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第七章 京の花 4.

4.


「お会いできて本当に良かった、直義殿。また是非、お話をお聞かせ下さい」


 あれもこれもと運ばせる顕家を押し留めながら、直義と正季が北畠の別宅を後にしたのは、三日月が中天に昇る頃だった。


「すっかり長居してしまったな」

「家主は大喜びだったんだ。よかろう」


 気持ちの良い晩だった。

 月明かりに照らされた静かな路には、風に乗って加茂川のせせらぎが聞こえてくる。


「顕家殿は不思議な方で、身の回りに境界がない。さすがに帝は別だが、皇族も公家も武家も庶民も悪党も、皆同じ規範で考える」


 人は生まれた場所に因り、生活や考え方、生涯を縛られて生きる。

 特に正季が口にした階級意識は、決して超えられない壁のはずだ。


「いったいどんな育ち方をすれば、そんな考え方ができるようになる?」

「育ちでなく持って生まれた資質だろうと、兄者は言っていた」


 直義は感慨深げに息を吐いた。


「替え難い資質だな。長じれば帝の良き側近となるだろう」


 少しの沈黙の後、「それはどうかな」との疑問が聞こえた。

 直義は隣りを歩く正季の顔を覗いた。

 正季の目は月を見ていた。


「後醍醐帝の指針は専制だ。古き悪しき慣習を排して、新しい世を作ると宣言して、北条の幕府を滅ぼしたにもかかわらず、政治を太古の昔、帝が親政をしていた頃に戻そうとしている」


 それは、『公家一統』の宣言があった時点で、ある程度明確になっていた。


「結果は、あんたも良く知っての通りだ」


 武家も民衆も、ついでに言えば皇族も公家も、先の見えない混乱の渦に巻き込まれている。


「顕家殿は帝の信奉者だ。今はまだ、帝の失策でなく皆が慣れない故の混乱だと思っている。だが、本来聡明な方だ。巷の混乱がこのまま続いたら、もしくはもっと広がったらどうなると思う?」


 虐げられた民に気を配り、孤立する親王に心を痛める公家の少年。


「真っ直ぐなその心のまま、帝に諫言するかもな。何の悪気もなく帝の政治を批判か……怖いな」


 正季が「あぁ」と賛同する。


「諫言を受け入れられる器が、あの御方にあれば皆にとって幸いだが、今のところその片鱗も見えん」


 護良親王の件もそうだ――よく通る声で言い放ち、正季は徐々に歩調を緩めた。


「京に戻ってから、帝が己の発行した綸旨のみを、有効としたのを覚えているな?」

「あぁ」


 聞いた時は、さほど疑問に思わなかったが……


「これによって、親王が戦の最中、近隣の土豪を集める為に発行した令旨が全て無効にされてしまった」


 ……共に戦った息子の令旨まで、取り下げていたとは知らなかった。


「全てか」


 呆然とつぶやく直義に、全てだ、と正季が返した。


「立場がないな」

「戦が終った折、帝は護良親王に、平和になったからまた出家しろと言ったくらいだ」


 立場なんか斟酌しんしゃくせんよ――、正季の言葉が儚く月明かりに溶ける。


「それに、帝に見放されている親王に、味方する公家もいない」


 直義は唸るような声を上げた。


「だから、新田か」

「そんな所だ。足利と同じ『源氏』の新田を呼んで、防波堤にしようというのだろう」


 直義がおもむろに足を止めると、正季も同じようにしてその場に留まった。


「正季。俺は親王の話を聞く度に思うのだが、親王の敵は俺達じゃないぞ」


 正季は目を見開くと、すぐにくっくっと身体を震わせた。


「それが殿下に分かればなあ。……こんな者どもを寄越さず、自らあんたに会いにくるだろうよ!」


 正季の張り上げた声が、通りに響き渡った。

 すると、声に押されたように、路地から僧形の黒い人影が幾つも現れた。

 各々(おのおの)が手にしている得物が、月を弾いて光を放っている。


「宮様の差し金か、荒法師共の復讐か。いずれにしても狙いは俺だろう」


 直義は平然と刀に手を掛け、正季に言い放った。


「お前は帰ってもいいぞ」


 正季が苦笑を浮かべて反論する。


「此処で帰ったら、あんたの家の執事と、顕家殿と、ついでに兄者に殺されるわ」


 言うが早いか、正季は陽気な笑い声を上げ、黒い影の群れに突っ込んだ。

 手には、いつの間にか杖のようなものが握られていた。


「怪我するなよ。俺も禅師や楠木殿に合わせる顔がなくなる」


 のんびりと声を掛ける直義の背後からは、錫杖が振り下ろされてきた。

 直義は難なくそれを避け、振り向きざまに刀を薙いだ。

 甲高い断末魔が上がる。

 離れた場所からも同様の声が幾つも上がり、血生臭い匂いが辺りに漂いだした。


「多勢に無勢は、斬る相手に迷う必要がなくていい」


 冷厳に直義が言い放つと、囲んでいた法師達が一歩、後ろへ退いた。


「何をしている! 相手は一人ぞ!」

「だったらお前が来い」


 喚き散らした法師は、離れた場所で薙刀を何度か振った。


「来ぬならこちらから行くぞ!」


 直義が前に乗り出そうとした時、薙刀を振る法師の頭に、どこからか飛んで来た石が当たった。

 正季かと思ったが、石は一つで終らず、幾つもの石が道の両脇にある崩れかけた壁の上や、穴の間から、てんでばらばらに飛んで来た。


「うわあ!」

「なんだ! なんだ、いったい!」


 降る石に狼狽する法師達を取り囲むように、


「出て行け!」

「出て行け!」


 の声が唱和する。

 男だけでなく、女や子供の声も混じっていた。

 程なく、騒ぎを聞きつけたのだろう。六波羅の兵が駆けつけた。


「お前ら何を騒いでいる!」


 法師達は、倒れた仲間を担いで逃げようとしたが、何人かは兵士に捕らえられた。

 直義は、目の前にやってきた兵士に声をかける。


「ご苦労」


 兵士は目を細めて直義を見て、はっとして身を屈める。


「こ、これは直義様! ご無事ですか?!」

「あぁ」


 つぶやいて、直義は周囲を見渡す。

 転がる法師と、無数の石だけで、正季の姿はもうなかった。

 騒ぎが大きくなる前に去ったのだろう。

 直義も帰ろうとしたが、ふと思いだして足を止めた。

 両脇の壁の向こうは、今はもう静まり返っている。

 直義は正面を向いたまま、誰にともなく声を張り上げた。


「ご助勢、感謝する!」


 六波羅の兵達が不思議そうに直義を見つめた。

 次の瞬間、道の両側から


「わあっ!」


 とたくさんの声が上がった。

 訳が分からず辺りをきょろきょろ見回す兵士達をしり目に、直義は一人微笑んだ。

 歓声はすぐに止んだが、歩き始めた直義の上から、花が一輪落ちて来た。

 反射的に受け止めた名も知らぬ花は、月光に照らされ、見たことのない程、美しい白色に輝いていた。


「悪くない」


 直義は一言つぶやくと、花を袂に入れ、六波羅への道を辿った。







―――――――――――――



…七章終了です~

…やはり色っぽい話にはなりませんでしたな~(゜゜)




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