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第51話 キッチンタイマー

作者: 山中幸盛

 長編アニメ「風立ちぬ」が本年七月二十日から公開され、大ヒット上映中の九月六日に宮崎駿監督が引退を表明した。「今回は本気」と語る笑顔が、とてもチャーミングだった。

 ところで、この映画の中における喫煙シーンについて、NPO法人・日本禁煙学会が制作者に対し、八月十二日付で要望書を提出して波紋を呼んだ。


①『風立ちぬ』は、一七七カ国以上が批准している「タバコ規制枠組み条約」内の、あらゆるメディアによるタバコ広告・宣伝の禁止に違反している。

②肺結核で伏している妻の手を握りながら喫煙するシーンは問題である。

③学生が「タバコくれ」と友人にタバコをもらう場面などは未成年者の喫煙を助長し、「未成年者喫煙禁止法」に抵触する恐れがある。

 と指摘し、「映画制作にあたってはタバコの扱いについて、特段の留意をされますことを心より要望いたします」と締めくくっている。(YAHOO!JAPANニュースより)


 この要望書が発表されたことをきっかけに議論が噴出したらしいが、幸盛も実は愛煙家である。それゆえに、宮崎駿監督とジブリ首脳は「タバコ規制枠組み条約」を知らないはずがないから、あえて喫煙シーンを取り入れた理由はいったい何だろう、などと傍観者然としていられる。

 ちなみに、幸盛の息子四人は平等に赤ん坊の時から父親がふかすタバコの煙の中で成育したにもかかわらず、そのうち喫煙しているのは長男だけである。ゆえに、受動喫煙の弊害問題はさておき、反面教師ということもあるので、そう目くじらを立てることもあるまいに、と幸盛は思う。


 喫煙は百害あって一利なし、という標語は幸盛も知っている。年に一度の健康診断では必ず血圧測定でひっかかり、

「少し高めだから深呼吸してもう一度計り直しましょう」

 と、看護師に十年以上言われ続けているからだ。計り直してギリギリセーフ、という綱渡りで今日まで生きてきて、どうにかまだ血圧を下げる薬を服用せずに済んでいる。

 しかし、還暦を迎え、タバコの値段が一本あたり二十円五十銭に値上がりし、本年四月から嘱託職員になって収入が激減したので一念発起して、いきなり禁煙は無理だから節煙を試みることにした。

 まず、夕食の支度をする際に、米を研ぎ終わったら吸いたくなり、味噌汁を作り終わったら吸いたくなり、にんじんジャガイモ玉ネギの皮をむき終わったら吸いたくなるという具合なので、タバコは台所に持ち込まずに二階のパソコン机の上にだけ置くことにした。

 次に、マイカーで片道一時間かけての通勤なので、信号で止まるたびにタバコが吸いたくなるから仕事に持っていくことを止めた。通勤だけで十本以上減らすことができたのだが、その反動で家に帰ってから立て続けにパカスカ吸ってしまう。そこで思いついたのがキッチンタイマーだ。

 楽天市場で買った単4乾電池を使うヤツはパソコン机の上に置き、近所の百円均一ショップで買ったヤツは長距離ドライブ用で、二つとも一時間で鳴るようにセットした。長距離ドライブをすることは滅多にないが、交際している女性が遠方にも仕事を得てアパートを借りたので、彼女の事情で愛知県に帰らない週が続く場合などに、幸盛の方から愛を確かめに行くことになる。

 家でパソコンに向かっている時に吸いたくなってタバコに目をやるとその横でキッチンタイマーが時を刻んでいる。まだまだだ、ピピピッと鳴るまでガマンしろ。幸盛は「チッ」と軽くいなし、決してムキにならないよう理性で己をコントロールする。恋愛と同じで、のぼせ上がってしまうと自分を見失うことになるからだ。

 さて、その努力の結果だが、幸盛の意志は強固なので確実に成果を上げている。半年ほどが過ぎた現在、タバコの量はそれまで一日三十本以上吸っていたのが十本ほどで済むようになったので、金額に換算すれば月に一万二千円も節約できていることになる。

 ところで、一人でいる時は自分との戦いだけで済むが、愛煙家の彼女と一緒にいる場合は勝手が違ってくる。


 彼女がタバコに火をつけたので幸盛もタバコが吸いたくなる。しかしここは辛抱だ、タバコの上に乗せたキッチンタイマーを見るとあと二十三分四十五秒待てと表示している。

 彼女は幸盛にニッコリ微笑みかけ、タバコの煙をわざと幸盛の顔にフッと吹きかけてくる。くそっ、なんて意地の悪い女だ、お前は悪魔か、オレを高血圧で殺す気か。

「ねえ、あと何分で鳴るの?」

「二十二分と五十五秒」

「ふーん」

 その七秒後、彼女はこれ見よがしにタバコをくわえ、煙を肺の奥深くまで吸い込んで旨そうに味わった後、再び幸盛の顔をめがけてふうーっと吐き出して愉しそうに微笑む。 

「ねえ、あと何分?」


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