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本編後 小さな勘違い

 厚い雲に隠された月が朧気に輝く静かな夜。

 子供が起きていれば間違いなく親に叱咤されるような真夜中だが、それは規則正しい生活を心掛けている公爵家においても同じであった。

 強化した見回りの護衛を除けば、使用人でさえも寝台で夢を見る時間だということもあり、護衛が過ぎ去った誰もいない廊下は静寂に包まれていた。

 しかし、今宵に限ってそれは破られる。

 カツリ、カツリと頼りなさげに真っ暗な廊下を突き進むのは、リタサナ家きっての問題児、10歳の少年ウェルファである。 

 長年の誤解がとけて打ち解けた5歳年の離れた兄とは、前の関係がウソだったかのように良好な兄弟関係を築いている。一番構って欲しかった時期に兄と距離があったため、その反動が今に返ってきている彼は誰もが認める兄馬鹿である。

 主人に懐く犬のごとく、ウェルファはルーセリトに多大な信頼を寄せていた。

 その一方で今度は父親との関係がよじれつつあるのだが、ウェルファにしてみれば知るかよの一言に尽きる。

 父が背中を丸めて落ち込んでいても、その横を鼻歌を口ずさみながら素通り出来るくらいには、彼の中で極めて優先順位の低い人物なのだ。

 ちなみに花々しい一位の座にぶっちぎりで君臨するのは、言わずもがなウェルファが尊敬してやまないルーセリトである。

 そこら辺の大人よりも冷静なルーセリトと違い、ウェルファはいい意味でも悪い意味でも、年相応で子供らしい感情豊かな少年であった。

 だからこそ、こうして喉の渇きを潤すために水を求めて歩いているのだが、真っ暗闇の中に一人という状況は恐怖心が煽られるものである。誰か呼べばいいものの、そこは彼のプライドが許さないのだからなんとも面倒な性格の持ち主である。

 不安そうに時々後ろを振り返って誰もいないことを確認してはホッとしたような表情を浮かべている。たがその歩みも、角を曲がった瞬間にぴたりと止まった。

 壁の右側。ルーセリトの自室へと繋がる扉から、うっすらと光が漏れていたのだ。

 まさか兄がまだ起きているのかと驚くウェルファだが、その顔からは隠すことの出来ない喜色が滲み出ている。

 心なしか歩調を早めて扉の前まで行くと、小さな手で二、三度ノックをした。


「はい。どうぞ」


 中から聞こえた返事は、まぎれもなく兄の声である。そろりと扉を開けて見れば、ウェルファの姿を目にして些か驚きの表情を浮かべるルーセリトが寝台に上体を起こした姿で彼を出迎えた。

「兄貴!」

「ウェルファ、どうしたんだこんな時間に。何かあったのか?」

 たたっと駆け足で寄ってきてベッドに乗り上がったウェルファを心配そうに受け止めるルーセリトだが、弟の笑っている顔を見て、その心配は奇遇だったようだと認識を改めたのか、くは、と気の抜けた笑い声を小さく漏らした。

「喉がかわいちゃって起きたんだ。兄貴も起きるとは思わなかった」

「さっきまで読書をしてたんだ」

「読書? なんの本?」

「ちょっとした勉強だよ」

 苦笑地味ながらのルーセリトの言葉にウェルファは目を丸くした。

 勉強。こんな時間まで、勉強。

 自分にはとてもじゃないが無理な話だ。剣術はともかく、勉強はウェルファにとって決して好きとは言い難いものなのだから。むしろ嫌いの分類に入るだろう。

 それを、こんな時間にも関わらず兄は読書と言って勉強をしていたのだ。

「すげえな。俺だったら頭が固くなって逆に馬鹿になっちまう」

「ははっ。それは困るな。ある意味、お前は既に馬鹿っぽいところがあるし」

「え?!」

 馬鹿っぽいってどういう意味だとウェルファがぶつぶつ言い始めるのを横目で見て可笑しそうに笑ったルーセリトは、すぐ傍にある小さな丸テーブルの上にある水さしとコップを手にとって入れると、難しい顔をしているウェルファに差し出した。

 きょとんとしていたウェルファだったが、ルーセリトの意図が分かると礼を言って嬉しそうに水を飲み干す。

「一人で部屋に戻れるか?」

「あ、と。うん。大丈夫」

 目線を泳がせながらも頷いてみせる。あまり自分の我が儘でルーセリトに迷惑をかけたくない。さっきまで勉強していたならば、尚更だ。

 気のせいでなければ、ルーセリトは少しげっそりとしているように見える。早く彼を休めるためにも、自分は部屋に戻った方が良さそうだ。

「じゃあおやすみ、兄貴」

 軽く手をふって出て行こうとするウェルファの背に、穏やかなルーセリトの声がかけられた。それを無視する選択など、ウェルファの中には存在しない。これが父親なら見向きもしないのだから、あからさまな態度の差である。

「なに?」

「丁度気分転換がしたかったんだ。ついて行こう」

 上着を羽織ってそそくさとこちらへ来るルーセリトの行動は、ウェルファにとって虚を突くものであった。

 ひょっとして、全てお見通しだったのだろうか。

 その考えは、ルーセリトの次の言葉で肯定されることになる。

「それにお前、恐がりだもんな」

 悪戯っ子のように目を細める兄の様子に、ウェルファはなんとも言えぬ恥ずかしさに苛まれたのだった。





 朝を迎えて目を覚ましたルーセリトは、昨晩のことを思い出しながら朝食をとるべく食卓へ足を運んでいた。

 ウェルファが来たことで読んでいた本は咄嗟に枕の下へ隠したからバレてはいないだろう。

 『子育ての基本~父親編~』なんて題名の本を見られてしまっては、我が家の父親の威厳も形無しである。

 いや、半泣きで助けを求めてルーセリトに相談する時点で既に威厳も何もあったものではない。

 これを読んでお前の意見を聞かせてくれと渡された本だが、俺にどうしろってんだというのがルーセリトの本音である。

 そもそもこんなものを長男に渡すこと自体が可笑しいのだ。とりあえず、ウェルファとの関係を改善したいと願うのならば、鬱陶しがられているのだから構わないようにすればいいとでも伝えようか。

 しかし、朝食の場で一方的にウェルファへ話しかけては総無視される父親を目にし、あんたなにやってんだよと呆れ果てるルーセリトであった。


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