episode5 理子
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ずっと小さい頃から、同じ県営団地に住んでいる同い年の徹生のことが、好きで好きでその気持ちは、高校生になった今でも変わらなかった。そして、ずっと変わらないものなんだと思っていた。
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私の徹生に対する気持ちが大きく揺れ動いたのは、あの日の朝だった。
あの日、幼なじみ6人の朝の待ち合わせ場所の公園に行くと、先にあずさと徹生が来ていてあずさがベンチに腰掛けて顔を両手で覆っていた。私がいつもの貧血だと気付いて、すぐに駆け寄ろうと思ったその時……。
顔をあげたあずさに徹生が自分から顔を近付けて、あずさにキスしようとしているように見えたので、私は思わず植え込みにしゃがんで隠れてしまっていた。
二人がキスをするところは、こわくて見れなかったから本当にしたのかもわからないまま、何も見ていない振りをして私はいつものようにあずさと徹生に声を掛けてから、すぐに徹生の腕に自分の腕を絡ませて歩き出した。
「何かあったの?」
「何が?」
「徹生が待ち合わせ場所に来るなんて、入学式以来だったから……」
「別に、何もねえよ!」
私の質問に面倒臭そうに答えた徹生は常に後ろを歩いているあずさを気にして、その後。私が話していたことなんて、徹生はきっと憶えていないだろう。
そして、この日。私は徹生に15回目の告白をして15回目の失恋をした。
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今回の失恋は、かなり辛いものだった。いっそのこと……あずさに徹生が想いを打ち明けて二人が恋人同士にでもなってくれたら、私も前に進めるのに。なんて、かなり落ち込み過ぎておかしなことばっか考えていた。
「理子? 何かあったの?」
「あった!」
「徹生のこと?」
「そっ! 今回のは、ちょっとキツかったんだよね……」
お父さんが出張中の間、私の世話を頼まれて里帰りしてくれている6つ歳上の眞子姉ちゃんに、私がまた徹生に失恋したことを話したら、姉ちゃんは私の頭を優しく撫でてからニッコリ笑ってハグしてくれていた。
「そろそろ、理子も前に進む時期なのかもしれないね♪」
「前に?」
「そうだよ! 男は徹生だけじゃないんだからね。こんなに可愛い理子が高校生になっても彼氏がいないなんて、ありえないでしょ?(笑)」
「ふふん! まあね♪」
私に甘い眞子姉ちゃんは、私を鏡台の前に座らせると自分のメイク道具を荷物の中から取り出して、私の顔にメイクを始めていた。
「ほら! こうやって、メイクしちゃったら高校生になんて見えないくらい色っぽいじゃない!」
「すごい♪ お化粧なんてしたことないから、びっくりだよ! さすが、プロの美容師さん♪」
「フフフ♪ 少しは元気が出たね? これをあげるわ。お洒落が一番気分転換になるのよ!」
「えっ!? 良いの? やった♪」
私は眞子姉ちゃんに気分転換になるからって、お洒落な可愛い色付きのリップをもらった。
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それから、一週間の間に私は色んなことに改めて気付いてしまっていた。
ちゃらちゃらしていると思っていた和希が最近、あまり取り巻きの女子を連れていないことや、啓五は一年生なのに次の試合のレギュラーに選ばれていたこと。一番驚いたのは、扶美が最近ではクラスの女子たちと仲良く休み時間を過ごしていることだった。
あずさが気付いているかは、知らないけれど、扶美にも私と同じような転機が訪れていたのかも知れない。
そして、一番私の運命を大きく動かした日は……。
あのエレベーターで啓五に映画に誘われた日だった。
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正直、啓五が私なんかを映画に誘うなんて考えてもみなかったことだったから、少し躊躇したんだけど、断る理由もなかったから私は啓五の誘いを承諾していた。
いざ、約束の土曜日の朝になると。どうしてなのかわからないんだけど、私はすごく緊張していた。そして……家にいても落ち着かないので、30分も早く待ち合わせていた公園に来てしまっていた。
10分前くらいになって、啓五が遠くから私を見つけて走って来て、はぁはぁ息を切らしてあやまるから、私が早く来すぎたんだと言って笑って啓五の腕に腕を絡ませて歩き出したら、少し啓五が驚いているようだった。
「啓五? 映画って何観るの?」
「理子の好きそうなやつが丁度やってるから、それにしようかと思ってんだけど……」
「ということは、ホラーね?」
「まあな! 好きだろ?」
「まあね♪」
電車の中でも、私が腕を絡ませたままで身体をぴったりと啓五の身体に引っ付けていると、啓五の心臓がドキドキと波打っているのが微かに私の身体に伝わって来て、なんだか私までドキドキしていた。
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映画を観ている最中も私が怖がって啓五の肩に顔を埋めたり、腕を私の身体に抱き締める感じで離さないでいると、啓五は少し顔をひきつらせていたものの、嫌がる風でもなかったから、ずっと私は啓吾の手を握りしめていた。(ホラー映画は好きなんだけど、本当は超怖がりなんだよね……)
