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1333  作者: 干支ピリカ


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第五章 紅蓮の途 3.

3.


 足利軍は、四月の終わりに丹波、篠村八幡宮に入った。

 まだ未明だったにも関わらず、各地から駆けつけた源氏の兵で、辺りは、はちきれんばかりの熱気に包まれていた。


「壮観ですな……」


 感心しているというよりは、どこか呆けているように師直がつぶやいた。

 八幡宮の禰宜の先導で、高氏の軍が奥へ入っていくと、方々から歓声が湧いた。


「およそ一万の兵が集まったようです」


 各軍からの報告を受けていた憲房が、高氏に告げる。

 この先も増えていきましょう――の言葉に、師直が皮肉に付け加えた。


「勝てば、ですな」


 小声だったので、直義にしか聴こえなかったろう。


「負けると思ったら戦などせん」

「道理ですな」


 集まった兵に向け、今度は高氏もいちいち士気を鼓舞するような言葉はかけなかった。

 社殿の前に来ると、高氏は直義に白い布を寄越した。

 広げると旗である。白は源氏の旗印だ。

 頼朝公の血筋が絶えた後、北条を恐れ、すべての戦場から消えた旗だった。

 思わず師直を振り向くと、師直は驚いて首を大きく横に振った。


「これは……? 兄上が用意していたのですか」

「いや」


 否定した高氏の口元が歪んで、笑みの形を作る。


「出陣に際し、得宗殿が餞別に寄越したものだ」


 直義は旗を握り締めて絶句する。

 思い返せば、鎌倉を出るにあたって幕府へ寄った際、確かに高時が高氏に何か渡していた。

 

(あの時の品はこれか!)


 高時がどんな気持ちで、白の旗布を用意させたのか、考えるだに複雑な感情が頭と腹で渦巻いた。


(仮にも武家が、源氏の旗印を知らぬわけはあるまい……)


 側にいた憲房も師直も、顔から血の気が引いていた。

 ただの皮肉か、的外れな好意か、それとも挑発か測り兼ね、動きが止まった直義を、高氏は静かな口調で促した。


「直義、源氏の旗を揚げよ。……ただの布だ。噛み付いたりはせん」


 噛み付きはしないでも、呪われるかもしれない――この場にいた、高氏以外の者は皆そう思ったに違いない。


(いや、元より呪われるのは覚悟の上だ)


 直義は高氏に一礼して、白い旗を竿に通すと、高々と揚げた。

 場が徐々に静まっていく。

 旗の意味に気づいた者から口を閉じ、食い入る様に白い布を見つめていた。


「南無八幡大菩薩、ご照覧あれ……」


 高氏は地の底から響いてくるような重い声で唱えると、兵達に背を向けたまま、右手を空を指すように真っ直ぐ振り上げた。


「あれにはためくは、我ら源氏の白旗!」


 突然、高氏が大きく張り上げた声に、うおぉぉー!と一万の獣のごとき咆哮が呼応し、大地を揺るがした。


 「いざ出陣じゃ。敵は六波羅。北条ぞっ!」


 殆ど言葉を成さない唸り声の逆巻く中、高氏は素早く馬に乗って駆け出した。

 他の者もあわてて騎乗し、高氏の後を追う。

 こうして一万余りの兵は、怒涛の勢いで京を目指した。





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