エキドナ2
エキドナがひとっ風呂浴びている。
否、優雅にバスタイムをお過ごしになられている。
ここはエキドナの元実家で、
神界の狭間に位置している。
一歩間違うと、奈落の底に落ちてしまいそうだ。
エキドナは上半身が女、下半身が蛇の怪物で、
今は近所の怪鳥のおばあさんに分けてもらった薔薇の花を
金のネコ足付きバスタブ一面に浮かべて喜んでいる。
美しいわたくしにぴったりのお風呂だわ。
長い尻尾で紅い花びらをかき回す。
水面に咲く色彩がくるくる踊る。
わたくしも、ちょっと踊りたくなってきたわ。
湯船の中で両手を広げて鮮やかに鼻歌を歌い始めた。
騒音がひどい為、家の周りの昆虫が全部死に絶えてしまった。
何というか、近所迷惑なことである。
もちろん本人は気づいていないが、
下界の生態系までもが破壊されそうになった。
この影響により、地球に氷河期が到来した。
「まあ、そういえば、今日は約束があったのだわ」
慌てて着替える。
急いで支度をしたが、間に合わないだろう。
今日はもう諦めようか。
そのような考えが、ふっと心によぎる。
適当な理由を付けて、行けなかったことにすれば良い。
エキドナは、尻尾の先に包帯を巻くことにした。
ついでに顔のパックも忘れなかった。
「キィー!あの女、遅刻しやがって!」
その頃、ヘラが激しく毒づいていた。
「あのバカ、こんな大事な会議に来ないなんて!」
今日は人間たちとどう付き合うかを決める会議だった。
しかも発案者はエキドナである。
ゼウスはヘラを嗜めた。
「まあまあ、何か不都合があったのかもしれん」
「だまらっしゃい!」
ゼウスは沈黙した。
「もういいわ。あんなやつは抜きにして、
この際ぱぱっと決めちゃいましょう!」
会議は遅々として進まなかったが、
どうにか決着がつき、ゼウス達は解散することにした。
次の朝、エキドナの元に一通のメールが届いた。
エキドナは開封したが、すぐに険しい顔つきになる。
人間が神殿に捧げた物の、
エキドナの取り分が異様に少なく感じたのだった。
どうしてだろう。発案者はわたしなのに。
これは、ヘラが勝手に決めたことなのだわ。
エキドナは復讐することにした。
首を洗って待っていなさいよ、ヘラ。
エキドナはせっせと準備を始めた。
その翌朝、ヘラが身支度を終えると、
なにやら怪しいダンボール箱が玄関口に置いてある。
ゼウスは不審がったが、ヘラは好奇心で開けてしまった。
中には土くれが詰まっており、
真ん中に土偶が1体、ちょこんと置かれている。
土は緩衝材のつもりなのかもしれない。
手紙が付いており、こう書かれていた。
「愛しのヘラ様へ 縄文人より」
そして裏にはこう記してある。
「ヘラの肖像」
ヘラはその地域の氷の海を溶かして荒ぶらせ、
全ての大陸から切断し、島国にしてしまった。
私の肖像を作るからには、その海を越えられる程度に
文明を発達させてから来なさい。
まあ文化の伝播は、遅れるかもしれないけどね。
それからもヘラの怒りはなかなか収まらず、
人間、それも美女に矛先が向かうことになったのであった。
それ以降、ヘラの人間への非道な振る舞いは、
神話によって語り継がれる通りである。