伯爵夫人の謎な私生活
いつもシリアスを目指しています。
毎度のことながら無理でした。
オギャーッ、オギャーッ!
あ、生まれたわ。
柔らかな日差しが薄いカーテン越しに部屋に差し込む長閑な午後のとある一室。
そこで彼女、ブレア=アナシュタインは元気な赤ん坊の泣き声が邸宅中に響き渡るのを聞いた。
「ブレア様お生まれになったようです。男の子だそうです。」
「そう。」
息を切らして自室へと小走りでやってきた侍女、サリーにブレアは事もなさげに応えた。
すると彼女の従者であるケルトは
「あー、お生まれになってしまったか。しかも男とは次期跡取りに決定だな。ハハハッ!」
っと盛大に笑い出した。
「!笑い事ではありませんよ!ブレア様の立場がどんどん悪くなる一方です!」
「いいえ、サリー私は大丈夫よ。心配しないで。」
侍女の心配をよそに彼女は朗らかに笑った。
「で、ですが......。」
「ほら、ブレアが大丈夫だって言ってんなら大丈夫なんだって。自分の主人を信用しろよ。」
「わかっております。ですが、あなたはブレア様への口のきき方を直しなさいよ。」
「あー、わかってるよ。でも俺たち3人とも幼なじみだろ?それにブレアだって、俺たちだけの時は敬語抜きでいいって言ってんじゃん。」
「それは、子供の時の話でしょ、あたしたちもう大人なんだからちゃんとわきまえないと...」
「まぁ、まぁ。サリーも抑えて。確かにケルトにはもう少し敬意を払った話し方をしてほしいわね。」
徐々にヒートアップする侍女と従者である幼なじみの会話をブレアはやんわりと止めさせた。
そんな風にいつものごとく3人が話していると突然部屋の扉がノックされた。
サリーが慌ててでるとそこにはこの家の執事が居た。
「失礼いたします。先ほどめでたくご主人様のご長男様がお生まれになりました。
つきましては今夜の夕食でご主人様がブレア様にお話しがあるそうなので午後6時に食堂へいらしてください。」
「わかりましたわ。」
「では、失礼します。」
執事が出て行ったあとブレアはため息を1つついて。もといた椅子に深く腰掛けた。
「おー、夫婦としては何か月ぶりの食事だよ?今夜の夕食は修羅場じゃねぇのか?」
「何バカなことをいってるのよ、ケルト。夕食は穏便に済ますわよ。」
といってるブレアであったが、実は結構不安であった。というのもこちらに嫁いで初日以来夫とは食事を共にしていなかった。
「貴様とは明日別々に食事をともにする。望む時間を後で料理長に言っておけ。俺はそれにずらして食事をマリアナととることにする。」
夫であるイアンにこう初日の夕食時に言われて以来一度も時間が被ったこともない。
ブレアはこの家の正妻となって約1年たったが、おそらく夫婦としてまともに会話をしたのはあの初日一度きりではないだろうか。
同じ屋根の下にいるとはいえ、めったに会うこともなくたまにすれ違う時挨拶を交わす程度だ。
それもブレアが挨拶をし向こうが返事をするというなんとも簡素なものだが。
しかしながら本当に久しぶりの対面なのでブレアは妙に緊張した。
「ねぇ、サリー今って午後3時くらいよね。夕食までまだ時間があるから外へお出かけしましょう。準備してちょうだい。」
「はい!かしこまりました。ほら、ケルトも準備して。」
こうしてブレア一行は午後の陽気な街へと出かけた。
ここで彼女、ブレア=アナシュタインについてご紹介しようと思う。
彼女は王族に最も血筋の近い公爵家の3女として生まれた。兄弟は兄3人、姉2人、弟2人、末っ子の妹1人と9人兄弟の6人目となんとも微妙な位置だ。それに彼女が生まれて1年後に弟が生まれ、姉も彼女と年が近いので両親から特別気にかけてもらえるでもなく、大人数兄弟に混ざって幼少期を過ごした。
姉の一人は数年前皇太子に嫁ぎ時期を同じくしてもう一人の姉も別の公爵家に嫁いでいった。
