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1.こんな環境やってられない

久しぶり書くので亀更新、改稿多めだと思いますがよろしければお楽しみください。

「食事のご用意が出来ました。シュヴァルツ騎士団長がお待ちです」


平坦な声で呼びかけた侍女の方を振り向くと、負けず劣らず冷めた声でユーリは返事した。


「...今から向かいます。案内は要りません」

「かしこまりました」


さっさと居なくなる侍女を見送ると、溜息を吐いて重い腰をあげる。右腕の袖をまくるとさっきまでの訓練で切ったのか、薄い切り傷が数本腕に走っていた。傷を癒す方法も習ったけれど使う気がしないので結局袖を伸ばす。人間には自然治癒という能力だってあるのだ。

なんでシュヴァルツ隊長と夕食を一緒に食べるつもりなのかは日頃の嫌味からしてあからさまに透けて見える。大方訓練の進行具合を聞いて責め立てるつもりだろう。はたまた礼儀がなってないと馬鹿にするか歴史を語るつもりかは知らないが面白くないことだけは数回の夕食だけで痛感していた。

つらつらと考えながらこの1ヶ月ほどで手に馴染むようになった腰の剣を撫で、隊服の襟を正して食堂の扉を開けた。


「遅いな。いくら特別な称号を持つからと言っても上司を待たせるとは礼儀がなってないと示しているようなものだぞ」


先に食事を始めていたのか赤ワインを飲みながら薄ら笑うシュヴァルツ隊長に内心ひくりと顔をひきつらせながら慇懃に頭を下げる。


「魔道の訓練が長引きまして」


「体術も覚束無いのに魔道も中途半端なま

とは。これでは勇者などと言ってもあだ名のようなものではないか。歴代のような立派な方々の名が汚れてしまうな。信じたくないが召喚するべき者を間違えたのではないかと言いたくなるほど不甲斐ない」


「そうですか」


「大体やる気というものすらお前からは...」


無意味な言葉を並べ立てているのを薄く微笑んで聞き流しながら目の前の肉を切り分ける。...おっといけない、ナイフを肉に思い切り突き立てる所だった。俯いた視界の両端でさらさらとランプの光を受けて煌めく金色の髪が目に付く。ナイフに移りこむ金髪に翠の瞳の少年ーー正しくは違うのだがーーが自分であるとユーリは未だに慣れることが出来なかった。シュヴァルツ隊長の言っていることは嫌味だが別段内容としては間違っていない。ユーリにとっても不本意な出来事だったが、これまで召喚されてきた勇者達と比べてイレギュラーな存在である事は確かだった。

全く持ってシュヴァルツ隊長に同意しよう。

正直言って召喚するべき人を間違えたとしか思えない。


※※※

私、ユーリこと本名瀬田侑李は何処にでも居るような、ごく一般的な高校生だった。母と父と兄が1人の4人家族で、少しぐらい嫌なことがあっても許せる位には仲が良かったし、少ないながらも友達は居た。

普通に学校へ行って家に帰って、宿題に音を上げながら過ごす。そんな日常が変わったのがほんの1ヶ月前の事だ。宿題もそこそこに兄の古着を着て布団に潜り込んだはずが、目を覚ますと教会にあるようなステンドグラスが

真っ先に目に飛び込んできた。慌てて飛び起きるとそこは本当に教会の様で、白い棺桶のようなものに自分が寝ていたことが分かったが目の前に広がる光景に色々と異常な事態もユーリの頭から吹き飛んでいた。真っ白な騎士様な衣装を来た男達が何十人と膝をついて頭を下げていたのだ。一番ユーリの近くに居た男が顔をあげ、恭しく近寄ってくるのをただ固まって見上げていると、これは夢に違いないと思うような言葉を至極真面目に口にしたのだ。


「ああ、今代の勇者様よ!ようこそいらっしゃいました。100年の盟約を果たすべくお目覚めになったこと、感謝いたします。どうかこの世界をお救い下さい」


呆然としたユーリにそういえば出会った当初は素直に尊敬の色を浮かべていた男が、今現在目の前で偉そうに執拗に責め立てるシュヴァルツ隊長と同一人物とはあまり信じたくないものである。

これは夢だと妙にリアルな五感から目をそらしながら無言のままでも白服の騎士に連れられてゆく。

城の一室へ案内されて夜も遅いのでひとまずお休みになってくださいと扉が閉じられてからひたひたと押し寄せる夜の寒さや少し硬いベッドの感触が無常な現実を教えてくれた。

あと何故か鏡には金髪で翠の瞳の少年が写っていて、やっぱ夢だろと思ってベッドに倒れ込んだことだけが記憶に残っている。


その翌朝からのことはもう思い出したくもない。

シュヴァルツ隊長にいきなり剣を向けられあっさりと気を失い、唖然とする周囲の中運び込まれた医務室で剣をもつどころか魔法も知らないと正直に言うと、本当に勇者なのかと緊急の審議会が開かれることになった。

苦渋の顔をしたシュヴァルツ隊長が勇者であることは間違いないはずと証言し、目覚めた場所に居た騎士達が同意したためすぐに追放などということにはならなかったが、3ヶ月の猶予の末もう一度再考することとなったのである。

期待を裏切られ、予想外だったらしい事情に周囲の目が厳しく、侮蔑するような雰囲気になるにはさほど時間がかからなかった。

この世界の常識を学びつつ魔法や剣の初歩から始めたが勇者パワーもなにも起こらない。

救いはと言えば私の体となっている金髪少年の体力と筋力はそこそこあり、魔法も使えるような身体であったということのみである。

しかし新兵と全く同じかそれよりも低い能力しか今の所見いだせないと魔法も剣も告げられてしまっているため何も期待出来ることはなかった。

そうしてすっかり疑いと冷たい目に晒された一か月目の終わりの日が今日と言うことである。さっさと殺して新しい勇者を召喚しろという意見に早くも票が集まり始めているので、未だ死亡フラグしか立っていないらしい。


先のない未来へ思いを馳せているとシュヴァルツ隊長が私がぼんやりしている様子に気づいたのか、立ち上がり傍までくると眉根を寄せて睨みつけてきた。


「お前が祭壇の勇者のみが触れることができる棺から出てきたことは私がこの目で見たことだ。しかしお前が勇者であるとはどうしても思えんが、お前だけに構っているわけにはそろそろ行かなくなった。監視も兼ねて明日からセレナスをお前と四六時中共に行動するよう言いつけてあるからせいぜい足掻け。殺される前にな」


そのまま食堂を後にする気配を感じながら、切り傷のある場所を無意識に抑えた。傷は疼いている。

殺されると聞いて、2ヶ月後にほとんど不可避の死が迫っていると感じていて、それでも私の心は麻痺したように危機感が沸かなかった。私はまだこの世界を現実だと認められていないのだろうか。何も手立ては考えられないまま、その夜はふけていった。

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