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2098年、21世紀も間もなく終わろうかというこのころにも「ゲームセンター」というものは残っていた。
かつては不良の溜まり場と称され、一部のジャンルのゲームが大きなブームを呼んだこともあったがそれも遠い昔、20世紀の話であり、21世紀に入ってからは暗い雰囲気で寂れた空気を漂わせる小さなゲームセンターは瞬く間に消えていった。
今の時代にあるのは大きなゲームメーカーが経営するようなところばかりとなってしまっている。当然ながら金回りが良く大衆受けも良いUFOキャッチャーやプライズ品が主流だ。だが昔ながらのSTGや格闘ゲーム、そういった「ニッチ」なジャンルが消え去ったかといえば、そんな事はなかった。今でもこれらのジャンルはレトロゲームコーナーだけにとどまらず、新作も出続けている。その理由は、ある技術がアーケードゲームにも利用され始めたからだ。
VR技術――――仮想現実の世界を実体のように見せて入り込むこの技術が現実となったのだ。自分の目でゲーム内世界を見ることのできるこれはグラフィックの進化の極致とも言える。今のところはまだ家庭に置けるようなサイズではないが、ゲームセンターではいち早く導入されたのだ。今のそこらの家庭用ゲームでは太刀打ちできないだろう。
そして、そのVR技術を最大限に活かしたゲームが、一年前に稼働を開始した。
《ユーザーデータの照合、完了しました。それでは、『マシン・アーツ』をお楽しみ下さい》
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「(データの保存方法は、未だにICカードなんだよな…時代が変わっても、そこは変わらないってことかねぇ…)」
青年は頭の中でそう思いながらも目の前にある独特の流線を描く箱のような大きめのアーケード筐体の入り口を開ける。中は薄暗くも、計器のようなもののほのかな光があることは分かる。シートにも見えるイスに座るとクレジットとして500円を筐体内の右手にあるコイン投入口に入れたあと、ゲーム画面となるVRヘルムをすっぽりと被る。21世紀前半の若者と大差ないラフな服装と機械的なヘルメットの組み合わせは例えるなら味噌汁にチェリーパイが並ぶように不似合いで見た目にも間抜けに見えるが、これを映像や写真に記録することは誰もやってはいないしやらずとも近未来の大きなイメージを壊してしまうことだけは確実でやることが恐ろしく思われている。ネットの巨大掲示板のスレッドにおいてそういった画像を貼ると「グロ画像貼んな!」というリアクションがお約束とまでされていた。
青年はこれまでに何度かプレイした経験がある。このごてごてしたヘルメットが神経につながっているとは感じられないが、鋭くなったような気のする感覚に痒みがわいてくるのを我慢していると筐体の上部に何十本ものコードで繋がっているVRヘルムにゲームタイトルが浮かび上がった。
『マシン・アーツ』――――カスタマイズした様々な装備の人型機動兵器たちが戦場を駆けめぐる、早い話がロボットアクションゲームである。VRで見ることができるのは、当然ロボットの搭乗者としての視点だ。やっている感覚としては、意識だけでゲームをやっているようなものである。このゲームが大きく流行った理由はその操縦感覚のシンプルさだ。左右のレバーで移動し狙いを定め、ボタンで攻撃やジャンプ、ブースト移動を行う。ある時期からややこしさが混迷を極め始めたアーケードゲーム業界において、とてつもなく単純な操作方法といえる。またVRヘルムに映る画面と寸分の狂いなく反応し、ラグというものを感じさせないのも魅力である。なお筐体にもレバーやボタンがついているのは、前時代的ながらもきちんとしたラグの無い操作感覚のために付けられているものだ。いくらリアルな操作感覚とはいっても、ゲームはゲーム、きちんと統一された規格での戦いにしなければ苦情がでることもある。開発者一同はそれを避けるために泣く泣くこれをつけたという。
《マシン・アーツ》に登場するロボットはTMと呼ばれており基本的に腕、胴体、頭、脚のパーツで構成されている。横に少し広く脚部もあまり長くはない寸胴のようなボディで設定的な大きさは大体6m。空中に浮いたりすることはできない完全地上戦用だ。追加パーツをつければ滞空することも可能ではないが戦闘においてはあまり有利ではない。
青年は慣れた手つきでメニューの中から全国オンラインミッションというものを選択。最大プレイヤー数三十人、二チームに分かれて行われる対抗戦だ。勝利の条件は相手の基地を攻撃し破壊するか、十五分がたった時点で自分たちの基地よりも相手の基地の装甲を削っているか。攻撃か防衛かを状況に応じて取捨選択することが勝利を勝ち取るためには必要となる。
マッチングが終わったのか、それぞれのチーム分けが映し出された。またそれぞれのプレイヤーがどこの県のどこのゲームセンターからプレイしているかも表示される。岩手、福岡、長野、兵庫……多くの県からの参加者たちが今回の対戦にも居た。
そこでふと、青年は自チームのメンツを眺めると、東京からの参加者が四人並んでいた。
一人は青年である。だから自分以外にも三人居るのかと流しかけたが、その三人のやっているゲームセンターの名前を見て唖然とした。