姉が嫁いでしばらくたったころ父に呼び出され自身の結婚が決まったことを知ったが父は子供を嫁がせる家を個人的に調査するらしく、彼女の嫁ぎ先の調査報告書を見ながらこう彼女に言った。
「お前の嫁ぎ先であるアナシュタイン伯爵当主にはすでに女がいるらしい。
だが、お前の姉たちがすでに嫁ぎ先でうまくやっているからお前は自由にやったらいい。別に孫も期待してないが、せいぜいうまくやれよ。」
それを聞いて心が楽になったのか、失望されて情けなくなったのか、彼女は複雑な気持ちになった。
両親は彼女よりも末娘の嫁ぎ先を真剣に考えていたのでブレアの婚姻は簡略に済ませた。
まぁ、でも元から決まった女性のいるところへいくのは気が進まないが、お飾りの正妻でいるだけで暮らせるならそれでもかまわないと思った。
別に子供がほしいわけではないが両親がめづらしい恋愛結婚でその様子をずっと見てきたので、できればそうなりたいとは思っていたが。
公爵家と格高い家に生まれた以上政略結婚は避けられないと心の準備はしておいてよかった。
彼女の嫁ぎ先のアナシュタイン伯爵家は当主イアン=アナシュタインとその恋人マリアナ、とその他諸々の使用人や執事たちが暮らす、彼女の実家にも負けないくらい大きいいえであった。いや、城といってもいいかもしれない。その城は主に3つの構造からなっている。まづ中心となる城がありその左右に大きな塔がそれぞれ立っていた。城には主に当主とその家族そして執事と位の高い使用人が数人住み、西にある左の塔はその他の使用人のが住み、東にある右の塔には数年前に亡くなった現当主イアンの両親が住んでいたが今は誰も使わないので半分物置場と化している。
大きな由緒ある教会で多くの貴族たちが見守る中盛大な結婚式を挙げたのちブレアはその夕方にはイアンとともに馬車に揺られてアナシュタイン家に到着した。ブレアのお付きはサリーとケルトだけであった。
アナシュタイン家に到着したブレアは早速彼の恋人(いやもう結婚したのだから愛人と呼んでしまってもいいだろうか)に出会った。
その人、マリアナは気が弱いでもなくかといって強くもない温和な人であったがブレアは一目見るとすぐに自分とは反りが合わないと感じた。
そのあと夕食を終え自室のベッドでサリーに髪をとかしてもらっているとノックの音がし、
「どうぞ。」
というと入ってきたのはイアンだった。
サリーはその姿を見るとすぐに頬を赤らめそそくさと部屋を出て行った。
ブレアは何となく予感していたがイアンに開口一番跡継ぎはマリアナに産んでもらうといわれブレアもそれに承諾した。
ブレアがあまりにもあっさりうなずいたことに驚いたのか。イアンは目を少し見開いたが
「あぁ、それと君はここでは好きなように過ごしてくれて構わない。できるだけ君の要望にも応えるよう努力する。ただしお金の無駄遣いはしすぎないようにな。じゃ、お休み。」
「おやすみなさい。」
と会話はこれだけであった。「おはようございます。」の挨拶が交わされることもなくイアンがブレアに会うのを故意的に避けていると思わせるほど2人が合うことはなくなった。
そして嫁いで3か月後マリアナの懐妊がブレアの耳にも入り、内心複雑だったが、夫とのこどもをもうけるのが無理なので、内心複雑だったが
この家も安泰だわと一人安心した。
イアンのマリアナへの過度すぎる心遣いを使用人をからサリーを通して聞いているうちに当初あった薄暗い気持ちがすかっりなくなり、2人の子供が生まれるのを楽しみしている自身の気持ちに気付いたブレアは
あたしも大人になったわ.......。
と感慨深く思った。
イアンとは一緒に暮らしているようでそうでないようなものだし、何より幼なじみのサリーとケルトが毎日ブレアに話かけてくれるのでそんなに寂しいとは思わなかった。
