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第八章 褒賞の波紋 2.

2.


 あまり気に病むなと諭し、直義は義助を見送った。

 入れ違いに、師直が六条から戻って来た。

 義助の話をし、鎌倉へ行く用意だけはしておいてくれと、直義は告げた。


「鎌倉からの文で、新田殿とぶつかったとは聞いておりましたが、また面妖な話ですなあ」


 師直も困惑したように顔をしかめた。


「兄上が鎌倉へ行けぬようなら俺が行く。千寿と義姉上はこちらへ送ろう」

「私も鎌倉へ戻りたいものです」


 しおらしく胸に手を当てる師直を、直義は冷ややかな面持ちで眺める。


「お前は京を離れ難いと思っていたがな。最近は、堂上家の姫にまで手を出していると聞くぞ」

「これは、これは! お耳汚しでございました!」


 師直はおどけて額を叩いた。


「あれは情報を集める為でございますよ。師直は常に使命を忘れておりません!」

「そうかそうか。とにかく、お前は兄上を支えていてくれ」


 はいはい、とおどける声を背中に聞き、直義も鎌倉行きの算段を始めた。


 後日、新田の一行が到着するのを待っていたかのように、主だった公家や武士に、此度の戦に対する恩賞が発表された。


 楠木正成が河内・和泉の国司となったのを始め、千種忠顕が丹波の国司になり、高氏も武蔵の国司に任命された。

 新田氏も義貞が播磨の国司で従四位、義助が駿河の国司で正五位下となり、取りあえず直義はこれで約定が果たされてほっとした。

 高氏は従三位に叙され、公卿の仲間に入り、直義は官位が変わらず、新たに左馬頭の職が与えられた。

 また、高氏の『高』の字が、北条高時が由来では不吉だという観点から、帝のいみなの「尊治」から、『尊』の字が送られた。


 御所から戻った尊氏は、帝御自らのによる『尊氏』と記された紙を、恭しく皆の前に広げた。


「おめでとうございます!」


 家臣は口々に祝辞を述べ、師直は「祝いの席じゃ! 殿が公卿に上られた」と叫んだ。

 皆が宴の用意に去った後、苦笑を浮かべる兄と、その前に置かれた『尊氏』の文字を直義は見比べて言ってみた。


「兄上は、公卿に上られたことより、帝に御名をもらったのが嬉しいのでございましょう?」


 尊氏は微かに頷き、照れくさそうに笑った。


「師直には言うなよ」


 明らかに鎌倉にいた頃より、この京にいる今が、尊氏は幸せそうだった。

 勿論、『北条』の有無が大きいし、帝の親政は不安定で、京もこの先どうなるか分からない。

 だが、あえて、苦々しい思い出の多い鎌倉に帰りましょうとは、直義には言い辛かった。


「新田殿は、京に滞在されるようですね」

「うむ。官位も授かり、護良親王のお声懸かりで、お役目もいただけるようだ」


 尊氏はさらっと言ったが、護良親王は分かりやすく、足利の上に新田を置き争乱の種とした。

 実際、今度の恩賞には、尊氏を初め、足利一門に対する政府の人事は一切なかった。

 官位と、帝の『名』でごまかされたと感じている者も多いだろう。


(まあこの位なら想定内だ)


「兄上、新田殿が京に残られるならば、私が鎌倉に戻ろうと思うのですが、如何でしょう?」


 尊氏は驚きを露わにして直義を見た。


「鎌倉は関東の要です。北条の残党も窺っているでしょう。放ってはおけません」


 宥めるように付け加えると、ようよう言葉が浸透したらしく


「そうか、そうだな」


 と、尊氏は頷いた。そして気を取り直して口を開いた。


「帝の許可を得ないで兵は動かせぬ。もう少し待て」


 はい、と直義は頭を下げた。

 許可が下りるまでに、時間がかかるのは分かっていた。

 直義が顔を上げると、尊氏のじっとこちらを見つめている視線と会った。


「京の治安といい、私の補佐といい、お前がいなくなるのは痛いな」

「京の町も落ち着いてきています。残った者でなんとかなるでしょう。あるいは、新田殿がその任に着くかもしれません」


 尊氏は心持ち顔をしかめた。

 護良親王の嫌がらせを、ようやく実感できたのかもしれない。


「兄上の補佐は、元々師直の役目ですよ」


 直義は安心させるように笑った。


「それに、自分が行けば義姉上と千寿もこちらへ送れます。足利の名代として、充分にやっていただきました。労うてあげて下さいませ」


 鎌倉に参じた武士達は、皆『軍忠状』、『着到状』の証判を大将に求める。

 働いたという証明で、後に報酬を請求する際必要となる。

 鎌倉を落とした時には、まだ無冠だった義貞よりも、幼少だが既に従五位をもっていた足利高氏の嫡男、千寿王に証明を求めた者も多かったと聞く。


(義貞も去り、鎌倉にある足利の陣中はさぞや忙しいことだろう)


 尊氏は、どこか遠くを見るような目をしたが、すぐに口元を綻ばせた。


「お前に言われるまでもないわ」


 直義がほっと胸を撫で下ろした時、廊下が騒がしくなってきた。


「用意にしては騒がしすぎるな……?」

「見て参ります」


 直義は立ち上がったが、どたばたと言う足音がどんどん近づいていた。

 待つほどもなく、一目で激昂しているのが分かる赤松則村と、則村に縋りつく様にして押し留めている師直が入ってきた。


「足利殿! 聞いてくれ。何故ワシだけが……何故、佐用ノ庄だけなのじゃ!」

「申し訳ありません、殿。今取り次ぐと言ったのですが……」

「構わん師直。則村殿、お話を伺います。まずは、落ち着かれませ」


 重なり合うように入ってきた二人に動ぜず、尊氏は則村に席を勧める。

 直義も何かあった時のために、尊氏の近くに座り直した。

 






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