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導入話「宙を征く箱舟」

僕らは星の輝きしかない凍りついた宇宙空間を征く。それは百何十年間もの間続けられてきたことだ。


けれど、宇宙生まれの僕は怖いとは思わないのだが、地球という母星を知っている人々からすれば、それは多大な恐怖を伴ったらしい。


当たり前といえばそうなのかもしれない。宇宙は過酷な環境だ。何もなければ生物の灯火など瞬時に吹き消される。ただただ冷たい世界だ。


そんな中をちょっと分厚い鉄板に囲まれた箱だけで進むのは、それはまぁ心細かっただろう。特に地球という不変に近いものの中で生活した人々には耐え難い頼りなさだった。


けれどそれでも僕らはこうして、箱舟「The answer 」と呼ばれる超大型植民船で宇宙を進んでいる。


現在の総人口は5千万人。何度かの植民を終えたことを考えるとこの舟で生活した人口は6億人近いと言われている。


初期の、つまり地球を脱出した時の総人口は2億人2千万人と記録されているので、この舟は相当な人数の母星役を務め、植民という方法で送り出してきたことになる。

そう思うと感慨深いものがあった。





僕らが地球を脱出して、宇宙を彷徨い始めた理由はそれほど大層なものではない。


地球外生命体が突然来訪し値級を破壊しただとか、バイオハザードが起きて怪物が地上を闊歩するようになったとか、放射線汚染で人間が住めなくなったとか、そんな大それたものでもない。


端的に言えば、人々の方向性の違い、だろうか。


なんだそのバンド解散時に使いそうな理由は!と思う人も居るだろう。実は僕もそう思ったり、しなくもない。けれど残念ながら実際はそんな愉快な話じゃない。

バンドを人々、解散を地球脱出と考えれば似てなくもないが。


時系列に沿ってはなしをしよう。それが一番理由を説明しやすいと思う。


僕らが地球を脱出する前、だいたい1世紀ぐらい前のことらしいが、その頃新しい人種が誕生したらしい。

『機人』と呼ばれる人種だ。

金属等の無機質素材で大部分を構成した、人間と同様思考し想像することのできる人種だ。


機人が誕生した時、世界は3つに分かれた。機人のみ、または人間のみが生きるにふさわしいという考え方の集団と、人間と機人が共存して行くべきという考え方の集団だ。


この3つの勢力は互いに争いあった。1世紀に渡り激しさを上下させながら、無駄とも言える、多量の血を流しあった。


そしてある日、共存主義の人々が、そんな時代に見切りをつけた。争うことは不毛だと断じ、地球という争いの舞台から逃れることで、争いから抜けることにした。


そうして共存主義の人々は宇宙へ飛び出した。地球を捨てれないという人々もいたので、何十億人いた人口のうち2億2千万人しか地球から逃げなかった。

それでも共存を実現できる、新天地を目指して、僕らは地球を飛び出した。


と言うわけである。


人種の違いで100年続く大戦が勃発し、大戦中に分かり合えないと見限った共存主義の人々が、争いのない共存できる理想郷を求めて、地球を飛び出しました。となんとも言えない陳腐な理由だ。

SF好きの人ならがっくりと落胆することの必至の面白みのない話でもある。


だが、僕はこの選択を決して間違いではなかったと思う。大戦は、あまりにも酷かったからだ。


発達したVR技術と精巧に残された大戦の記録によって、舟生まれの僕は大戦を体験できる。だからこそ実感できたのだ。人が人を殺す愚かしさ、人が相手を人と思わない虚しさ、死体が放置され虫が湧き雨風に晒される、その風景のえげつなさ。


僕らが宇宙に逃げ出したのは、それらから自分たちを守る唯一の手段だった。


けれど、だとしても、いや大戦の風景を見たからこそ、僕は全ての人々とは分かり合えないと見限って地球を逃げ出してきたのは、悲しい決断だったと思う。


もしかしたら、いつか争っていた人たちとも分かり合える日々がきたかもしれない。それが、その日は来ないと断じてしまったのは、あまりにも空しいことではないだろうか。自分たち自身も分かり合えないと思っていたから、そういう結末になってしまったんじゃなかろうか。