明るい日差しのもとブレアは日傘をさし、どこに向かうともなくぶらぶらと街を散策していた。
外に出るのは久しく自然と心が躍る。
一緒にいるサリーやケルトも楽しそうだ。
彼らは普段彼女とともにいるのでブレアが外に出ない限り彼らも外には出る機会がない。
すると突然広場の方で歓声が沸いた。何事かと彼女たちはその方向へ向かっていった。
広場では大道芸人がさまざま見世物をしていた。
初めてみるものにブレアたちはすっかり心を奪われた。
あまりに魅了されて気付けば芸はすっかり終わり、まわりの観客もまばらになっていった。
観客たちが男の大道芸人のもつシルクハットにお金を入れていくのを見てブレアもそれに倣ってお金を入れた。
が、その額が尋常ではないほど大きかったので大道芸人が驚きブレアをまじまじと見つめこういった
「とても感動していただいたようですね。不躾ですがこんなにたくさんのお礼金をいただき感謝申し上げます。」それにブレアも返す。
「いいえ、お礼を申し上げるのはこちらのほうよ。素晴らしい芸を見せてくれたわね。あなたは定期的にここで見世物をしているの?」
「不定期でございます。普段は自分の働く店でちょっとしたショーをやっております。」
「そうなの!見に行きたいものだわ。」
「ぜひ、いらしてください、これ店の名刺です。」
といって大道芸人は地図付きの名刺を渡した。
お店が夜に開業すること、美味しいお酒があることを聞いて行ってみたいとブレアに好奇心が働いたが、よくよく考えればついさっき夫の子供が生まれたし、それどころではないと思い少し落胆した。
そんなブレアの心境を知ってか知らないかはわからないが
「気が向いたら一度お越しください。飲み物をサービスしますよ。」
そういって大道芸人は道具を片付けに戻っていった。
その後も街にある洋服店をいくつか見て回り、特にほしいと思うものもなかったので結局手ぶらで帰った。
「ブレア様、準備が整いました。どうぞ食堂へお越しください。」
ブレアたちが帰るとすぐに執事が部屋に言いに来て慌てて用意をした。
「遅かったな。」
ブレアが席に着くとイアンがそういった。
「申し訳ありません。外へ出でおりましたので。」
食堂にはブレアとイアン、それから食事の運び係しかいない。
イアンとの会話も久しぶりすぎてうまくつなげることが出来ず、無言のまま食事が来るのを待った。
しばらくの間ブレアは出される料理に舌鼓をうっていたがデザートを食べてるあたりでイアンが話しかけてきた。
「お前も知ってる通り今日我が家に息子が生まれた。俺はあの子にこの家を継がせようと思う。名前はライアンだ。お前はライアンに会う必要はない。いらぬ気をまわすなよ。マリアナとライアンには関わるな。これからの生活でなにかあれば俺の所にいいに来るようにいいな。」
「はい。わかりました。」
と平然と潔く返事をしたもののブレアの内心は荒れ狂っていた。
どうして?どうしてライアン様に会ってはいけないの?
私の息子のような方なのに.......。
自分の子供を持つことはもはや諦めていたが子育てしたい気持ちを失くしたわけではなかった。
例え自分と血はつながっていなくてもマリアナを助けながらライアンの成長を見守っていきたいとブレアは考えていた。いや、そうすることであの、薄暗い気持ちをなくそうとしていたのだ。しかし......
あれきり会話はなくなりイアンは自身が食事を終えるとすぐに出て行った。
大方マリアナたちのもとへ行ったのだろう。
ブレアは自身が正妻なのにあの親子にとってまぎれもなく邪魔な存在であると気付いた瞬間涙の膜が目を覆った。
泣くのは部屋に帰ってからにしよう。
それだけを念頭に置きながら残りのデザートを食べた。
甘いはずなのになぜか酸っぱく感じた......
