのを……。
「……ヴィヴィアン!? 嘘だろ……」
呼びかけても返答はない。遠隔通話をしようとしても通じない。
完全に二人はいなくなっている――グラーズヘイムに呑み込まれてしまったのだろう。
二人を呑み込んだグラーズヘイムは、地上すれすれまで降りると再度ゆっくりと上空へと戻ろうとしている。
意識が途切れたのは急降下の衝撃に巻き込まれたためだろう、と見当をつける。飲み込まれないまでも、体当たりの直撃を受けたらアリスも意識が途切れるどころでは済まなかったはずだ。
「あ、アリス……」
少し離れた位置に降りていたジェーンがアリスの元へと駆けつける。
彼女もまたラビたちが飲み込まれたのを目にしているので状況はわかっているのだ。危うく自分も呑み込まれるところだったが、借りていた《ワイヴァーン》の機動力で何とか逃れることが出来たのだ。
何と声をかければいいのかわからず、ジェーンが言葉に詰まる。
そんなジェーンを見て、アリスは呆れたように笑う。
「なんて顔をしてるんだ、貴様」
「だって、ラビちゃんとヴィヴィアンが……」
もし使い魔の体力がゼロになったらどうなるか。それはジェーンも聞いて知っている。
この場に使い魔がいないジェーンならば例え体力が尽きてもジェムが減るだけで済むが、使い魔自身が消えたとなると話は別だ。
「ん? ああ、そうだな。早いところ二人を助けにいかなければな」
だが、アリスは二人が生きていることを確信しているかのようにそう言う。
確かにラビがまだ生きているのであれば間に合うかもしれないが……。
理解が及んでいないジェーンに対してアリスは続ける。
「ほら、貴様が持っている《火尖槍》も、乗ってきた《ワイヴァーン》も消えてないだろ? ということは、ヴィヴィアンはまだ生きているってことだ」
ヴィヴィアンの魔法はやや特殊だ。
アリスの魔法が顕著であるが、『何かを作り出す』魔法は魔力が切れても効果が継続する場合がある。
しかしヴィヴィアンの魔法に限っては違う。彼女の魔法は、魔力切れになった瞬間に効果を失ってしまうのだ。
だから《火尖槍》、それに《ワイヴァーン》がまだ出現している時点で、確実にヴィヴィアンは生きているとアリスは思っているのである。魔力切れで消えるのだから、リスポーン待ち状態になっても当然消えるものだと判断できる。
「ヴィヴィアンが生きているなら――使い魔殿も生きているさ。あいつの魔法なら、必ず使い魔殿を守り切れる」
それは確信だった。ヴィヴィアンならば必ずラビを守り切る――アリスはそう『信頼』しているのだ。
であるならばアリスのやることはシンプルだ。
「……あの神獣をぶっ殺して、腹の中から使い魔殿たちを助けるぞ!」
絶望的な戦闘力の差などなかったかのように、いつもの如く笑みを浮かべてアリスはそう宣言する。
「……わかった! アタシも手伝う!」
自分に何が出来るかはわからない。戦闘力の面ではアリスよりも大分劣っているため足手まといにしかならないかもしれない。また、現実世界で美々香の帰還を待つ姉たちに心配をかけてしまうかもしれない。
それでもジェーンは共に戦うことを決意する。弾避けでも何でもやれることはやるつもりだ。彼女にしても、現実世界での友人である桃香がまだ無事だというのであれば、それを助けたいと思う。
「ふむ……他にも何人かいるようだな」
アリスも遠くで戦う別の魔法少女の存在には気づいたらしい。
そちらと連携して戦えれば楽になるかもしれないが……。
と、そこで上空のグラーズヘイム、そして各地に散る風竜に変化が現れる。
再度上空へと昇ったグラーズヘイムはその場で制止、地上を睥睨する。その視線の先には――アリス。
アリスもまたグラーズヘイムの視線が向けられていることを察し、睨み返す。
「野郎……勝ち誇ってやがる」
忌々しそうに舌打ちする。
確かによく見ると、グラーズヘイムの目が歪んで見える。それはまるで嘲笑を浮かべているかのようにも見えた。
そして、今度はグラーズヘイムの体から湧き出るように新たな風竜が出現する。
鮫型と同じ姿をしているが、大きさはクジラ型並みに巨大化した新たなタイプだ。強化された『精鋭』なのだろう。それがまずは10匹程。更に数を増やしていく。
「うわ、何か強そうなのがまた来た……!」
通常の鮫型が精いっぱいなジェーンは嫌そうに顔をしかめる。彼女のギフトはモンスターへの攻撃力・防御力を上昇させるものではあるが、元となるステータスがまだそれほど高くないため、レベル3の風竜の相手がやっとなのだ。
新たに現れた巨大鮫はどう見ても今までの風竜よりも強化されている。ジェーンにとっては荷が重い相手だろう。
それだけではない。
周囲を取り囲むように発生していた竜巻の姿が変わる。
現れたのは白い柱――いや、よく見ればその柱には無数の『吸盤』がついている。タコかイカかはわからないが、それらの持つ『触手』へと竜巻が姿を変えたのだ。
ラビが危惧した通り、竜巻も風竜と化してしまった。
大きく間隔をあけて屹立した嵐の触手は、それぞれの間に『風の壁』を作り出す。アリスたちは『風の壁』の中へと封じ込められてしまう。
幸いと言えるかはわからないが、『風の壁』が隔絶した空間の広さは戦うには十分なだけある。遠くにはゲートの光も見え、脱出しようと思えば可能だろう――より強大になった敵の群れを突破してゲートまで向かうことが出来れば、だが。
「チッ……なるほど、風だの嵐だの、その辺のやつは全部グラーズヘイムの配下ってわけか。この分だと、雷辺りもそのうち出てきそうだな」
敵は今見えているだけでもグラーズヘイム本体、巨大鮫型風竜が10数匹、そして8本の巨大触手。今までの風竜もグラーズヘイムと合流しなかった分はそのまま残っている。更にアリスが呟いたように今後新たな風竜や、雷の神獣――ヴォルガノフも現れる可能性がある。
敵との戦力差は開く一方だ。例え他のユニットと協力してもその差は埋まる到底埋まるものではない。
どうすれば勝てるか。アリスは必死に考え――結論を出す。
「――ジェーン、これから起こること……うちの使い魔殿には内緒にしててくれな?」
「……え?
ちょ、何する気!?」
アリスが一体何をする気なのかわからず聞き返すが、
「……使い魔殿が見たら、絶対に怒るからな……」
彼女は小さく笑うのみ。
その笑みに危険なものを感じるジェーンだったが、彼女に問いただす時間はなかった。
「そら、風竜がこっちに来だしたぞ! 出来るだけフォローはするが、自分の身は自分で守れよ!」
「う……くっ、何する気か知らないけど、ラビちゃんとヴィヴィアンを泣かすようなことだけはしないでよね!?」
ジェーンが向かってくる風竜に自らの霊装を投げつけ迎撃、更に借り受けた《火尖槍》を構える。
アリスもまた手元に『杖』を呼び出し――
「……そうだな。まぁ、泣かれるくらいは――仕方ないか」
ジェーンに聞こえないようにそう呟いた。