そんな後悔は置いておいて、そうして始まった僕らの旅は今終わろうとしている。

百何十年という年月を費やし、やっと地球を飛び出した頃に決めた目的の惑星に、僕らが求めた新天地に着こうとしているのだ。


僕らは手に入れる。共存できる理想郷を。何があっても人たる存在と敵対しない世界を。

次の、ようやく辿り着く惑星で。


もう同じ結末を迎えないと心に刻んで。



箱舟は5千万人が生活するには十分な広さを持っていない。幾ら大きいと言えども、舟を管理する機構を確保した上で人々が自由に走り回り、談笑し、仕事をするには人工物の箱庭では手が追いつかないのだ。


その問題を解消すべく、箱舟の住民は基本生活を発達したVR空間で行っている。ヴァーチャルであれば現実の広さに囚われず、草原や森や海を作り、地球にいた頃らしく生活を回せるからだ。


学校や仕事を行うオフィスも、ましてや家も、ヴァーチャル空間に存在している。

現実ですることと言ったら、定期的に運動をし、配給で送られてきた食事を取り、排泄や風呂を済ませるぐらいだろう。


そんな日常に中では、親子ゲンカすらもヴァーチャル空間に設けられた家の中で行われるのだ。


「母さん!なんでそんなによそよそしいのさ!ねぇ、話を逸らさないでよ!お祖父様やお祖母様はどうしたの?居るはずなのにまだ全然生きてるはずなのになんで合わせてくれないのさ!」


「ごめんね。ソレミニア、よそよそしくしている気はないんだけど、パパとママの仕事はちょっと厄介でね。おばあちゃんやおじいちゃんもそれに関わってるから貴方と遭わせてあげることはできないの」


ヴァーチャル空間にも通貨はある。資本主義的な生活を送る上で、それは必要な不可欠なものだからだ。

そしてヴァーチャル空間の一角に、そのヴァーチャル通貨で相当額するだろう伝統的な日本家屋があった。


質素ではあるが、敷地を悠々と使った優美とも言える落ち着き払った雰囲気を纏う家屋だ。

黒光りする瓦は重厚感を生み出し、鮮やかな太ましい木柱は、その家屋自体が地面に足ついたものだと体現しているようだった。

一見するだけでもそれなりに権力があるように思える。


そんな家屋の縁側で、2人の人物が口論をしていた。


1人は『ソレミニア』と呼ばれた少年で、もう1人はその少年の母親と思しき女性だ。


「いつもそればっかり!僕だってもう14だ。知る権利があるはずでしょ!」


「まぁそうねぇ。そろそろいいかなっとも思うんだけど...あっシステムコールで呼ばれちゃったから、ママちょっと行ってくるね。そのはなしはまた今度っ」


金髪がわずかに混ざった藍色のグラデーションのかかった白髪を靡かせて、西洋系20代後半の、母親と思しき女性は舌を出して謝った。

そのまま彼女はソレミニアには不可視な彼女の視界だけに映るであろうシステム画面を操作し、虹色に輝くポリゴン片を散らして、どこか別のヴァーチャル空間に転送されていった。


ソレミニアは自分の母親の逃げるような態度に腹を立てて、「くそっ!」と近くにあった障子を蹴飛ばした。


びりっと薄い和紙は暴力に負け破れた。ソレミニアは、ヴァーチャル空間に無駄に細かいところまで再現してあるんだから、冷め始めた思考で思い、「ああ母さん和紙貼り直しとかないとぼやされるな」と頭を掻いた。