「おかえりなさいませブレア様。いかがでしたか、お食事会は?」
部屋に戻りサリーを呼び出すと優しく声をかけてくれ、ブレアは涙を抑えきれなくなった。
ことのあらましをサリーに言うと彼女はブレアをぎゅっと抱きしめてくれた。
そんなこんなで乾いた泣き顔で迎えた翌日。
ブレアはいつも通り早朝に起き上がるが、こころなしか体がひどく重かった。
普段からあまり部屋の外に出ることはないがその日は大半をベッドの上で過ごすほど怠かった。
これから何をしようかしら......。
この一年はなんとかマリアナとイアンの子供を育てることを夢見て退屈な日々を乗り越えてきたが、それが叶わないと分かった今、なにもする気が起きない。
結局食事も部屋に運んでもらいボーっとしているうちにあっという間に時間が過ぎていった。
次の日になると体の調子もよくなり、ふと大道芸人のことを思い出して気分転換にまた街に出かけることにした。
ブレア前と同じようにサリーとケルトを従えて街に繰り出した。
名刺の地図を頼りにお店に向かってみる。
店に着いたが日中なのでお店はしまっていた。
外見を見ると夜に開業すると聞いて予想していたような派手派手しさはなく、こじんまりとした民家を改造したような店であった。
その様子が好感度を高めた。
夜、産声が聞こえたのだから、当然ライアンの夜泣きもブレアには聞こえてきた。
当初はあまり気に留めなかったがだんだん気になり始め、それでもブレアがライアンの姿を一度でも見ていたら好感をもち我慢できたかもしれないが、未だにライアンの姿を見たことがなかった。
だから、愛着がわくでもなく夜泣きはひどくなるいっぽうでブレアはとうとう我慢できなくなった。
そこであるアイデアを思いつき、翌朝夫であるイアンの所へ向かった。
「めづらしいな。お前が話だなんて。どうした、何か用か。」
「その私の住まいを右の塔に移したいのですが、よろしいですか?」
「あぁ構わない。これから使用人たちに掃除をさせよう。」
「では、これで。失礼します。」
その日ブレアたちは東の塔の掃除に明け暮れた。
東の塔はそれ自体が一つの家のようでなんでもそろっておりブレアは不自由なく暮らした。
住む場所が異なるとイアンに会う機会はさらに少なくなったがたまに城に用事があるときは挨拶をした。
それで生存確認をされているような気もするが。
だがイアンはブレアが嫁いだときから1月に一回はブレアに必ず贈り物を届けた。それは花であったり、宝石であったり毎回異なる。
そんなこんなで塔での生活が1か月過ぎたころ、ブレアは毎日を楽しく過ごしていた。もちろんサリーとケルトのおかげである。
もとから暇だったが自分だけの住まいを見つけて以来心にゆとりがうまれさらに暇だなと思うことが多くなった。
イアンは一度もこちらの塔に来たことがなくもはや別居状態といっても過言ではなかった。いや、実際そうなのだが。
そんな時ふと、今の状態なら私がどこにいようと誰も気づかないのでは、とブレアは思った。
サリーとケルトは西の塔で使用人たち一緒である。
西の塔は彼女一人だけのものであった。
そしてあの街の夜にしか開業していない店を思い出し、早速今日行ってみよう
決めるや否や夕食を早めにしてもらいできるだけ簡素な服を選んでブレアは1人街へ出た。
カランコロン
「いらっしゃいませー。」
店の扉を開けるとすぐにバーがあり何人か人が集まっていた。
店の中を見ると奥にはソファとテーブルがありそこでも何人かが談笑している。
すると、
「これは、これは本当に来てくださったんですね。」
とあの大道芸人の男が話かけてきた。
「まぁ、覚えてくださっていたんですね。うれしいですわ。」
「お美しいあなたを忘れるわけがない。」
「まぁ、お上手だこと。」
などと会話を交わし、勧められるがままにバーの椅子に腰を下ろしお酒を注文した。
ブレアは酒を飲めないことはないが別段強くものなく1杯2杯と進めるとあっさりと酔いが回った。
