馬鹿な子ほど可愛い
ルーセリト→15歳
濃紺の髪に蜂蜜色の瞳
ウェルファ→10歳
濃紺の髪に新緑の瞳
ウェルファには、五つ年の離れた兄がいる。
名前はルーセリト。
彼は、周囲の大人が思わず唸ってしまうほどに賢い子供であった。ウェルファも勉強はかなり出来る方だ。しかし、ルーセリトはただ勉強が出来るから賢いと言われているわけではない。人間として賢いからこそ、周囲が唸るほどの知恵を絞り出すことが出来るのだ。
その知性に溺れることもなければ、傲慢に振る舞うようなこともない。使用人にも気配りをし、常に朗らかな笑みを浮かべている。
それを遠くから見つめていたウェルファは、眉間に皺を寄せながら拳をきつく握りしめた。
ルーセリトは屋敷内でも優しいと評判だが、ウェルファにはそれが信じられなかった。なにせ、兄はいつもウェルファに対して厳しく当たり、冷たい目で弟を見据えてくるのだ。
褒められたことも、笑顔を向けられたこともない。
優しくしてもらったことだって、ない。
──俺のことが、嫌いなんだ。
いつしか、ウェルファはそんな風に思うようになっていた。
なんで褒めてくれないの。
なんで笑ってくれないの。
なんで、そんな目で俺を見るの。
寂しい。悲しい。悔しい。それらの感情は怒りへと変化し、ウェルファはルーセリトに怒鳴り散らすようになった。周りからちやほやされて育ってきたせいか、ウェルファは自分に非があるなど爪の先ほども思わなかったのだ。
無論、兄から返ってくるのは冷たい言葉と、変わることのない冷たい目。けれど、そんなルーセリトのことを怖いと感じたことは一度もなかった。ウェルファはそれに気付かない。気付けるほど、彼はまだ大人ではなかった。
ルーセリトが、ただの一度も、ウェルファに敵意を向けたことがないと言う事実にだって、気付けなかったのだ。
日中に昼寝をし過ぎたせいで、夜なかなか寝付けないウェルファ。真夜中になればなるほど目が覚めていく。
これはどうしたものかと意味もなく部屋をふらりふらり。こんな夜中に起きている者などいないだろう。暇で暇で仕方がない。
その時、何か鍵を開けるような音が部屋に響いた。
咄嗟にウェルファが振り向くと、閉まっていた筈の窓が開けられている。月明かりに照らされたそこには、全身を黒いローブで覆い隠した長身の人間がいた。
男か女かも分からない。けれど、生まれて初めて本気で浴びる殺気に、ウェルファの警戒が強く働く。
こいつは危ない。
逃げなければと思うのに足は頼りなく震えるばかりで動いてくれない。助けを呼ぼうと声をあげたくとも、真っ青に染まった唇から零れるのは声になり損ねた荒い息ばかり。
ウェルファは今、完全に恐怖に支配されていた。
頭を占めるのは暗殺という二文字。相手が一歩ウェルファに近づいてくる度に、浴びせられる殺気も濃く鋭くなっていく。
うまく働かない頭では、魔法で撃退するという方法ですら彼方に追いやられていた。なのに、常日頃兄に言われていたことだけは鮮明に蘇る。
『このままじゃお前、大変なことになるぞ』
相手は何も喋らない。それでも手に握られた刃物が、これから何をするのかを雄弁に語っていた。
すぐ目の前まで距離を詰められ、いよいよ相手が腕を大きく振り上げる。
もう駄目だとウェルファが強く目を閉じるのと同時に、部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
「ウェルファ!!!」
自分を呼ぶ、切羽詰まった兄の声。
ルーセリトが放った魔法により暗殺者は壁に投げ飛ばされた。
「ウェルファ、怪我は?!怪我はないか?!」
「あに、き」
ウェルファを見たルーセリトは、泣きそうな顔になりながらウェルファを強く強く抱きしめた。兄に、あの、いつも自分に冷たかった兄に、抱きしめられている。ウェルファにとって、それはかなり衝撃的だった。そりゃもう、恐怖が一瞬にしてぶっ飛ぶくらいには。
しかしルーセリトはすぐさま体を離すと、立ち上がった暗殺者からウェルファを守るようにして背に隠した。
「俺がなんとかするから、お前は誰か人を呼んでこい」
「で、でもそしたら、兄貴が」
「大丈夫。だから、行け」
ルーセリトは不安に狼狽えるウェルファを振り返り、笑った。
「にーちゃんに任せろ」
それから駆けつけた者とウェルファが目にしたのは、破壊された家具や壁と、血みどろになって倒れている両者だった。
弟が襲われているのを夢で見て飛び起きる兄。
まさかと思って駆けつけてみれば本当にまさかだったという。
ブラコンなお兄ちゃんです。