表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/55

第三章 悪党の縁 2.

2.


 直義はふうっと息を吐く。完全に信用したわけではなかったが、手にした刀はとりあえず脇へ置いた。


「迷惑な奴らだな。こっちは必死だってのに」


 顎に手を当てた男は、人の良くない笑いを浮かべて直義を見た。


「だからこそ面白いんだろうよ。あんたも肩肘張っていると、また絡まれるぞ」


 不意に、昨日の禅師の言葉が直義の耳に蘇る。


「俺の……何が、あの連中を引き寄せるって?」


 直義の訝しげな声に、男は目を瞬かせたが、すぐに


「あぁ、夕べの話か」


 と、合点がいったように頷いた。


「御所だと陰陽寮で星を見ているが、他にも、例えば天狗のような異形連中にも、星見に長けたものがいる」


 御所には、天空の星を読んで暦を作り、災害の予想をする、陰陽寮という組織が存在する。

 だが神官や僧侶にも似たような仕事をする者はいるので、星を読む知識が民間にあってもおかしくはない。


「生まれる時に空に輝く星で、その者の定めを読むというのは聞いたことがあるか?」

「絵巻物に出てくる程度にはな」


 高氏・直義兄弟の母、清子は、京の上杉氏の出身だった。

 清子の一族が鎌倉へ下る際、京から運んできたものを中心に、足利の家には書庫と言って良いほどの、漢籍や物語、絵巻物が豊富にある。

 男は「それだよ」と頷いた。


「星見が見た、あんたや、あんたの兄上の頭上にあった星は、多少騒がしい光を放ってたんじゃないか? 変わった星を持つ奴の周囲には、大小さまざまな事件が起こると言われている。だからにぎやかしに目を付けられる」


 見てきたように語ると、男は直義を見て、また口元に笑みを浮かべた。


「禅師の言っていた『花』というのは、また別だと思うがな。それは次に会った時にでも、ご本人に聞いてみればいい」


 星と言われても、胡散臭さが先立つ。

 元より、足利の跡取りと、その弟だ。

 しかもこのご時勢、平穏な生き方が出来るとは、直義も思ってはいないが……


「初めから、己の先が決められているって話は、気に入らないな」


 眉を寄せて不機嫌につぶやいた直義に、男は宥めるように話す。


「全部が全部、決まっている訳じゃあない。星が示すのは、あんたの生まれや周りの状況、そんな外側だけだ」


 それに……とつぶやき、男は空を見上げた。

 日はまだ高い。

 空はどこまでも薄青く晴れ渡っていたが、男は未だそこに見えていない星を探すように目を眇めた。


「星は常に動いている。今この時にも、状況は変化しているかもしれないさ」

「それじゃあ『定め』じゃないだろう」

「だからそう言っているだろ?」


 男は視線を直義に戻して、片頬を上げた。


「ただ、星の引力は強い。星に引き摺られ、運、不運を『定め』とするかどうかは、当人に拠るところが多いんじゃないか?」


 熱い語りではないが、引き込まれる。

 直義は改めて、目の前の男を見つめ直した。


「詳しいな。お前も星を読むのか?」


 男はひらひらと手を横に振った。


「俺のは受け売りだ。読むのは姉だ……卯木うつぎという」


 直義の眉がおやっ?と動いた。


「何だ、姉上の名前を騙ったのか?」

うじにも聞こえるのでよく借りる。兄の名は借りられぬしな……」


 意味ありげな言葉に、直義は引っ掛けられたと感じたが、躊躇するほどのこととも思えなかった。


「兄上の名を聞いていいか?」


 目の前にいる『弟』は軽く頷くと、面白そうに目を細め、口の端を上げた。

 やがて聴こえてきた声は、今までのものとどこか違って芝居がかっていた。


「兄の名は正成という」


 直義はゆっくりと目を見開いて、男を見た。


「河内の楠木正成。足利のご舎弟殿には、ご存知のお名前か?」


 直義の耳にホオジロの鳴き声が聴こえた。

 どこか遠かったので、庭でなく、壁の向こうからだったかもしれない。


(楠木正成の名を知らぬ者が、この鎌倉にどれだけいるだろう?)


 直義は天空の星々が動いたように感じた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