お店のお客はさまざまで若い青年や老紳士、鉢巻きを頭にまいたおじさん。派手な化粧の女性などさまざまだった。ブレアは普段はそんなに友好的ではないが酒の力もあって近くの人たちどどんどん会話を弾ませた。またさまざまな職種の人が集まるのでブレアは色んな情報を得た。朝が近づいてくるとくたくたになり重い脚を引きづってアナシュタイン家に戻った。幸い店は近いのでしっかり帰宅できた。
自室につくとなだれるようにベッドに向かった。
途中でサリーが起こしに来てくれたがまだ眠いと断り、結局起きたのは昼前だった。
「めづらしいですね。ブレア様が寝坊なさるなんてしかもこんなに遅くまで。」
「それがね、サリー、ケルトも聞いてほしいのだけれど、あたし昨日あの店に行ったのよ。」
「え?どのみせですか?」
「ほら覚えてる?大道芸人さんが働いているっていうバーよ!」
「!ほんとに行ったのかよ!?」
「こら、ケルト!ちゃんと敬語を使いなさいよ!」
「また始まったよ。」
「もういいわよ敬語抜きで。実際伯爵夫人としての仕事も全くやってないし。私も自分のことが分からなくなってきちゃった。」
「ブレア様......。」
「でもねあの店にいったらほんとにいろんな人がいて、自分の知らない世界がこんなにもあったんだってびっくりしちゃった。要は経験よ!というわけで今夜も行ってくるわ!2人も一緒に来る?」
ブレアはその夜サリーとケルトとともに再びあの店に向かった。
店の中に入ると昨日とは異なったメンバーがいてブレアは進んでいろんな人と話した。主人のそんな積極的な態度にサリーとケルトは目を丸くした。が、2人とも元来話すのが得意ですぐに会話の輪に溶け込んだ。
昨日お酒を飲んだので今日はソフトドリンクを飲みながらいろんな人とブレアは交流した。
1人東の塔に暮らすブレアのもとへ食事を運んでくるのはサリーの役目であり、他の者たちはケルトを除いてめったにというか全くやってこない。
そんなわけでブレアが夜な夜などこかへ出かけていても気づくものはサリーとケルト以外誰もいない。
そんなサリーとケルトの住む使用人の塔も基本一人一部屋がで特にサリーとケルトはブレア専門なので他の使用人たちと行動を共にしないので、2人がどうしていようと誰も気づかなかった。
それをいいことに3人は毎日お店に生き続けた。さすがに毎日行くと見知った顔ぶれが出来その人たちとまた面白い会話を交わした。1週間に何回かはあの大道芸人が持ち前の芸から新しい芸まで様々なものをショーで見せたりするので全く飽きなかった。
もちろん帰るのは朝方店が閉まるときで
起きるのは昼頃という完全に昼夜逆転生活をブレアたちはかれこれ数か月送っていた。
もちろんそんな生活でブレアとイアンに接点ができるわけもなくブレアにとってイアンたちは近所の人くらいの意識であった。
「サリー、久々に服を買いに行きたいわ。午後から街に行きましょう。もちろんバーに間に合うようにね。」
「はい!」
「ケルトは荷物持ちをよろしくたのむわね。」
「俺もかよ......。」
ブレアの持っている服はドレスが大半で一般市民が着ているような服は皆無であった。
しかしあの店にいる人たちの中でブレアのような一品のドレスを着ているものはなく、ブレアもあの人たちの中に溶け込みたいと思うようになった。
実際日常生活で会うのはサリーとケルトくらいでよく開かれるらしい夜会のお招きを受けたことはブレア自身はこの家に嫁いでから1回だけである。その1回も1年に一回開かれる国王主催のパーティーで貴族たちの国王への挨拶もかねているらしいが、それは正式に夫婦として国王に挨拶をしなければいけないので当然といえば当然なのだが...。仮にアナシュタイン家が受けていたとしてもイアンはマリアナを連れているに違いない。
ともかくドレスにそれほど重要性を見出せなくなったブレアはドレス以外の服を買うことにした。
それには月々もらっているお金ではたりなさそうなのでイアンに申し出ることにした。
