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そらあい  作者: tkkosa
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第15話


 レストランを後にすると、私たちは再び県道に沿って歩き出した。しかし、彼は先を進

むのではなく、これまで来た道を引き返した。

 なんで、と私は問いかける。

「・・・なんで、戻っていくの?・・・」

 彼は何も言せず歩く、そして先程まで私たちを苦しめていた白世界へと足を踏み入れる。

どんどん歩を進ませていく彼に不信感が募り、思わず彼の手を取った。

「・・・どうして、わざわざ歩いてきた道を戻っていくの?・・・」

 彼の様子がおかしいのを察した、彼は何かをしようとしている。

「・・・ねぇ、ちゃんと言って・・・」

 言ってくれないと、あなたの考えてることが分からない。私はまだあなたの思考をつか

めてないの、あなたの気持ちはいつもそっぽを向いてるから。


「・・・ここでお別れだ・・・」

 彼から返ってきた言葉は、思いがけないものだった。お別れってどういうことよ、そう

言いたかったけど口からうまく言葉が出なかった。それよりも先に、私は涙を流していた。

明日の朝までは彼との時間が続く、その先にだって根拠のない明るい未来があるはず、そ

う切望していた私の思いが木っ端微塵に打ち砕かれた。

「・・・どういう意味?・・・」

 冗談だって言ってほしい、そう思いながら訊いた。もちろん、彼が冗談なんて言わない

のは百も承知だ。万が一にも冗談だなんて言ったら、そんな悪いいたずら許さないと私は

言いまくしたてるほど怒るのも事実だった。それでも言ってほしい、それに勝る返答はな

いから。

「・・・自首する・・・」

 自首、自分が両親を殺めたと自ら罪を受けに行く。だから、私とはお別れだと彼は言っ

ている。

「・・・それは今?・・・」

 彼はうなずく。

「・・・今じゃないといけないの?・・・」

 もう一度、彼はうなずく。

「・・・今日一日は一緒にいてくれるんじゃないの?・・・」

 彼は顔を下に向けながら、上目で私を見ていた。確かに、彼は今日は私といてくれると

言ってくれた。今自首するのは、私との約束を破ることになる。

「・・・もう一緒にはいれない・・・さっき、警察に電話したんだ・・・」

 じきに俺を迎えに来る、そう私に言った。

 レストランにいる際に、店内の公衆電話で警察に自首を願い出たそうで、もうまもなく

彼のところへ彼を捕まえに来るという。もう時間がない・・・カウントダウンは一気に目

前にまでやってきた。


 頬を雫が伝う、一粒流れると次の一粒がまた流れていく。

「・・・ずるいよ、なんで勝手にそんなことするの・・・」

 約束も守れない馬鹿やろう、そう心内で叫んだ。今日はいてくれるって言ったんだから、

最後まで守ってよ。疲れきるまで歩いて、何でもない話をして、私の体を包んでよ。

「・・・すまない、お前に話しても拒否されるのは目に見えていたから・・・」

 じゃあ、拒否されるようなことしないでよ。私が今日のうちにしたいと思い描いてたこ

と、全部が無駄になるじゃない。もう、あと数分ぐらいじゃ何もできないよ。こうして、

あなたが警察に連れてかれるのを泣きながら見ることしか。。

「・・・私のことが嫌になった?・・・」

 後ろからちょこちょこ着いてこられるのが気に障ったの?

 彼は違うと言いたげな顔でかぶりを振った。

「・・・私のことが嫌い?・・・」

 人の傷口に土足で入り込むような女は嫌い?