映画館を出て、少し遅くなってしまったお昼ご飯をどうするんだろうと思っていたら、啓五は私の大好きなパスタのお店に連れて行ってくれた。
そして、お店に入って改めて啓吾と明るい場所で向かい合ってみて、私は驚いていた。ついこの間まで、少年だったはずの啓五がいつの間にか逞しい大人の男になりつつあるということにその時、初めて気付いて急に胸がまた、ドキドキしていた。
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何を話せば良いのか、わからなくなってしまった私は何故だか啓五に徹生とのことを話していた。
「あのね、啓五」
「ん? どうした?」
「私ね。もう、徹生はやめにすることにしたの」
「な、な、何でだよ? どうした? 徹生と何かあったのか?」
私が徹生のことを諦めると啓五に打ち明けると、啓五はすごく驚いていた。
「私が小さい頃から徹生を好きってことは、知っていたんでしょ?」
「ああ。そりゃーな! 気付かないわけがねえだろ?」
「そうよね。それでね、この前……15回目の告白をして、撃沈しちゃったの。フフフ♪」
啓五は私の話を真剣な面持ちで聞き入ってくれていた。そして、グラスに入っている冷たい水を飲み干してから、啓五は口を開いた。
「それで? あきらめんのか? 徹生のこと。良いのか? 理子はそれで大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけないでしょ? だから、啓五。……私の側にいてよね」
私がニッコリ笑って啓五に側にいてくれと、半分本気で半分は冗談というような軽い気持ちで口にすると急に啓五の表情が険しくなっていた。
「お前さ……。オレの気持ち知ってて言ってるのか?」
「啓五の気持ち???」
「マジか!? お前!! 鈍いにも程があるだろ? オレは中2の夏からずっとお前のことが好きなんだぞ!!」
「嘘っ!? 私、啓五が好きなのはあずさだとずっと思ってた。マジで? やだ……ごめんなさい。知らなかった」
突然、身を乗り出すようにして啓五に告白された私は何度も啓五に謝ってから、自分の言っていることがどれだけ酷いことだったかを考えているうちに。だんだんと熱いものが込み上げて来て目頭が熱くなっていた。
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相当ショックだったのか? しばらく啓五は、テーブルに顔を埋めたまま顔を上げてくれなかった。その間に今まであった啓五との出来事を思い返しているうちに溢れ出した涙が止まらなくなってしまった。
「おいおい、泣くなよ! 泣きたいのはオレの方だろ?」
「そうなんだけど、どうしてかわかんないけど泣けて来ちゃって止まらないんだもん!」
「良いよ! わかった。側にいるから! オレがずーっと理子の側にいてやる! だから、もう泣くなよな!」
「うん……うん。ありがとね。啓五」
泣いてる私を見た途端に啓五は、すっごく慌てて必死で宥めてくれていた。そうだった……啓五はいつでも私にこんな風に優しかったんだ。
その後は、少しあずさと徹生のことを話して店を出て暗くなるまで繁華街を啓五にぴったりとまた身を寄せて、ずっと恋人同士だったようにお互いの手を絡ませて歩いていた。
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翌朝、あずさと扶美にこのことを二人で報告したら、あずさも扶美もすっごく喜んでくれていた。
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そして二週間が何事も無く……多分何事も無く過ぎたある日のことだった。啓五の部活が終わるのを待って、一緒に家に帰って私の部屋でテスト勉強をしている時に啓五が急に真剣な顔をして私の名前を呼んでいた。
「なあ、理子……」
「何? どうしたの?」
「別に。……無理しなくて良いからな!」
「……そんなこと言ってたら、もっと強引な男に私をとられちゃうんだからね!」
「お、お、おい! そりゃーないだろう? オレは……オレはだな……」
私の徹生を想う気持ちを考えて、優しいことばかり言う啓五が少し歯痒くなった私が冗談で啓五に意地の悪いことを言ってやったら……。突然、啓五は怖い顔をして私の腕を掴んで自分の方に抱き寄せて激しく唇を重ねて来た。
キスなんて、誰ともしたことがなかったからどうして良いかわからなくて、啓五が離れるまで目を閉じて今にも飛び出してしまいそうな心臓の鼓動をじっと感じていた。
「……私のファーストキスなんだからね」
「ああ。わかってる。わかってる。やっぱお前は誰にもやらねえからな!」
「うん……うん。わかってる。好きだよ」
「オレはずっと好きだ! 理子のことがずっと好きだ!」
唇を離してからも啓五はしばらくの間。ずっと私のことを強く抱きしめて離さなかった。
こうして、私と啓五はこの日から正式に交際をするようになって、大学を卒業して、啓五が私のお父さんと同じ警察官になって私たちは無事に結婚することになる。