「なぁ、ルードフ、」
アナシュタイン家に昔から使えてるその老執事の名前はルードフといった。
「なんでございましょう。」
「お前最近ブレアの姿を見たことがあるか?」
「いいえ、存じません。」
「俺も全然見てない。」
ブレアが塔に移る前は部屋が離れているとはいえ、廊下などですれ違うこともあったし、
塔に移ってからも最初は城に何度か足を運んでいたようで出会うこともあったが、ここ数か月ブレアは全く姿を見せなく、イアンは少し心配になってきた。
様子でも見に行くかと思っていたところ部屋の前に誰かが来たようでノックの音がした。
「失礼します。」
ブレアだった。
「おまえ、ずいぶんとひさしぶりだな。最近姿を見せないから心配していたぞ。」
「まぁ申し訳ございません。ですが、あたしのことはお構いなく。なにかあれば私のお付きの者が知らせにいきますので。
そうそう、今日はお願いがあって参りましたの。」
「なんだ、いってみろ。」
「実は服を買うお金がなくて今日街に服を買いに行こうかと。」
「ドレスか?それなら見立て屋を呼ぶが。」
「いっ、いえいえそれには及びません街いいものを見つけましたので。」
「まぁ、いいが。ところで、このところ出費が嵩んでるようだな。何かしてるのか?」
「あ、まぁー最近よく街にでかけるので、負担でしょうか?」
「いや、これくらいの出費ならいい。」
その時執事がお金の入った袋をブレアに渡した。
「ありがとうございます。では失礼いたします。」
そのブレアの後ろ姿にイアンは目を細めた。
なにか感づかれているようだが取りあえずやり過ごした。ブレアは足取り軽く自室へ帰って行った。
「いらっしゃい。」
今宵も3人はバーに繰り出した。
もうここに通い続けて半年である。
例のごとく3人はいろんな人物と話しを楽しんだ。
なぜか最近の話題は今の政治についてである。
今の王政に不満を持つ市民が多く王家に反抗意識をもっているらしい。
クーデターらしきものが数年前に起こったがすぐに鎮圧されてそれきりだったが、再びクーデターを起こそうとしているものもいるらしく、その情報を聞いたときブレアは一応王国の警備軍である夫に伝えたほうがようのかどうか迷った。が今は別に伯爵夫人としてここにいるわけではないと思いなにもいわなかった。
そんなこんなで物騒な話題が上がる中、新たに客が入ってきたベルが鳴った。その方へ眼を向けるとブレアは固まった。
なんと、イアンがいたのだ。驚きで声もでなかった。それはともにいたサリーやケルトも同様であった。
イアンの姿をみるやいなや周りの人々が話すのをピタッとやめた。
「な、なぜここに?」ブレアはしどろもどろになりながらイアンに聞いた。
「なぜだと?貴様こそなぜここにいるのだ!?こんな時間だぞ!前にあったとき様子がおかしかったからつけてきたのだ。」
「わ、私はただ、ここの方たちとお話しをしていただけです。」
その時何かグラスが割れる音がした。驚いてみるとあの大道芸人の男がひどく慌てた様子で走り去っていくのが見えた。
「あいつ、こんなところにいたとはな!」
そういういなやイアンは疾風のごとく男の後を追いかけていった。
ブレアにはなにがなんだがわからなかった。
がそのうちなぜが王室の警備部隊がやってきたものだからブレアはさらに混乱した。
するとイアンがあの大道芸人の男を捕らえて戻ってきた。さすが、警備についていることはあって足ははやいらしい。
捕まえた男を警備軍にイアンは渡した。
「やっと捕まえた。まさかここにいたとはな。おい、手錠をかけて闇の牢獄に連れていけ。」
「はっ!イアン隊長!」
闇の牢獄とは一度入れられたら二度と日の目を浴びることなく暗闇のなかで人生を終えるまさに名の通りの場所であった。
ブレアはまさかあの大道芸人がそんな悪党とは露知らず、目の前の展開にあっけにとられていた。
「あ、あの、あの方は何か悪いことをされたのでしょうか?」
「お前には関係のないことだ。」