もちろんソレミニアはまだ自分の母親の対応について言いたいことはあったが、物事の優先順位を考えると少しは怒りも収まるというものだった。


ソレミニアは張り替え用の和紙を通販するために携帯端末を探して、身体を叩くように撫でた。

だが、どこかに置いてきていたらしく、携帯端末は見つからない。

ソレミニアは気の無いため息をついて、「あんまり使っちゃダメだよ?」と母親に言われていた限定的システムタブを呼び出した。


新天地についた際、VR生活から現実世界の生活スムーズな移行を考えて、このVR空間は些細なことまでリアル志向となっている。

基本、ネットワークに接続し通販やWebを参照するにも、システムタブでは出来ず、端末で行う必要があった。


面倒くさいことこの上ない仕様だが、本来このVR空間は新天地に着くまでの現実世界の代用品であるから、こうなっているのは道理に沿っているとも言えた。


限定的システムタブは通常のシステムタブでは出来ないことが多少許可されている。

母親から特別に渡されたソレミニアの権限では、ネットへの接続や個人情報閲覧だが、権限が上がれば非緊急の転移や物品の精製消去が可能になったりもする。


ソレミニアは慣れない手つきで権限を行使して、システムタブからWebに接続する。

そこからはいつもの調子で通販サイトに飛び、張り替え用の和紙を検索、カートに入れ、自分の小遣いから決算しようとする。


だが、システムタブから通販に入ったのがまずかったのか。いつもはない名前を入力するタイプに認証画面が出てきた。

ソレミニアはやっちゃったかなぁと自分の横着を後悔したが、名前を入力するだけなのでとそのまま継続した。


ソレミニアはもう14年間慣れ親しんだ名前を手早く入力する。流れるようにエンターを押して承認を待った。


ーーerror:入力された名前は簡易登録名です。正式登録名を入力して下さい


ソレミニアは「えぇっ!?うっそっ!」と目を見開いた。

入力欄には『ソレミニア・サンテンス』とまごう事ない自分に名前が乗っている。

試験の時にも、何かの申し込みの時にも使ってきた名前だった。正式登録名に間違いないはずだ。


システム側の間違いだろう、と驚いた心を宥めて、再入力して合っていることを確認してから確定する。けれど帰ってきたのは同じエラー表示だった。

何かの間違いだと、何度も何度も入力力しなおすが、結果が変化することはなかった。


「あぁあ!!」と捻り出すような声を上げて、ソレミニアはシステムタブを放り投げた。

そのまま身体を倒して、障子がわずかに通す光だけが頼りの、畳の敷かれた和室へと転がり込んだ。


合ってるはずなのに承認されない!訳わかんない!なんでなんで、いっつも使ってるやつだし!と畳の上で悶え転がりながら、ソレミニア声にならない声を上げ続ける。


だが悩んだとて解決する事柄でもないので心澄むまで悶えると、大の字になって寝転がって息を吐いた。


「来ーい来い来いシステムタブ」とソレミニアは寝転がったまま庭に投げ捨てられていたシステムタブを呼び寄せる。Webを閉じてから、右上のバツボタンを指で撫でてシステムタブを終了した。

