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第四章 決別の朝 3.

3.


 三日後、再び幕府の呼び出しがあり、高氏は『妻子を鎌倉から出す事あたわず』との命を受けた。

 直義には予想通りの幕府の反応であったが、家臣達は


『それでは人質ではないか!』

『これまで百数十年幕府に尽くした足利を、信じられぬと言っておるのだ!』


 等と口々に北条を罵った。

 思案顔だった高氏は、皆が静まるのを待って、おもむろに口を開いた。


「それが幕府の意向とあれば、是非もない」


『そのようなことではますます幕府に』『それではあまりにも……』――再び湧きかけた場へ、高氏がぼそりと付け加えた。


「これが幕府の態度であれば、いたし方あるまい……?」


 どこか重い響きを持つ言葉に、皆が静まった。

 何が『いたし方ない』のか? 幕府の態度か? それに足利が従うことか? それとも……この先のことか、色々と深読みのできる言葉だった。


『あくまでも悪いのは暴虐非道の幕府であって、それを討つ足利ではない』


 日ごろから、高氏が密かに、周りに浸透させてきた大義名分だ。

 周囲よりも、むしろ自身に言い聞かせるために唱えてきたのかもしれない。

 その甲斐もあってか、おそらく今の足利内部に、倒幕を畏れ多く思う者はごくわずかだろう。

 家臣が下がった後、一人その場に残った直義は、気だるげに床をにらみつけている高氏の傍に寄って膝をついた。


「ご安心ください、兄上。私に策があります。義姉上と千寿は、必ず鎌倉から落とします」


 高氏は顔を上げ、鬱屈したものを抱え込んだ目で、直義の顔をのぞきこむようにして見た。

 眉間の深い皺が少し和らいだ。

 高氏は目を細めて、ふうっと息を吐いた。


「お前に頼ってばかりの情けない兄だな……」

「なにをおっしゃるやら。我らは、天にも地にも唯一人の兄と弟です。私が兄上を助けないでどうしますか」


 高氏はようやく口の端を上げ、直義の肩に手を置いた。


「ああ、そうだな。父上もおっしゃっていたな、二人で支え合えと」


 直義にとって、『兄を助けよ』との父の言葉は、生涯懸けた誓いであり、それゆえ消えぬ呪いでもあった。


「私とお前あっての足利ぞ」


 肩に置かれた手から伝わる熱は、心地よくもあったが重く暑苦しくもある。

 直義は黙ったまま目を伏せ頷いた。



 出陣を明日に控え、高氏は必勝祈願と称して仏堂に閉じこもっていた。

 既に登子と千寿王は、実家である赤橋守時の館に戻っていた。

 侍女や小者も出来る限り減らした館の中は閑散としていた。


「第二陣として、我らと名越殿が出陣すれば、鎌倉の守りは文字通り薄くなる。空になると言っても良いくらいだ」


 館の奥、もはや声を潜める必要もない直義と師直の前には、関東から関西までの絵図が広がっている。


「代わりに西の守りは厚くなりますな」

「そうだ。まず六波羅を足利が内側から崩す」


 直義は閉じた扇の端で、たんっと京を指した。

 既に、千早城の正季には出陣の日付を送ってあった。

 また、伯耆の後醍醐帝へは高氏から、内々に味方する旨を知らせてある。


「六波羅に残る者達だけなら、足利のみでも堅かろう。だが千早城に派遣されている兵が戻ってくれば危うい」


 四方に開かれた京は、攻めやすく守りにくい土地だった。


「攻城の兵が京へ戻るために背を見せれば、楠木軍には絶好の機会です。たやすく逃がしはしないでしょう」


 戦上手の正成なら、異変を感じてすぐにも行動を起こすだろう。


「他にも播磨の赤松や、後醍醐帝を守りながら上洛を目指している名和などにも、足利の計画はそれとなく伝わっているはずだ」


 そのあたりは帝の側近、千種忠顕が差配していると高氏から聞いていた。


「なるほど。これで京は詰みますな。ですが北条はいかが致します? 鎌倉に篭られては厄介ですよ」


 鎌倉は京とは逆に、守りやすく攻めにくい土地だった。


「そこで新田だ」


 直義は扇の端を、鎌倉の上方にある上野国に合わせた。 


「新田勢は今、主人の病気と称して、千早城から新田荘に戻っている」

「考えられましたな。新田荘からならば、充分鎌倉を伺えましょう」


 ただ……と、師直は顔をしかめた。


「新田殿のみで、鎌倉が攻められましょうか?」


 師直の懸念は無理もなかった。

 幕府は新田を、ただの貧窮した田舎者としか思ってない。

 その証拠に、当主の義貞が千早城から領地に戻ったことは届けが来ただけで、話の種にもしていなかった。

 実際、そのような扱いでも仕方ない程、新田氏のお家事情は切迫している。


「やってもらうしかないな」


 全てを承知で、直義はきっぱりと言った。


「腐っても足利同様、義家公の血筋だ。新田が立てば、関東には呼応するものも出てこよう」


 未だ疑わしい顔をした師直に、直義は皮肉な笑みを浮かべて告げた。


「それに、師直。俺は千寿を新田に預けようと思う」


 師直のぎょろりとした目が、落ちそうなほど大きく開かれた。






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