ブレアの問にあまりにも不躾にイアンが答えただから、ブレアはキレた。
「その言い草はあんまりです!私がこの店に通うようになったのもあの方のおかげなのに。」
「お前はここがどういう場所か知っていたのか?」
「知ってるも何も見ての通りただのバーですわ。」
「違う、ここは謀反者の意見交換の場所だ。」
「謀反者!?」
「そうだ。ここでいろんなやつと会話をしてわからなかったのか。あいつは数年前にクーデターを起こしたっきり行方をくらましていた首謀者だ。」
「そ、そんな。私何も知らなかった......。」
「もしかしてお前のあの度重なる出費もこの店が原因なのか?」
「うっ、そ、そうです、はい。」
「はぁ~、」とイアンは盛大にため息をついた。それから呆れたように
「よくそんなところに飽きもせず通い続けたな。というかここ半年ずっと通ってたんだろう。」
「も、申しわけありません。決してかくしてたわけでは......。あの、普段イアン様とは全くあわないですし。」
「ふん。まぁ、お前のその様子だと本当に知らなかったようだな。あまりにも通い続けているようだから、お前もあいつの仲間かと一瞬思ったぞ。お前を牢獄送りせずにすんでよかった。」
ブレアはまた固まった、そしてもう普通に会話してんじゃんと生暖かい目で2人をみていたサリーとケルトも凍り付いた。
何はともあれあれから事態はさらに大きくなって、あの場にいた全員が取り調べを受けることになった。
もちろん謀反なんて知らない一般の人もたくさんいたので全員が調査対象にはならなかった。
ブレアたちも一応取り調べを受けたが相手はイアン本人であり、二度とあのような怪しい店には近づくなとこっぴどく説教された。
そんなこんなでぐったり疲れた夕方塔で休んでいるとめづらしく執事がブレアを呼びに来た。
聞けば夕食の誘いらしい。
食堂でイアンとの食事はあまりにも久しぶり過ぎて準備に手間がかかった。
「遅かったな。」
ブレアが席に着くとイアンがそう言った。
「申し訳ありません。準備に時間がかかりましたので。」
ふとみると食堂にはアマリナとライアンもいた。ライアンは母親に抱かれている。
あら、全員集合してるわ。
ブレアが初めてのことに感動していると、
「お前には今回非常に感謝している。」
突然イアンが話しかけた。
「?」
「経緯はどうだったにせよ、お前があそこにいたから謀反者も捕まえることができたし、意見交換場所も見抜くことが出来た。そのおかげで俺も出世できそうだしな。」
「すごいわ!ブレア様ヒーローのようだわ!」
初めてアマリナが話しかけられ
「え、はぁ、それはどういたしまして...?」
とブレアは照れ臭そうに微笑んだ。
「俺は今までのあなたへの態度を後悔し反省している。あんな場所へ毎夜行かせるほど追い詰めていたのだろう。許してほしいとは言わないが、
いまさら遅いかもしれないけど
ブレア、また、一からやり直さないか?」
ブレアは戸惑った。こんなにイアンが真摯に謝ってくるとは思いもしなかったのだ。
いままでのここでの生活を振り返ってみると毎日毎日が同じことの繰り返しで回想はあっという間に終わった。つまりは、そういう生活をしていたのだ。
だが、これからは...
「イアン様、その申し出を受けるには条件が1つあります。」
ブレアは覚悟を決めて言った。
「なんだ。」
イアンにもその真剣さが伝わったのか声がこわばる。
一瞬この場に緊張が走った。
「ライアン様の世話を私にも手伝わせていただけませんか。」
その申し出にイアンは微笑み
「なんだ、それか。マリアナどうだ?」
「ええ、もちろん喜んでお受けしますわ。」
マリアナが微笑み、イアンも微笑む。ブレアはうれし涙を目に耐えながら思った。
あぁ、この状況以前と全く同じだわ。でも気持ちは全くの正反対だけど。
そこにまたまためづらしく執事も手に高級ワインを抱えてやってきた。
「ではアナシュタイン家の新しい始まりを祝して!」
『乾杯!』
読んでいただきありがとうございます。