そのままのそりと起き上がると、だるそうに半目で何処かに置いてきた携帯端末を探しに行った。



居間で無事携帯端末を見つけ、ソレミニアは和紙を通販して障子を貼り直した。

少し汗をかいたので台所の冷蔵庫からお茶を取り出し、居間でくだらないバラエティ番組を眺めながらお茶が入ったコップを呷った。


すぐ移動するつもりだったので、立ったままテレビを見ていると、ソレミニアの携帯端末に2通のメールが届いた。

持っていた水滴のついたコップをちゃぶ台に上に置き、ソレミニアは横目で端末を確認した。


1通は母親からのもの。

「最終ログアウトが23時間前だからそろそろ現実世界に戻って、食事と体力低下防止用の筋トレプログラムを受けてね」と言った内容のものだった。


もう1通のメールも確認したら言う通りにしてもいいかなぁ、なんてソレミニアは素直になり切れていない感想を抱く。


よそよそしく思えてもやはり母親なようで、息子のことは気にかけているらしい。

お節介だと思うが、それでもどこか嬉しく、ソレミニアは目を細めた。


2通目は政府、箱舟を管理する機関から来たものだった。

それを確認した時、ソレミニアは思わず身構えたが、何か悪いこともしてないし大丈夫と思い直してメールを開いた。


「第2共存教育学校-探索科9年生ソレミニア・サンテンス様。

この度、あなたの優秀な成績を鑑み、2ヶ月後に到着する新天地『惑星リテレート』の先行探索隊に任命されたことをご報告します。

詳細は学校で開かれる説明会で説明します。拒否権はありませんのでご了承下さい。

探索隊での活躍を期待しています。

箱舟最高管理機関:ファミリ及び、箱舟管理システム:司令塔鈴音ちゃんex」


ソレミニアは息を飲んだ。携帯端末を取り落としそうになり、慌ててつかみ直した。


きゅっと携帯端末を握って胸に押し付けて、何度か深呼吸をする。バクバクと胸の奥から存在を主張する鼓動を押さえ込んで落ち着こうとした。


「え?まじ、これほんとかな?うっそ....え?」


胸を押さえ俯きながら、ソレミニアは口早に囁いた。

信じられない、嘘じゃないか、とソレミニアはメールの内容を疑わずにはいられなかった。


もちろん、先行探索隊や新天地の存在を疑ったわけではない。

自分が先行探索隊に選ばれたということが信じられなかったのだ。





先行探索隊とは、その名の通り、新天地たる『惑星リテレート』を先行して探索し、箱舟の市民が安全に入植できるかを調査するグループのことだ。


先住民がいれば共存を目指すべく行動し、入植に当たって脅威となるものがあれば排除し、病原菌や気候地形のデータを採取する、最も危険だろうとされる仕事だ。


新天地へ最初に足を踏み入れる勇者たち。箱舟のために戦う戦士。未知に挑み宝を探す冒険者。一般人からのイメージはそんなところだろう。


まるでゲームのダンジョン攻略!男の子としては誰もが一度は憧れの羨望する仕事だった。


メンバーの選び方も特殊だ。このメンバーには探索科という専門も課程を修めた成績優秀者が任命されることになっている。


宇宙を旅する百何十年もの間、様々な面から見て、来たるべき探索に相応しい人材を育てては、同意の上コールドスリープしてメンバーを集めてきていた。


謂わば、宇宙を旅する間に課程を修了した人物からとびきり優れた人物だけで構成した、エリート部隊だった。





だがらいくら自分が探索科を受講しているからとはいえ、自分が探索隊に選ばれるなど、ソレミニア自身思ってもみなかった。


何故ならソレミニアの成績は探索科の中では特筆して良いものではないからだ。


運動能力は機人には絶対敵わず、探索科では平均だ。性格も適正基準ギリギリで、落ち着き払ったものとは言えない。

状況判断能力と知識だけは平均以上、上位に食い込むことができたが、それだけでは駄目なはずだった。


何よりソレミニアは最も重視される、人間の種族特性たる『力学的物理干渉能力』が最低ランクだった。





『力学的物理干渉能力』とは人間が持つ種族特性のようなもので、例えるなら念力というのがいいだろう。

機人には備わっておらず、人間が機人を凌駕できる数少ない点だった。


念力といっても、直感的に使えるようなものではない。

接触していなくとも力を加えられる点では同じだが、発動するには、事前に、力を加える物体の動きやその物体が周囲に及ぼす影響をシュミレートしなければならないという、面倒極まりないものだった。


例えば、念力で剣を飛ばすならば、剣が力を加えられ、どのような軌道を描きどのように回転するか。そして剣が目標に当たった時どのような角度でどれくらい喰い込み、どのような形の傷跡をつけるか、計算しなければ能力が発動しない。ということだ。


素早く発動できれば強力だが、欠点も多い。人間が持つ切札のような力だった。





改めて言うが、ソレミニアは『力学的物理干渉能力』が最低ランクだった。


大勢の人が苦手とする、"計算"が出来ないわけではない。むしろ演算能力はずば抜けて高く、最高峰といっても過言でないほど、正しく精密に"計算"できる。


ただ、『力学的物理干渉能力』の念力の出力があまりにも小さく、かつ念力自体がうまく扱えないのだ。


"計算"は完璧なのに不発に終わったり、想定した念力の何十分の一の出力しか出なかったり、"計算"とは違う方向に力をかけてしまったりと通常あり得ないようなミスばかりしていた。


