episode2 啓五
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幼なじみの理子に恋をしていると自分で気付いたのは、中2の夏休みだった。6人で祭りに行った帰りに川原で花火をしている時に理子とほんの少し手が触れてから、オレのドキドキは止まらなくなっていたんだ。あずさや扶美と手が触れることがあっても感じることの無かった押さえ切れない感情があの時あの瞬間に、オレの胸の中に溢れ出してしまったんだ。
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高校へ入学してやっと新しい生活に馴染んで来た頃に、オレは一大決心をして幼なじみのあずさに理子の気持ちを確認してもらった。
その結果、見事に撃沈したオレはあずさに慰められてもう少し理子のことを待っていようと決心することが出来た。
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「それでね? 聞いてる?」
「ああ。聞いてるよ。理子がまた、徹生に振られたんだろ?」
「そうなの。今ね、あずさに理子がそのことを報告してるみたい」
「そっか……。ありがとな。扶美……」
放課後、部活を終えて校門を出るとオレのことをあの人見知りの激しい扶美が待っていてくれて、理子が徹生にまた告って振られたようだと知らせてくれたのだった。
「扶美……少し感じ変わったんじゃね? 高校入って良い感じみたいだな♪」
「そうだね。何か、少し吹っ切れちゃったみたい。フフフ♪」
「そっか、良かった。これでもお前のこと心配してたんだぞ!」
「うん。わかってる。ありがとう♪」
オレに理子のことを伝えに来た扶美は、中学の頃と少し違っていて。どこか大人びた顔つきで「頑張ってね♪」とニッコリ笑ってオレをおいて先に走って帰ってしまった。
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それから、3日後の土曜日の午後。偶然、理子とエレベーターで一緒になったので、オレは理子に明日は部活が休みなので映画でも見に行かないか? とそれはそれは、自然な感じを必死に装って切り出してみた。すると、理子は以外にも二つ返事でOKしてくれていた。
「何時に出るの?」
「えっ!?」
「だから、明日! 何時に家を出るの?」
「あああ、じゃあ……10時」
正直……。オレは理子に絶対に断られると思っていたので、何の映画を観るのか? どこで昼飯を食うのか? という予定を立てる為にその夜……オレは、ほとんど一睡も出来なかった。
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日曜日の朝。約束の時間に公園へ行くと理子が先に来て、ベンチに座って待っていた。
「わりぃー! ちょい遅れた。へへへ」
「おはよー!! 良いよー! そんなに待ってないから♪」
オレが待たせてしまったことを謝っている間に、理子は立ち上がってオレの左側に来てオレの腕に自分の腕をしっかりと絡ませていた。
(おいおい。マジか……)
ドキドキと波打つ心臓をオレは必死で反対の手で押さえて、そのままの状態で駅へ向かった。
「啓五? 映画って何観るの?」
「理子の好きそうなやつが丁度やってるから、それにしようかと思ってんだけど……」
「ということは、ホラーね?」
「まあな! 好きだろ?」
「まあね♪」
電車の中でも理子は絡めた腕を放さずに身体をぴったりとオレに密着させていたので、電車が揺れる度に理子の柔らかい胸が思春期真っ盛りのオレの全てを刺激していた。
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映画を観終わって、少し遅い昼食を少し洒落た理子が好きなパスタの店で向かい合って食べている時だった。
「あのね、啓五」
「ん? どした?」
「私ね。もう、徹生はやめにすることにしたの」
「な、な、何でだよ? どうした? 徹生と何かあったのか?」
なんてお前は白々しい男なんだ!! と、オレは心の中で自分に向かって叫びながらも、ここでも必死にオレは自然を装って驚きの声をあげて、理子に何があったのかをいつでも聞ける体制に入っていた。
「私が小さい頃から徹生を好きってことは、知っていたんでしょ?」
「ああ。そりゃーな! 気付かないわけがねえだろ?」
「そうよね。それでね、この前……15回目の告白をして、撃沈しちゃったの。フフフ♪」
「それで? あきらめんのか? 徹生のこと。良いのか? 理子はそれで大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけないでしょ? だから、啓五。……側にいてよね」
突然の理子からの申し出にオレは、嬉しいはずなのに何故か胸をギュウっと鷲掴みにされたみたいで苦しくてたまらなかった。
「お前さ……。オレの気持ち知ってて言ってるのか?」
「啓五の気持ち???」
「マジか!? お前!! 鈍いにも程があるだろ? オレは中2の夏からずっとお前のことが好きなんだぞ!!」
「嘘っ!? 私、啓五が好きなのはあずさだとずっと思ってた。 マジで? やだ……ごめんなさい。知らなかった」
こんな形で理子にオレの気持ちを伝えるつもりじゃなかったオレは、ショックでテーブルに突っ伏して落胆してしまっていた。
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しばらくして、オレが顔を上げると……。テーブルの向こう側から理子は目にいっぱい涙を溜めてオレのことを見つめていた。
「おいおい、泣くなよ! 泣きたいのはオレの方だろ?」
「そうなんだけど、どうしてかわかんないけど泣けて来ちゃって止まんないんだもん!」
「良いよ! わかった。側にいるから! オレがずーっと理子の側にいてやる! だから、もう泣くなよな!」
「うん……うん。ありがとね。啓五……」
女の涙は反則だと、オレは少し腑に落ちない気持ちもあったんだけど……。オレの中の雄の部分が理子の涙にすでに白旗を掲げていた。
「それで? 徹生はあずさに気持ちを伝えるってか?」
「あ、やっぱ気付いてたの? 徹生の気持ち……」
「そりゃーな! あいつのあずさを見る目は怖いくらいにマジだからな……へへへ」
「あずさは、全く気付いていなかったけどね。ほんと、嫌になっちゃうでしょ? って……私もだ。ごめん!!」
理子はコロコロと表情を変えていつもの様に明るさを取り戻して、徹生とあずさのことを話しながら笑っていた。
「あずさ、徹生を好きにならないかな? 出来るなら……そうなって欲しいな♪」
「そりゃー難しいだろ? あずさはオレと一緒で現実主義だからなぁー。そう上手くはいかねえんじゃないのかな?」
「徹生次第よね♪」
「ああ。そうだな♪」
その後、オレと理子は繁華街を少しブラブラとまた腕を組んで歩きながら、日が沈む時間まで初めてのデートを楽しんでから家路に着いた。
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そして、月曜日の朝。オレと理子は昨日のことをあずさと扶美と和希に報告して、オレたちが交際を始めたことを公にした。
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「良かったの? 啓五……」
「ああ。頼まれなくてもずっと側にいるつもりだったからな!」
「啓五らしいわね。理子は幸せだわ♪」
「あずさも、幸せものだろ? 徹生に一途に想われてんだぜ?」
「そうね。少しは私も考えないとね」
放課後。理子がクラスの女子と先に帰ってしまったので、部活を終えたオレが一人で帰宅していると、あずさがおばさんに頼まれた買い物を済ませて家に帰るところに偶然鉢合わせて、あずさに少し話そうと誘われて公園のベンチに座って話していた。
「理子とは上手くやれそう?」
「まあな。大丈夫だ!」
「啓五は頼もしいわね。フフフ♪」
「なあ、あずさ。……徹生のこと、無理しなくて良いんだからな!」
面倒見の良いあずさがオレは心配だったから、あえてオレは徹生のことを頼んだりしないでおいた。
男と女なんてどこでどうなるかなんて、そんなこと誰にもわかんねえし誰にも決められないということをオレは理子を好きになって身に染みて学んだから、あずさと徹生のことも黙って見守ってやることにしたんだ。




