表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/55

第八章 褒賞の波紋 3.

3.


 則村は呻き声のようなものを上げると、尊氏の前に崩れるように座した。


「此度の恩賞の件ですな?」


 息が落ち着くのを待って発した尊氏の言葉に、則村は大きく頷いた。

 先の戦で、帝に付き従った者達は、ほぼ全員が充分な褒賞にあずかったが、唯一の例外と言ってもいいのが、この赤松則村への扱いであった。


「そもそも、佐用ノ庄は、元からワシが世話をしている土地なのだ。それが認められたのはともかく、播磨の国司をお取り上げになるとは、いかなる所存か!」


 当然の不満なのだが、足利にどうこうできる話ではなかった。


「則村殿も知っての通り、土地や官位、全ての取り決めは帝がなさっておいでです。異議申し立ては不遜なれど、理に合わぬなら、千種卿や護良親王に頼まれては……」


 則村は、帝からというより、護良親王の呼び掛けで蜂起した豪族だった。


「既に頼み申した……が、決まったものは何ともならんと、まるで取り合っては下さらんかった」


 尊氏と直義は、苦い思いで視線を交わした。

 護良親王は、義貞を都に呼んでいる。

 幾ら十分な働きをしたとはいえ、帝を通さずにだ。


(ここで借りが一つ)


 しかも自ら呼びつけた以上、相応の褒賞を与えねば、新田も不審に思うだろうし、足利への牽制にもならない。

 実際に、義貞や義助に官位が与えられていることから考えても、親王は既に、朝廷へ大きな借りを作っている筈だった。


(これ以上の要望は通せないくらいに、か)


 直義は、がっくりと肩を落とした則村を見遣った。

 常に、他を圧するような気炎を吐いていた偉丈夫の、大きな身体が一回り小さくなったようだった。


「尊氏殿……ワシは分かった」


 則村はのろのろ顔を上げ、血走った眼で尊氏を見つめた。


「刀を差していても、やはり宮様は、所詮宮様じゃ。あの方々に、土地に命を賭ける武士の気持ちは分からんのだ」


 深く息を吸った則村は、大きく外へと吐き出した。


「ワシらの声が帝にすら届く……新しい時代が来るのだと! 期待をかけたワシが愚かだったのじゃ!」


 血を吐くような慟哭だった。

 似たような怨嗟の声は、京の各所でも聞こえていた。


(無理もない)


 古い世が滅んだ後に来る新しい世を、期待しない者はいない。

 そして、期待が大きければ大きい程、報われなかった際の落胆もまた大きい。

 京にいる者の多くは、今まさにその大きさを味わっているところだった。

 だが……


「そんなことはありません、則村殿」


 きっぱりとした否定の声に、則村だけでなく直義も師直も、驚きの表情を浮かべて尊氏を見た。


「私が、此処でこうして、則村殿と言葉や心を交わせる今が……この時が、北条の頃と同じ訳はない。確かに我らは、新しい世を作ったのです」


 まだ始まったばかりではありませんか?――尊氏は身を乗り出し、則村の両肩をつかんだ。


「過酷な戦を耐え抜いた我らなら、きっとまた道が拓けます。だがここで投げ出せば、我々のこれまでの労苦が無になりますぞ!」


 慰めるだけの、おためごかしでないのは直義にも分かった。

 あれだけの思いをして……文字通り身を切るようにして、幕府を裏切った尊氏としては、今が、北条のいた頃と同じと言われるのは耐え難い話だろう。


(おかげで必要以上に、声に熱がこもっている)


 事情を全く知らない則村は肩を震わせると、のどから搾り出された、嗚咽混じりの声でつぶやいた。


「やはり足利殿は、武家の棟梁ぞ……!」


 赤ら顔をしわくちゃにして、則村は大人しく帰っていった。

 去り際、


『自分は播磨に帰るが、今日の話は決して忘れまい』


 と、重く言い置いて。


「熱い御方ですなあ」


 熱すぎると言いたげに師直が手を左右に泳がせると、


「あれが本当の武士というものだろうな」


 と尊氏が返した。

 では、自分達は何なのだろうと直義は思う。


 『宮様は宮様』と言い切られた護良親王。

 護良親王のように武士になりたがるでなく、『公家として』刀を握るという顕家。

 『武家の棟梁』と言われた尊氏は、自身が本物の武士でないという。


(『悪党』なのに、帝の一の忠臣と呼ばれる正成は、自身を何と呼ぶのだろうか)


 一度、話がしてみたいと、直義は思った。

 宴の支度が出来たと家人が呼びに来て、直義と師直は尊氏を置き、先に広間に向かう。


「それにしても」


 師直がぼそりとつぶやいた。


「則村殿に対する帝の恩賞は、明らかに少なすぎませんか?」


 歩きながらの師直の問に、直義も問で返す。


「則村殿が都から去ることで、一番不利益を蒙る者は誰だ?」

「利益でなく、不利益ですか? 難しいですな」

「難しくもないだろう。兵の数で考えてみろ」

「そりゃ、則村殿は護良親王が呼んだのですから……ああ、なるほど」


 師直は立ち止まり、ぽんっと手を合わせた。


「聞くところによると、親王殿下は内裏に敵が多いそうだ」


 顕家の話は、こんな所で裏付けられた。

 師直が呆れたようにつぶやいた。


「……でしたら、足利など放っておいて、己の足場を固めればよろしいのに」


 そもそも新田勢を京に呼ばねば、則村が追いやられる事態には、ならなかったかもしれない。

 直義も、何度目かの実感にうんざりとした気分で、


「俺もそう思う」


 と短く返した。








――――――――――――――――




…高氏はここから『尊氏』と表記を替えます。

…赤松氏は、この頃だともう『円心』って名乗ってるかもしれませんね。分からんのでとりあえず『則村』で通してます。


※大昔、教科書で習った頃の『建武の新政』は、なんかピカピカきれいなイメージがありましたが、調べれば調べるほど、大の大人が餓鬼のように権利や権力を掴み合いで奪い合うイメージになります(-_-;)。

いや、世界中どの戦後も、そんなもんかもしれませんねー。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