謝罪
暗殺の件から三日。怪我のせいもあり高熱をだしていたルーセリトが、ようやく意識を取り戻した。父や母が安堵の涙を流す中、ウェルファは涙どころか鼻水涎を垂らして幼子のように泣き喚いていた。
これにはルーセリトも戸惑う。ウェルファは確かに癇癪を起こしやすい子供だ。しかしここまで露骨に、それこそ感情を爆発させたように泣く姿を見たのは初めてであった。
父や母が言葉をかけながら背中をさすってはいるものの、ウェルファが落ち着く様子は見られない。
ルーセリトが横たえる寝具に顔をうずめ、しゃがみこんだままくぐもった泣き声をあげ続けている。時折しゃっくりをしては、苦しそうに咳き込んでまた泣き声をあげるという繰り返しだ。
途切れ途切れによかったと言っているのが鼓膜に届くが、これにまたもやルーセリトは戸惑う。
俺、好かれてね?
ウェルファがルーセリトを好ましく思っていないことは、ルーセリトも十分承知している。ウェルファのためとは言え、常に冷たく突き放し、顔を合わせる度に厳しい言葉を投げかけてきたのだ。少なくとも、視界に入るなとまで言われるくらいには、自分は弟に嫌われているのだと思っていた。
少しは優しくしてあげてと、幾度なく両親に懇願されたが、ウェルファが変わらない限り、態度を変えるつもりはないと言い張ってきた。困惑の眼差しで可愛がってやってくれと訴えられても、甘やかし過ぎだと異を唱える。それに両親が揃って首を傾げるのだから、思わず天を仰ぎ脱力したものだ。ウェルファを甘やかしているという自覚が本人達にない以上、何を言っても無駄に思えた。自覚する時が来るとすれば、それは後悔を引き連れてのことだろう。
気付いた時には既に遅し。ウェルファはきっと、悪い方向にできあがっているのだから。
そうならないためにと行動してきたルーセリト。
ウェルファを甘やかす存在は幾らでもいる。だからこそ、厳しさのみを貫いて接してきたこの数年間だったが、自分のことでウェルファが泣く事態など想像もしていなかった。
「ウェルファ」
三日ぶりに出した声は、発した本人も驚くくらいに掠れていた。
それを耳にしたウェルファが勢いよく顔をあげる。
痛々しく腫れた瞼のせいで、普段の半分も目が開かれていない。
なんて顔だと言葉無くして驚くルーセリトをよそに、ウェルファは使用人が用意していた水差しを両手で握ると、ずいっと兄に差し出した。
未だにしゃっくりが止まらないウェルファの肩が、一定の間隔をおいて跳ね続ける。それに合わせて、水差しの中に入った水もちゃぷちゃぷと音を立てながら揺れ動いた。
驚きから覚めたルーセリトが、寝台に肘を立てて身を起こそうとするのだが、怪我と高熱後のだるさに苛まされている体では難儀なため、母の手を借りることでようやく体を起こした。
治癒魔法が存在しないこの世界での治療法としては、包帯と一緒に薬草を傷口に巻くというのが一般的な方法だ。それで処置出来ない程の深い傷は、専用の針で縫うこととなる。前者と後者、両方の処置が施されたルーセリトからは、薬草の独特な匂いが流れていた。動かしづらいと左肘の包帯を緩めれば、露わになる縫い跡。
肉は盛りあがり、その部分だけ肌の色が赤黒く変化している。まるで、蛇が肌の上を這っているような有り様であった。そんな傷をまじまじと見つめて、他人事のようにグロいなと心中で呟くルーセリト。
水を貰うべくウェルファに視線を移して、弟の違和感に気づいた。いつの間にかに、彼のしゃっくりが止まっていたのだが、それはいい。ただ、しゃっくりどころか、動きも止まっているではないか。
ひょっとして息すらも止まっているんじゃないかと心配になるくらい、微動だにしない。
腫れた瞼のせいで分かりづらいが、どうやら目も見開いているらしい。
そんなウェルファが凝視している先にあるのは、ルーセリトの腕。厳密に言えば、ルーセリトの腕に残る赤黒い縫い跡だ。
「ウェルファ?」
喉の渇きよりも弟の方が気がかりになり、掠れた声でウェルファの名前を呼んでみるのだが、一向に反応が返ってこない。両親も心配そうに呼びかけているが、それでもウェルファは反応をしない。
「おい、ウェル…」
「俺のせい、で」
くたりと力の抜けたウェルファの手から、水差しが零れ落ちる。そのまま床と衝突し、周囲に冷たい水が飛び散った。
俺の飲料水がとルーセリトが思う暇もなく、ウェルファがあらん限りの声で叫んだ。
「ごめんなさい!!!」
次話で最後になります。




