第三章 悪党の縁 2.
2.
直義はふうっと息を吐く。完全に信用したわけではなかったが、手にした刀はとりあえず脇へ置いた。
「迷惑な奴らだな。こっちは必死だってのに」
顎に手を当てた男は、人の良くない笑いを浮かべて直義を見た。
「だからこそ面白いんだろうよ。あんたも肩肘張っていると、また絡まれるぞ」
不意に、昨日の禅師の言葉が直義の耳に蘇る。
「俺の……何が、あの連中を引き寄せるって?」
直義の訝しげな声に、男は目を瞬かせたが、すぐに
「あぁ、夕べの話か」
と、合点がいったように頷いた。
「御所だと陰陽寮で星を見ているが、他にも、例えば天狗のような異形連中にも、星見に長けたものがいる」
御所には、天空の星を読んで暦を作り、災害の予想をする、陰陽寮という組織が存在する。
だが神官や僧侶にも似たような仕事をする者はいるので、星を読む知識が民間にあってもおかしくはない。
「生まれる時に空に輝く星で、その者の定めを読むというのは聞いたことがあるか?」
「絵巻物に出てくる程度にはな」
高氏・直義兄弟の母、清子は、京の上杉氏の出身だった。
清子の一族が鎌倉へ下る際、京から運んできたものを中心に、足利の家には書庫と言って良いほどの、漢籍や物語、絵巻物が豊富にある。
男は「それだよ」と頷いた。
「星見が見た、あんたや、あんたの兄上の頭上にあった星は、多少騒がしい光を放ってたんじゃないか? 変わった星を持つ奴の周囲には、大小さまざまな事件が起こると言われている。だからにぎやかしに目を付けられる」
見てきたように語ると、男は直義を見て、また口元に笑みを浮かべた。
「禅師の言っていた『花』というのは、また別だと思うがな。それは次に会った時にでも、ご本人に聞いてみればいい」
星と言われても、胡散臭さが先立つ。
元より、足利の跡取りと、その弟だ。
しかもこのご時勢、平穏な生き方が出来るとは、直義も思ってはいないが……
「初めから、己の先が決められているって話は、気に入らないな」
眉を寄せて不機嫌につぶやいた直義に、男は宥めるように話す。
「全部が全部、決まっている訳じゃあない。星が示すのは、あんたの生まれや周りの状況、そんな外側だけだ」
それに……とつぶやき、男は空を見上げた。
日はまだ高い。
空はどこまでも薄青く晴れ渡っていたが、男は未だそこに見えていない星を探すように目を眇めた。
「星は常に動いている。今この時にも、状況は変化しているかもしれないさ」
「それじゃあ『定め』じゃないだろう」
「だからそう言っているだろ?」
男は視線を直義に戻して、片頬を上げた。
「ただ、星の引力は強い。星に引き摺られ、運、不運を『定め』とするかどうかは、当人に拠るところが多いんじゃないか?」
熱い語りではないが、引き込まれる。
直義は改めて、目の前の男を見つめ直した。
「詳しいな。お前も星を読むのか?」
男はひらひらと手を横に振った。
「俺のは受け売りだ。読むのは姉だ……卯木という」
直義の眉がおやっ?と動いた。
「何だ、姉上の名前を騙ったのか?」
「氏にも聞こえるのでよく借りる。兄の名は借りられぬしな……」
意味ありげな言葉に、直義は引っ掛けられたと感じたが、躊躇するほどのこととも思えなかった。
「兄上の名を聞いていいか?」
目の前にいる『弟』は軽く頷くと、面白そうに目を細め、口の端を上げた。
やがて聴こえてきた声は、今までのものとどこか違って芝居がかっていた。
「兄の名は正成という」
直義はゆっくりと目を見開いて、男を見た。
「河内の楠木正成。足利のご舎弟殿には、ご存知のお名前か?」
直義の耳にホオジロの鳴き声が聴こえた。
どこか遠かったので、庭でなく、壁の向こうからだったかもしれない。
(楠木正成の名を知らぬ者が、この鎌倉にどれだけいるだろう?)
直義は天空の星々が動いたように感じた。