 彼はそんなことないと言いたげな顔でかぶりを振った。


 思えば、私は彼の気持ちを全く把握しないで ここまでただ彼の後をついてきた。昨日ま

ではそれでいいと思ってた、少しずつ彼のことを知っていければいいと。今は彼の近くに

いてあげて、彼の方から心扉を開いてくれるのを待とう、と。でも、それは昨日までは彼

との時間は半永続的にあるものだと思っていたからだ。私たちはまだ出会ったばかり、こ

の先には長い長い道のりがあるものだと。

 それは違っていた、事態は昨日急変した。長く続いてると疑わなかった彼との未来道が

霧で隠され、先は不安定なものとなった。いつ途切れるか分からない、その向こう側に道

があるかどうかも分からないものに。そして、今、完全に数m先に寸断されている道を渡

っていた。この先は行き止まり、進入禁止、そう記されている。目の前が白く染まった、

この雪景色のように。何物にも染まっていない、純白が四方八方に広がっている。そこに

彼の姿を見つけ出すことは出来なかった。新しい白のキャンバスに彼との未来を書き記す

ことが出来なかった。彼との日々も、彼の気持ちも、彼そのものも、何も映せなかった。

悲壮感に苛まれる、私と彼には何もそこに綴ることは不可能なのか。そんなのは嫌だ、何

でもいい、彼との記憶を刻みたい。私の想いは曲折することなくある、彼の想いを確かめ

たい。あなたは、私のことをどう思ってるの?

「・・・じゃあ・・・私のこと好き?・・・」

 あなたの素直な気持ちを聞かせて。

 私のこと、ハエみたいにしつこくつきまとう面倒くさい女だと思ってる?

 急に明るくなったり、急に泣いたり、感情の起伏の激しい女だと思ってる?

 それとも・・・私に好意をもってくれてる?

 彼は少しの間、黙り込む。私には、それが例えようのないほど無為に長い時間に感じら

れた。彼は顔を上げ、開口した。

「・・・お前のことは好きだ・・・でも、一緒にはなれない・・・」

 得意に持ち上げ、失意に落とし込む、両側を含ませた返答だった。卑怯な言い方だった、

どちらともとれるような。希望を含ませ、絶望も含ませる。一緒にはなれない・・・それ

は今すぐのこと、それとも永遠に?


 遥か遠方の山を抜けてきた寒風がびゅうと私たちを吹き抜ける。もう、彼といられる時

間が僅かであることは感じていた。確信が欲しかった、何でもいいから彼と繋ぎ合わせて

いられる糸を。

「・・・あなたのこと、待ってちゃダメ?・・・」

 数年でも、十数年でも、待っているから。あなたが私のところへ帰ってきてくれるって

言ってくれるなら、私はいくらでも待つから。いつか一緒になれたなら、あなたと一つに

なるわ。2人で出来なかったこと、一つずつ叶えていきましょう。全てはあなたの返答次

第で、私は私の未来図を決めるから。

「・・・ここでお別れなんだ・・・俺たちは・・・」

 私とあなたを繋ぐ糸は切断された、プチンと小さな音が鳴った。私とは一緒にはなれな

い、彼はそう言っている。

「・・・私のこと、嫌いじゃないんでしょ?・・・」

「・・・私のこと、好きなんでしょ?・・・」

「・・・じゃあ、なんで待ってちゃいけないの?・・・」

 瞼からは制止機能を忘却した涙たちが伝っていく。その一つ一つが眼前の彼を困らせて

いたのも分かっていた。

「・・・俺のことは忘れるんだ・・・」

 嫌よ、そんなこと出来ない。

「・・・明日から、またいつも通りに過ごせばいい・・・」

 この5日間を白紙にしろっていうの?