腕が思い通りに動かないような感覚だ。動きをイメージしてその通りに命令を送っているはずなのに、変な動きをする感覚だった。


原因は定かではないが、指導教官は、ソレミニアに機人の血が混ざっているのが理由ではないか、と言っていた。


機人には『力学的物理干渉能力』は使えない。機人の血が多ければ多いほど、『力学的物理干渉能力』が扱えないのは自然なことだった。


ソレミニア自身、自分の祖先については詳しくないが、ハーフまではいかないもののクウォーター程度には機人の血が混ざっていると、父親から聞いたことがある。


クウォーターならば『力学的物理干渉能力』はちゃんと発動するはずなのだが、発動しないということはそれよりも割合多いということだろう。


悲しくはあるが、生まれつきではどうしようもないので、ソレミニアは涙を飲んで我慢することにしていた。





話を戻して。

だから、ソレミニアはメールの内容を信じることができなかった。


うそ、うそうそ!えほんと....?と何度も何度も連呼して、何回も携帯端末を見直す。


悪戯メールかも、と思い、送り主を確認してみたり、エイプリルフールじゃないよね、と日付を確認したりしていた。


ちなみに現在の日付は夏後半でありエイプリルフールな訳がないのだが、それに気づかないほど、というかそうだとしても自分の感覚を疑ってしまうほど、ソレミニアはメールの内容に驚いていた。


幾度目かになる確認作業を繰り返すと、ソレミニアはやっとこのメールが本物であると実感が湧いてきた。


落ち着けぇ落ち着け心臓ぅ、と胸を祈るように押さえていた手を思いっきり上に掲げて、ソレミニアは飛び上がった。


その反動で携帯端末が手元から弧を描くが、そんなことは知ったこっちゃないと、大声で叫んだ。実際は歓喜した、というのが正しいのだが。


「やったぁああああ!!!選ばれた!選ばれた!ま・さ・か・の!え・ら・ば・れ・たぁああああ!!わーいい!!」


ぴょんぴょんと兎のようにその場で飛び跳ねて、全身で喜びを表す。

この感動を自制するほどの自制心などソレミニアは持ち合わせていなかった。


息が上がるまではしゃぎ続け興奮を消化すると、すっかり気を良くしたソレミニアは「母さんに言われた通りログアウトして、いろいろしなきゃなぁー」と鼻歌を歌って、現実世界に戻っていった。

放り投げられた端末は結局家具に当たって故障したが、そんなことには気づかなかった。



VR空間から戻ってきたソレミニアは、大きな欠伸をして伸びて背中を鳴らした後、VR機器のついたジェルカプセルから起き上がった。


こじんまりとした真っ白で無機質な部屋だ。塵ひとつ見当たらない清潔さで、何処かの研修施設か、病室を連想させるほど、温かみのない部屋だった。

壁には50センチ四方の扉が付いており、そこから配給物資が届くようになっていた。


見渡しても、やはり温かみのあるのもはない。あるものと言ったら、無機質製の簡素な机と椅子、白っぽい光を吐き出すライトスタンドに、今まで身体が収まっていたSFチックなカプセル型ジェルベッドくらいだ。


VR空間にある和風建築の家に比べると、寂しさしか覚えない空間だったが、これが現実世界での箱舟の居住空間だった。


宇宙を征くのだから、現実世界の部屋まで手を加えるような贅沢はできない。このような部屋になるのは致し方ないことだった。


ソレミニアは焦点のぶれる寝惚け眼をこすりながら、配給口から食事を取り出すと、机に座ってパクパクとそれを食べ始めた。

微妙に湿ったブロック状に乾燥食料を胃に詰め込むと、栄養補助用のサプリメントを何粒か噛み砕く。

最後に容器から水を飲んで口に残ったものを押し流し締めれば、食事は完了だった。


食料は硬いものが多いがそれは顎の弱化を抑えるためのものらしい、ほんと細かいところまで気にするなぁ、とぼんやりと考える。


ソレミニアは部屋の端にあるドアを潜ると、ドアの先にあったエレベータに乗り、体力低下防止用の運動プログラムをこなすべく、箱舟内で唯一自由に行ける運動ブロックに向かった。





