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そらあい  作者: tkkosa
9/16

第8話


 空が泣いていた、そこになる粒たちは無数に無限に地上へと降り注ぐ。風も強くなって

いた、南西から吹き荒ぶ海風は雨粒を左から右へと斜めかせていた。雨雲から落ちてきた

粒たちは南西風に巻き込まれ、そのまま地表へと斜傾に打ち落ちる。私たちが目にしてい

る車窓に打ちつける粒たちも同様に降ってきては この列車の高速度と相まってはじかれ

るようになっていた。横なぐりに等間隔に降り、風にあおられては離れ離れに落ちる。

 午前8時13分の新幹線に乗車した私たちは、列車の進行方向である北東へと向かって

いた。依然、彼からは何の言もない。付いてこいとも、付いてくるなとも、どっちでもし

ろとも言わない。私から付いていきたいとも、彼に言ったわけではない。私は自身の意志

で彼の後ろをただ付いてきた。彼の乗る電車に乗り、彼の降りる駅で降り、彼の歩く道を

歩き、彼の買う切符を買い、彼の隣の席に座る。それが私の意志であり、現在の私の心情

を形にしたものだった。彼の近くにいたい、私の存在なんてほんのちっぽけでもいいから

力になってあげたい。

 車内には人影が微妙な程度に散らばっていた。車内の2/3ほどが埋まっていた、休日

の禁煙席にしてはまばらだと思った。新幹線なんてそうそう乗る機会もないので、こんな

ものなのだろうかと己を納得させる。スーツ姿の男性が新聞やパソコンを広げている光景

が多く目につく。温泉旅行にでも行くのかというようなおばさんの集団、若い女性のグル

ープがぐちゃぐちゃと雑話に花を咲かせているのがうるさく、意外に家族連れやカップル

の姿は見えなかった。通路を挟んで、私たちの横には年配のスーツ姿の男性がパソコンを

していた。あの人に私たちはどう映っていただろうか。互いに黙り込み、会話の一つもな

い男女。喧嘩中のカップル、そう例えるのが正解に直結しやすい。


 窓側に座る彼は高速に過ぎていく外観をただ眺めていた。薄汚れた家々の屋根瓦の色味、

工場から突き出た筒から吐き出される公害的な黒みがかった煙、車で直線に並んだ退屈そ

うな国道、次第に強みを増してくる雨模様で人気のない公園、そんなどこでも見れそうな

景色を無心で眺望していた。おそらく、彼にとっては家々の屋根瓦が何色だろうと、工場

から出る煙が有害であろうと、車の列が何kmの渋滞を為していようと、誰一人いない公

園がどれだけ淋しかろうと、関係ないのだろう。山々になっている木々や草花が降り注ぐ

雨によって瑞々しく見えようと、逆にその強度によって草花が地面に叩きつけられようと、

土砂が欠けてこようと、関係ない。それらは彼の心の空洞を埋めはしない、埋めようとし

てくれるわけでもない。外観に目を遣る彼の瞳にはそんな心情が映されていた。誰も自分

をかまってはくれないのか、ならばこっちもかまいはしない、と。淋しそうな瞳だった、

その瞳はこの3日間ずっと続いていた。


 その瞳で映してる外景色を私も通路側の席から見ていた、それを映してる彼の姿ごと。

彼は今 何を思ってるんだろう、彼はこの先どこに向かうのだろう、そんなことを考えなが

ら。それ以外は考えなかった、学校のこと、友達のこと、家族のこと、何も。正確にいえ

ば、それ以外を考える余地が脳内には残ってなかった。私の頭の中は彼でいっぱいになっ

てた、それに違和感もなく。

 これまで、こんなにも異性に身体全体を侵されたことはなかった。外見的なことではな

く、内面が。異性も友人も同じだった、私の今までの人生において。普通な考え、普通な

話し方、普通な悩み、普通な動作、そんなものだった。私のような変則的な思考回路の持

ち主はいなかった。それがもどかしくて、歯痒かった。周囲の人々の思考は現実的で、私

の思考は非現実的で、交わることはない。彼らの考えは、私には当て嵌まらない。私は大

きな刺激を欲していた、そして彼が現れた。こんなことはガラじゃないけど、運命を感じ

た。彼に、彼との出会いに。これは千載一遇の巡り合わせ、一期一会の出会い、それが彼

との運命。手放してはいけない、守ってあげないといけない、素直にそう思えた。自分で

自分を疑いたくなるくらい素直に、どこそのビルでも爆破してしまえばいいと思っている

私がそう思えた。側にいたい、それだけでいい、私の優しさの押し売りでもいい。あなた

と一緒にいつまでも、それがいつのまにか私の切なる思いになっていた。