 無理よ、あなたは私の中に鮮明に彩られているんだから。忘れるなんて、できっこない。

あなたのことを思い出すたび、胸がチクチク痛むのよ。


「・・・もう会うことはない・・・さよならだ・・・」

 そう言って、彼は後ろを向いた。そのまま、再度 さっきまでいた県道へ向けて歩き出し

ていく。私を一面 白銀の雪世界の中へ置いて。

 彼のスニーカーが雪原に踏み込む音だけが響く。遠方に流れる車の過ぎていくエンジン

音は、あるのかないのか程度にしか分からなかった。彼の後ろ姿が小さくなっていく、私

との距離が開いていく。私はただそこに立ちすくむことしかできなかった。心内では彼の

後を追いかけてって、彼の背中を抱きしめて「行かないで」と伝えたかった。でも、それ

はしなかった。それをすることは、私の胸の内に痛手の矢を一本射ることにしかならない。

これが永遠の別れであるなら、彼の体温は記憶せず、ただ過ぎていく時間を過ごす。

 彼が県道へと出ると、その3分後にパトカーがやってきて 彼の近くに停車した。パトカ

ーから2人の刑事が降りてくる、小粒にしか見遣れないので体型などは判別しきれなかっ

た。2人の刑事は彼に二言三言話しかけ、彼をパトカーに乗せて、走り去っていった。私

と彼にあるはずだった、未来図ごと奪って。

 彼は警察に捕まった、そしておそらく刑務所で厳しい刑を受けることになる。あっけな

い幕切れだと思った、別れとはこんなにも突発的なものなのかと。私は彼が去っていく一

部始終を遠目で見ていた。


 見渡すかぎりのピュアホワイトに包まれ、私はしばらく立ちすくんだままでいた。瞳に

映った出来事はあまりに衝撃的だったのに、それに反するように私の心の中は空っぽにな

った。これまで彼のことで埋め尽くされてたものが、彼がいなくなった途端に無くなった。

 無心になった無力な私は力を奪われるように雪原に仰向けに倒れ込む。雪の中に埋もれ

てるとなんだか気持ちよかった、水化された私には合っているのかもしれない。上空を見

ていると、綿菓子のようにもわもわ浮いた冬雲が流れていく。私と彼が出会ったときの、

世界を呑み込むような黒々しい闇雲と正反対だ。清々しい青く白い空と、煌かしい白い雪

に挟まれて、私は何故だか晴れやかな気持ちになった。ついさっき、恋焦がれる相手が捕

まったというのに。

 私の19年という長い人生の中の僅か5日間、彼といた時間はそれっぽっちのものだっ

た。ただ、その5日間はこれまでの私の歴史の中の何よりも濃いもので、これからその思

い出が少しずつかすれていくことがあろうとも忘れることはない。それだけ、彼はもう私

の中に深く根付いてしまってる。私の選ぶ道があなたの選ぶ道であって欲しい、あなたの

選ぶ道が私の道そのものになって欲しい。それが私の本心で、それ以外に望みたくはなか

った。

 なのに、あなたは私に別れを告げた、私の近くから去っていった。悲しかった、さみし

かった、何も変えられない自分が悔しかった。いつかまた会おうとも、さようならとも言

えなかった半端な自分が悔しかった。どちらともとれない別れをして、今後に尾を引くこ

とは分かってた。それでも、さようならって面と向かって言うことができなかった。私は

弱虫で、泣き虫で、卑怯者。綺麗な心を持ちたがって、汚い心を揺り動かす道化者。そん

なことだから、好きな人の1人すら守れないんだ。そう言い聞かせることで、心内を納得

させていた。


 しばらく、空を眺めていた。青く白く染まった大空、流れていく冬風、一面に拡がる白

雪、そこにはみずみずしい空間があった。この空が枯れ果てた砂漠や高温に包まれた荒野

に続いてるなんて、信じられなかった。ここはここだけの世界、一つの塞がれた冷たい世

界だと思えた。一つの空間の壁を越えさえすれば、また新しい世界が待っているんだと。

 潤う冬空に飛行機が流れていくのが見えた。あの飛行機は上空をひとっ飛びして、壁の

向こうの新世界へ行くのだろうか。きっと、あそこから見える私なんてちっぽけな存在で、

それは私自身の未熟さを表しているように見えるのだろう。大空に私を浮かべてみた、俯

瞰的に客観的に雪原に埋まる自分を見ていた。小さかった、空間のしじまの中にある小粒

の点はかろうじて発見できる程度のものだった。そんなものなんだ、空から見れば私なん

て大したものじゃない。私の抱える悩みも同様であるし、そんな私にも明日は必然として

訪れる。

 なんだか、飛んでみたくなった。思いっきり駆け上がって、壁を飛び越えてみたくなっ

た。ぎこちない笑顔を作ってみた、この空を通して繋がってる彼に叫んでみた。さような

ら、と。両側の瞳から流れた涙はまっさらな雪を少し沈ませた。


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