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第六章 将軍親王 1.

1.


 一三三三年六月五日、後醍醐天皇が帰京した。

 これに先立ち、五月二十五日には、船上山から光厳天皇を廃する詔を出し、年号を『正慶』から『元弘』に戻していた。

 天皇の御座所たる宮城は、戦の爪痕が濃くまだ修繕中である。

 後醍醐帝はひとまず仮の内裏に入ったが、落ち着いて早々に高氏を呼び出した。


「此度の働き、真に大儀であった。これよりも朕の元で、忠勤に励んでほしい」


 後醍醐帝は終始上機嫌で、御簾も下げず、親しく言葉を掛けて来た。

 高氏は恐れ入ったように、何度も頭を床に付けた。

 直義も後ろに控えていたが、初めて見た後醍醐帝は、なんとも掴みにくい人物だった。

 姿が堂々とした偉丈夫のせいか、場を圧するような威厳があった。

 何より向けられる眼に、光厳天皇や上皇方にはなかった、底光りするような強い輝きが感じられた。


(なるほど、並みのお方ではないな)


 己の定めに逆らい、幕府を呪い兵を挙げ、島に流され……万難を排し帝に返り咲いたのだ。並であるはずがない。

 尊崇に値する執念だと、直義も思った。


(ただ、声が……)


 普通に話しているのに、どこかねっとりと絡みついてくるようで慣れなかった。

 御前から開放された時に、直義は思わずという風に、服の上から腕を払っていた。

 できればこの先、あまり関わり合いたくない相手だった。


「素晴らしいお方だった……!」


 六波羅に帰る道すがら、感極まったようにもらす高氏に、直義は


「尋常の御方ではありませんな」


 と返した。


「おまえもそう思ったか。そうか、そうか」


 高氏は満足したように、何度も頷いた。


「お会いできてよかったですね」


 直義としても、久しぶりの兄の上機嫌に水を差す気はなかったが、何気なく別の方向へ水を向けてみた。


「……もっとも私には、宮中の女御殿のほうが目の保養でしたが」


 高氏は「おぉ!」と乗ってきた。


「帝を前に不謹慎なと叱咤せねばならんところだが、確かに三位局様はお美しいお方だったなあ」


 兄弟は目を合わせ、にやりと笑った。

 三位局――後醍醐帝の寵姫、阿野廉子あののれんしは、高氏を一目見たいと帝の傍らに侍っていた。

 廉子は既に三人の皇子を産んでいるが、まだまだ若々しく美しい。

 たおやかなその姿はとても、過酷な島流しに耐えられるようには見えなかった。


(芯の強い女性なのだろう)


 他にも千種忠顕、北畠親房など、後醍醐帝の側近もこぞって出揃っていたが、足利の兄弟に向けられる視線は、必ずしも好意的なものばかりではなかった。

 そのせいか直義には、柔らかい微笑みを絶やさず、後醍醐帝に寄り添っていた廉子の印象がより鮮やかに残っていた。


「一つ残念だったのは、楠木殿にお目にかかれなかったことだな」


 千早城での戦を、大勝利でおさめた楠木正成は、船上山から降りてきた帝と合流し、一緒に京に入ってきていた。

 出迎えの際、直義もその姿を見ていたが、思っていたより小柄で、温和な風貌に驚きを隠せなかった。


(これが幕府軍十万を寄せ付けなかった男か……)


 隣を伺うと高氏も驚いたように目を見開き、正成を見ていた。

 正直、鬼神のような姿を想像していた直義は声をひそめて、高氏に話しかけた。


『人は見かけによらぬものですな』

『真にな……是非、話を聞きたいものよ』


 感に堪えないという面持ちで高氏は頷いた。

 正成の側に、弟であるという正季の姿は見えなかった。


(戦も終わったし、またどこかを歩いているのかも知れんな)


 正季が本当に正成の弟だという証は、まだ立っていなかったが、帝や西の豪族の話など、正季の情報には助かった部分が多かった。


(戦のねぎらいを兼ね礼を言いたかったが)


 直義はその場で、正成やその軍の人間に、正季のことを尋ねるのを早々にあきらめた。

 正季のことだから、また向こうから尋ねて来るだろうと思ったのである。







―――――――――





新章はタイトル通り、西の話の主役が出てきます。


…ご意見ご感想お待ちしております。


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