運動を終えたソレミニアは汗を掻いたのでシャワーを浴びた。

シャワーといっても現代のようにホースから水を垂れ流すものではない。宇宙で水は浪費していいものではないからだ。

箱舟のシャワーは専用のカプセルに入り霧を吹きかれられる、全身洗濯機のようなものだった。


シャワーを浴び終わると、エアでは飛ばし切れなかった水を備え付けのタオルで拭き取っていく。

脱衣所には、ほぼ配給制の現実世界では珍しく、古くから伝わるらしい『こーひーみるく』なるものが売っていたので、ソレミニアはヴァーチャル通貨で買って飲んでいた。


『こーひーみるく』の自動販売機から、服をしまったロッカーに戻る途中、姿鏡の前を通り過ぎた。

ふと鏡に映る自分の姿が目にとまる。2、3歩戻って、鏡に映る自分の容姿を改めて確認してみた。


ソレミニアの容姿は、名前の響き同様、少年にしては珍しく女性的と称されるものだった。


動物に例えるなら、褐色の白兎。一見矛盾しているようで的を得ている、と友人たちが言っていたのは不満だったが、ソレミニア自身もそうかなっと思っていた。


ソレミニアの肌は褐色、焼けた小麦色と呼ばれるものだった。実に健康的な色合いだが、この色は日焼けではなく、肌本来の色だった。

父さんも母さんも褐色じゃないんだけど誰の遺伝だろう、なんてどうでもいい疑問を浮かべた。


その反面、ボブに切られた髪は母譲りで雪にように白い。毛先が微妙に人間ではあり得ない藍色に染まっているのは機人の特徴だ。母親同様、数本金髪が糸のように白髪に混ざりキラキラ輝いていた。


体格は小さく驚くほど細い。華奢といっても過言ではないほどだ。身長はやっと150センチを超えたところで、周りから絶賛置いてけぼりをくらっているところだった。


腕も脚もスラリと細く非力に見え、鍛えているとは思えない。

昔悪ガキから「女おとこー!ひょろひょろなんだから女子の方にいってなー!」と言われて、ムキになって殴り倒したのは懐かしい。実は親友に助けてもらったのだが、それは忘れておこう、とソレミニアは都合よく思い出書き換えた。


この容姿いいことなかったなぁ、とソレミニアは思う。ソレミニアとしてはもう少し男らしい身体が良かった。

そうしたら、男子から告白されて慌てることや、女子に可愛い扱いされることもなかっただろうし、女おとこー!と言われることも、学芸会で女装させられネタ写真が周囲に出回ることもなかっただろう。

一番困ったのはとある女子から「珍しい属性だよね。君の本描いていい?」と言われたことだった。

でも、教師にお願いをする時に補正がつくのはよかったかも...と黒い思い出も掘り返した。


兎のような小さく華奢な身体、小麦色の日焼けしたような肌、母譲りの金線の混じる白髪。

女性的なところはあれだし、いろいろあったが、これはこれでよかったかな、とソレミニアはにっこり笑った。


探索活動の時もよろしくね、と言うように。





脱衣所を出る際、見知らぬ男性に「女性用の脱衣所じゃないですよ、ここ」と言われた。


いや、もう、ほんと....あはは、とソレミニアは引きつった愛想笑いしかできなかった。




なんで主人公が男の娘になったんだろう....き、気にしない気にしない....

_( ´ ω `_)⌒)_


あ、あれですよ。この物語はふぁんたじーですよ。VRものじゃないですよ?

話の進み方的には、VR編もあるかもですけど。

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