 新幹線のぞみは私たちを乗せ、北東へうなるようなスピードで突き進む。途中、幾度と

プラットホームへと立ち寄っては、人を吐き出したり、吸い込んだりしながら。車内の人

口密度は乗車時に比べると上がっていた、ほんの気持ち程度だったけど。家族連れもいた、

カップルもいた。多種多様な人種とそれぞれの思いを乗せ、列車はまたホームを離れてい

く。子供のかけっこでも抜けそうな緩い速度で発車すると、みるみるうちに目覚ましい加

速をつけ、轟音を轟かせては様々な景色たちを追い越していく。規格外の乗り物、そこに

いる自分がなんだか誇らしく思えるほどに。自分はそうではないのに、親が金持ちという

だけで自分が凄い人間と錯覚してしまうような。才色兼備な友達を見て、自分事のように

自慢げな気分になってしまうような。そんな偽感に苛む、魔性の成分を含んでいた。

 ただ、一つそれで厄介なことがある。耳に何か入り込んだような詰まった感触があり、

一度そいつがなると抜けるまで時間がかかる。子供の頃からの嫌な身体反応だった、治し

たいが身体は素直に速度に平行するようにそうなる。車掌とかは毎日こんなところにいて

大丈夫なのだろうか。何か特別な訓練でも受けてるのだろうか、宇宙飛行士みたいに。定

期的に車内に来ては通過していく、売り子の女性たちにも同感の念を抱いた。彼女たちは

立ちながらの作業なのに随分としたものだ、かえってそれがいいのだろうかとも思えたり

するくらい。スッとした細身で長身の売り子の女性が私の左側の通路を過ぎていく。そう

いえば、朝食も摂っていないので そろそろ空腹が胃の扉をノックしてくる。トントン、次

のはまだ来ませんか、なんてふうに。尤も、今はそいつを我慢することにした、右隣の彼

に配慮して。


 右隣で外観に目を遣っていた彼は、15分前から眠りに落ちていた。すやすやと、安心

しきったように油断して眠っていた。可愛かった、その寝姿も、寝顔も、寝息も。それま

での彼の寂寥感の伴った瞳は閉じられ、一時的な封印がなされていた。私も同時に肩の荷

がおりた、それも一時的ではあるが。彼が再び瞼を開けば、私のそれも開かれる。それで

もいい、彼がその間だけでも重量感から抜けられるのなら。そんな彼の表情を見てると、

心内がくすぐられるようにむず痒くなった。キスがしたい、その少しツンとした気品のあ

る唇に。そんな衝動感にすら襲われた。徐に彼の左頬を右の掌でさすった、そのちょっと

ざらざらした感触を確かめるように。生え伸びた髭の一つ一つが掌に掠める、胸の内の感

情が彼への愛おしさで揺れていた。あなたは誰なの、どんな人なの、どういう性格をして

るの、どんな環境で育ったの。聞きたいことは山ほどあるのに、口にはできないもどかし

さ。3日前からずっと聞きたくて、聞けなくて、やりきれなかった疑問符の数々。心内に

宿る靄は時を刻むように一つ一つ重なり、私の思いを揺るがせる。それでも声にはしなか

った、喉元まで何度も来ては押し殺した。下手に彼の事情に踏み込むことで、やっと紡い

だ彼との線を途切れさすことだけは避けたかった。


 30分後、彼はゆっくりと瞼を開いた。ぼんやりした視界で、外界の様子を映し、私の

顔を一度見る。私も彼を目にしていたから、自然と2人は目線を合わせた。そこに深い感

情はなかった、私も彼も特に意味合いも乗せずに目線を相手に送っていた。彼はそのまま

うずくまるように身を丸め、また眠りに入っていった。あまりに素っ気ない態度に、私は

口をすぼめてやきもきした。私も彼を追うように、半ばふてくされるように眠りについた。

 眠りの中で、私は泳いでいた。いつもと同じ水深で、今回は海中らしく泳いでいた。ク

ロールだったり、平泳ぎだったりで、私は鰭のついた魚みたくスイスイ泳ぐ。人魚姫みた

いに優雅に、本物の魚のようにそこにいた。ただ、私は広大にどこまでも続く海を有効利

用せず、一定面積の中を旋回するように周回している。そのほぼ中心部の海底に彼はいた。

なにか大切な機能を失ったように座り込んでは、そこから動こうとしなかった。そんな彼

を放ってはおけず、私は彼を目にできる範囲内で回っていた。それは、まるで今の私と彼

の関係を映してるように。彼に近づきたいができず、触りたいができず、宥めたいができ

ず、そんな状況。どうすることが正解なのか、分からなくて頭がこんがらがりそうになっ

てた。


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