てんきょう2
やまとは意識を取り戻す。
湿気と雨漏りであちこち変色した天井が目に飛び込んでくる。
次にかび臭さいマットレスから上体を起こすと、わき腹に激痛が走り、思わず悲鳴が口から漏れる。
「急に動かない方がいいよ。まだ傷がふさがってないから」
窓辺に佇む人影が言った。
「まったく、女の子のお腹に9ミリを2発も叩き込むなんてエグいことするよね」
眉のあたりで切りそろえられた前髪と腰近くまで伸ばした黒髪が印象的だった。
猫科を連想させるまなじりの高い、大きな瞳がやまとに向けられている。
キレイな人。
「大丈夫?」
やまとは惚けたような表情に、目の前の若い女が言った。
「助けてくれたの?」
あの男の暗い瞳、向けられた銃口。
いまでも生々しく思い浮かぶ。
「あなた、派手に動きすぎ。あれじゃあ、ハンターに目をつけられちゃうよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、彼女は言った。
ああ、それからと言いながら、彼女は病院でよく見かける輸血パックを取り出す。
「凝固防止剤が入ってるからあんまりフレッシュとは言えないけれど、B型は口に合うかしら」
やまとは普段、積極的に何かを求めるタイプでは無かったが、身体の芯から湧き上がる血への渇望がそれを押しのける。
「あの、これ貰っていいんですか」
輸血パックをひったくるように手に取る、彼女は苦笑を浮かべた。
「どうぞ」
やまとは、それを一気に飲み込む。
あの時以来のまともな血液。
あの時?
最後にマトモな血を飲んだのはいつだっけ?
微かに脳に走る痛み。
いつもはホームレス、ヤクの売人、売春婦、ヤク中、チンピラ。
死んでも誰も困らないような奴らのドラッグに汚染された血しか飲んでない。
「400ミリリットル一気飲みとか随分とその・・・」
「ありがとうございます」
やまとは大声で目の前の女性にお礼を言った。
根岸は目の前の少女といっていい吸血鬼に2発目の銃弾を撃ち込んだ。
銀製の9ミリパラベラム弾はひどく値段がする。
この程度の新人吸血鬼ならば、腹に2発撃ちこめばじきに同質量の塩になって死滅するのはハンターの常識だった。
彼にとって吸血鬼は慈悲の対象にはならない。
吸血鬼は一匹残らず駆逐する。
それが彼にとっての職業倫理だった。
さっさと死ねこの糞野郎。
例え目の前の対象が女子高生の恰好をしていても、彼の感想は変わらなかった。
この世から消えうせろコウモリ野郎。
だが、背後に気配を感じて思わず左腕を突き出す。
スーツの下に隠れた耐弾強化セラミックス製の篭手がプラスチック製のゴミバケツとその内容物が路地に散乱する。
「私の縄張りで好き勝手なことをやってるみたいだけれど」
根岸はその声の主が今、自分が所持しているCz100と弾薬72発では殺しきれない相手であることを瞬時に判断した。
「みずほ、この分別無しに人間を襲う出来損ないを処分する許可を欲しい。」
彼は姿の見えない相手に声を張り上げる。
クスクス、クスクス。
見えない声が笑う。
「ねえ、貴方の今の姿、傍から見たらどうみても悪人よ」
「・・・つまり、私に出て行けという訳か」
根岸は瞬時にそう判断する。
「物分りのいい子は嫌いじゃないわ」
彼は奥歯が割れるほどかみ締める。
今の装備では、こいつに勝てない。
「後悔することになるぞ」
自分でも負け惜しみであることがわかる声色だった。
「この70年ほど、後悔のしっぱなしよ」
女の声が路地に響いた。




