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第十一章 星辰の岐路 2.

2.


 直義は束の間、落ちた鍵に気を取られた。

 その隙をついた淵辺は、素早く牢へ向かった。

 直義は後を追いながら、叫んだ。


「淵辺、止まれ! 殿下、逃げろ!」


 幽閉中の護良親王は、当然刀などは持っていない。

 淵辺が牢へ入れば、逃げ場がなかった。

 直義の声に反応した親王は、素早く牢の外へ出た。

 そこへ大上段から振りかぶった、淵辺の刀が降ろされる。


「殿下!」


 親王はとっさに身を低くして、危うく刃から逃れた。

 だが、長の牢暮らしでなまった足はもつれ、親王はその場に膝をついていた。


「淵辺、いいかげんにしろ!」


 幸いなことに、次の一撃が振り下ろされる前に、直義が追いついた。

 手を止める気配のない淵辺の背中に、直義は勢いよく体当たりした。

 淵辺の身体は吹き飛び、牢の岩盤にぶつかって倒れた。


「……何だというんだ、一体」


 肩で息をしながら直義は体勢を整える。

 用心深く淵辺に近づき、確かに気絶しているのを確かめたが、ほっと息をつく間もなかった。

 立ち上がった護良親王が、飛ばされた淵辺の刀を拾っているのが目に入ったのだ。

 直義は苦い思いで口を開いた。


「殿下……それはこちらへ寄越して下さい」


 親王は無言で刀を見つめていた。

 直義は、先程よりももっと慎重に、親王へ向かって一歩足を踏み出した。


「来るでない」


 ぴしゃりとつぶやいて、親王は直義へ向けて刀を構えた。

 直義は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「どの道助からぬ命じゃ。最後に一花咲かせても良いのだぞ」


 思いつめた暗い眼差しに、親王の決意が窺える。

 鈍った身体で、親王が直義に敵うはずもない。

 だが、親王が斬りかかれば、直義も斬らざるをえない。


(斬るしかないのか――)


 直義のこめかみから汗が流れ落ちた。

 親王の決意と、直義の迷いをあざ笑うように、木々が一斉にざざっと鳴いた。

 ふと直義は、周囲の何がおかしいのかに気づいた。


「鳥の声がしない……」


 いつもは絶え間なく囀っている、様々な鳥達の声が、今日は一切聞こえなかった。

 思わずつぶやいた直義の、場の緊張にそぐわない言葉に、親王が顔を顰めた。

 その時、ざわざわ、がしゃらがしゃらと、りんりんと、耳が痛くなるような木と葉、それに何か金属のこすれ合う音が、周囲に響き渡った。

 音が収まってくると、代わりにくぐもった男の声が響き渡った。


「お助けしてもよろしいぞ、帝の皇子殿」


 裏山の木々の間から現れた異形の人影に、親王は息を呑んだ。


「天狗……!?」


 直義は、異形の面を見ても今更驚かなかった。

 ただ、天狗の片腕に抱えられたわらべの姿に気づき、ぎりりと奥歯を噛み締めた。

 気を失っているのか、天狗の左腕の中にある千寿王の身体は、ぴくりとも動かなかった。


「お久しぶりですな、足利の副将軍」

「千寿を離して、とっとと山に帰れ」


 うんざりとした気分を隠さない直義に対し、天狗の面の中からくっくっくとした笑い声がもれる。


「相変わらずつれない。我らはこんなにお慕いしておりますのに」

「薄気味悪い」


 直義が吐き捨てると、笑い声はますます高くなった。


「本気ですよ。足利のお方々は真に面白い! 見ていて退屈しません」


 例えばその男――、と天狗は牢の前で倒れている淵辺を指した。


「牢の鍵を壊して差し上げたのは我らです」


 で、す、が!と天狗は一音一音を区切り、わざとらしく声を張り上げた。


「見張りを遠ざけたのはその男で、男を操っていたのは、京におられるお兄君ですよ」


 そんなこともあるだろうと思っていたので、直義は表情を崩さずすんだ。

 護良親王が捕縛されたという知らせを受け取った時、直義は兄が廉子と取引をしたのだろうと推測した。


 兄は家の内外で必要となった、征夷大将軍の地位。

 廉子は帝を操る上で邪魔な、護良親王の命。


 この図式が正しいなら、遠からず処刑の命が、京から直義に下るだろうと思った。


(それに逆らう気はなかった)


 だが西から来たのは、親王暗殺の密命を帯びた部下だけだった。


「驚いておられませんな。いかな仲が良いご兄弟とはいえ、所詮、主と部下。親王殺害の汚名を着せられ、蔑ろにされるは当たり前だとお考えか?」


 それにこの童――、天狗は腕の中の千寿王を持ち上げた。


「御歳三つで、鎌倉攻略の手柄を、新田から奪うという大仕事を立派に成し遂げた。未だ鎌倉においでなのは、血を分けた叔父上にも手柄を渡さぬおつもりか……」

「黙れ」


 直義は、天狗の長舌を遮った。


「何をぬけぬけと、千寿が鎌倉を出られぬのは、お主らが脅したからであろうが!」

「我らが? ほう? 面白い」


 直義はどこか不審を覚えたが、考える間もなく、天狗は直義のそばに跳び降りて来た。

 めくらましかもしれないが、人離れした体術だった。

 身構えた直義の隙をつき、天狗は再び跳躍すると、今度は護良親王の前に降りた。


(しまった!)


 身を翻した直義の目に、天狗が手の中の千寿王を、親王に放ったのが見えた。

 親王は、思わずというように刀を離し、両手で千寿王を受け取った。


「さあ、どうなさいます親王殿下」


 天狗は存分に愉悦を含んだ声で、親王に問うた。


「この童は、足利の嫡男。憎い憎い、尊氏の息子ですぞ。一ひねりになさいますか? それとも人質にして鎌倉を逃れますか?」


 お好きにされるが良い!――天狗が高らかに謡う。


「ご舎弟の言葉通り、これでこの童を鎌倉に留めた意味があるというものです!」


 親王は血走った眼で、手にした千寿を見つめていた。







―――――――――――――――――




※天狗絶好調。調子こいてますがさて…。



……ご意見ご感想お待ちしております。



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