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第九章 親征と帰還と 2.

2.


 口にはしなかったが、直義にはもう一つ、顕家が奥州へ出向を命じられた理由に、思い当たる節があった


(あの真っ直ぐな性質)


 顕家は帝を信奉しているが、盲目的にではない。

 国や民を思う心と、怜悧な頭脳――そこから出てくる答えは、この先決して、後醍醐帝に無批判ではいられなくなるだろう。

 良かれと思い、既に何らかの進言を帝にしていたとして、帝がそれを面白く思う確率は低い。


(父の親房も、公家の中では道理が分かる人物だと兄上は言っていた)


 両者が遠ざけられた理由は、直義の憶測でしかない。

 だが先の恩賞があった辺りから、北畠親子だけではなく、批判を行う人間が、次々周囲から遠ざけられている。

 この事実が、後醍醐帝の政の後退を示しているのは明らかだった。


「兄上、この上はなるべく早く、我らは鎌倉に戻らねばなりません。もし奥州が攻め落とされる事態になれば、勢いに乗って関東もすぐさま奪われるでしょう」


 尊氏は心持ち青ざめた顔で頷いた。



 十月に入り、北畠親子は義良親王を連れ、奥州に赴いた

 それと入れ替えのように、尊氏の正妻、登子が京に上って来た。

 奥州にいよいよ不穏な気配が漂ってきたため、急ぎ呼び寄せたのである。


「奥方様は、足利に嫁いだとはいえ、北条の名門、赤橋家の方ですからなあ」


 手配をしながら、師直が淡々と口にしたように、表向き関東が物騒だと呼び寄せたが、実情は別だった。


(裏切る、とまでは思わないが……)


「北条一族の残党相手に、少しでも情に絆されれば、厄介な事態を招きかねないからな」

「えぇ、うっかり大物を逃がされでもしたら洒落になりません」


 こちらに来ていただくのが適当だと思いますよ、と師直は何度も頷いた。


「せめて千寿も一緒に来れたら、義姉上も京で安らかに暮らせるだろうに」


 予定では千寿王も共に、京へ呼ぶはずだった。

 だが、当主も奥方も京で、尚且つ、後継ぎまでが鎌倉を離れれば、足利は鎌倉を見捨てるのだと見られかねなかった。

 今の時期、そんな噂が立てば命取りになりかねないと、鎌倉にいる足利の家臣らの訴えがあり、尊氏はそれを容れた。


「仕方ありませんね」

「仕方ない……か」


 尊氏の采配に不満がなくもなかったが、自分が鎌倉に赴いてすぐ千寿王を京へやればいいのだと、直義は言葉を飲み込んだ。


 迎えに出た尊氏の前で、登子は泣き崩れた。

 声も出さず、さめざめと泣くだけの登子の境遇を思いやり、居並ぶ家臣一同は同情の眼差しでこの光景を眺めていた。

 だが直義には、尊氏が弁解も赦されず、一方的に責められているようにも見えた。

 師直も同感のようで、尊氏が抱えるように登子を連れ去った後、


「また殿のお心が乱れないとよろしいですなあ」


 と重い息を吐いた。


 案の定、十日もすると、尊氏は目に見えて寡黙になっていった。

 それとは逆に、登子は以前のように明るく笑い、快活に振舞うようになった。

 ただ、日向に咲く花のようであった微笑みは、どこか影を帯び、陰で絡みつく藤の蔦を連想させた。

 良い状態でないのは分かっていても、夫婦の仲に口出しするのもかばかられた。


 直義は何かと気遣いのできる師直に任せることにし、自身は距離を置くことにした。






―――――――――――



…ちょっと幕間(閑話休題?)っぽい話になってしまいました。



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