全員、青年と同じゲームセンターだったのだ。しかもここには『マシン・アーツ』は四台しかない。つまり青年の左右にはその三人が実際に居るということである。
「(ま、まぁこういうこともたまにはあるだろ、うん)」
少し取り乱しそうになったが、平常心を失ってしまってはこのゲームで勝つことなど到底無理だ。すぐ横に同じゲームをプレイしている人間が三人も居るというのは少し緊張するが、自分が原因で負けてしまっては居心地も悪くなってしまう。
【プフォオ! まさかのゲーセンメンバーフル被り……ありかよ】
【……珍しい】
【ま、いいんじゃない? どうせ勝ちは狙っていくわけだから】
自分と同じゲームセンターでプレイしているプレイヤーのアバターから文章が表示され、少し遅れてそれぞれの声が聞こえた。男性が2人、女性が1人、1人男性のほうにこの状況を驚いていた人も居たみたいだが、後の二人はあまり気にはしていないようだった。
このゲームでは、定型文を表示するだけのチャットは使われてはいない。ロボットゲームらしく通信をすることでより細かい連携をとることを可能としている、というのも『マシン・アーツ』の売りの一つだ。
その分、男性が女性キャラをアバターにすると女の顔で男の声が出てしまうので女性アバターにしづらくなった、ということもあるが、結局そういうことをやる人間はやるものだ。裏声でボイスチャットに参加して場の空気が凍ることもこのゲームにおいては珍しいことではなかった。
【本当に珍しいですよね。まぁそれはともかく装備の分担決めませんか? あと自分、Aランクでの戦いは初めてなんですけど「これは持ってけ!」っていう武器とかはありますかね?】
青年も少し気にはしつつも、早めに戦略決めをしておかなければ戦闘準備時間の2分間は過ぎ去ってしまうために話し合いを促してみた。なにぶん、ついこの間ようやくBランクからAランクに上がったばかりなので勝手一つわからないのだ。Bランクはランク付け4段階のうちの2段階目で、少しCPUの混ざることも多い、この《マシン・アーツ》で主体を成す二つの層の一つだ。もう一つは青年が今居るAランクで、ここからプレイヤーの技術の上下の差が大きく広がる。これまでのようにいかないと感じ、何か一つアドバイスのようなものが欲しいと青年は思ったからだ。
【ん? 《NAGUMO》さんはこのランクでは初めて戦うんですか? だったら一つだけ覚えておけばいいと思いますよ】
青年――――《NAGUMO》は拍子抜け、というほどではないが軽く気が抜けたように「え?」という声を漏らしかけた。
もちろん質問をしておいて、気の抜けたような返事を返すのは失礼にあたるため抑えはしたが、一つだけ、というのが意外だった。
【そ、それっていったい?】
《NAGUMO》は少し息を落ち着かせながらも、自分にAランクで覚えておくべきことを教えてくれる《gregolie》というプレイヤーに聞いた。
《gregolie》は落ち着きのある爽やかな声で教えてくれた。
【自分の好きな装備で出ること、ですよ。早い話、自由です。装備が全て解禁されるのもAランクからですしいろいろと試したくなるのは当然でしょう。そんなところを「使えない装備つけるな!」なんて言えませんよ】
【……そ、それだけ、ですか?】
【はい。最上位というわけでも無いですし。楽しむのが一番だと、僕は思いますからね。それぞれの得意な機体を選んでいくのもベターな戦略でしょう?】
【ま、そういうことだな。とりあえず《NAGUMO》とやら、一応チームの装備だけは確認したいのだが……】
【あ、す、すみません】
《マシン・アーツ》のロボットは単純に脚部によって三つの種類に分けられる。重量機、中量機、軽量機だ。それぞれ装備できる武器が違い、戦法もまた武器によって違い、使い方によってまた戦い方も増える。
《NAGUMO》のいるチームは中量機七人、軽量機五人、重量機三人。重量機が少なく、重量機特有の大火力で前線を押し上げるような戦い方はまず出来ないと、《gregolie》を含める高ランクプレイヤーたちは口を揃えて言った。
【そこで、ちょっとした提案なんだけど……そこの《NAGUMO》くんを含めた同じゲーセンの4人にはチームを組んでもらって遊撃隊をやってもらえないかな?】
【え?】
【……ああなるほど、別働隊ってことか……】
【……ふむ。中量機二機に軽重ともに一機ずつ。バランスはいい】
【まぁそれもいいんじゃない? このゲームじゃよくあることだしね】
【でも、それだとただでさえ少ない重量機をこっちが一人持っていくことに……】
【心配はいらねえよ。重量機二機でも防衛ぐらいはできる。そっちが団体で攻守にまわってくれたらディフェンスとアタッカー、それぞれが役割に専念できるしな】
それまで他のプレイヤーと話していたぶっきらぼうな口調の男が割り込んできて《NAGUMO》を諭した。新人とほぼ同じような立場|(と本人は思っている)の彼には反論できるわけもなく。
【……はい、わかりました】
こうして納得せざるを得ないのだった。
【よーし、それじゃあ中量機からいくらか防衛にまわってもらうからな。まずは……】
4人をチームに分けた後は比較的スムーズに進んでいく。防衛に重量機中量機を二機と軽量機を一機。残りは全員相手チームの基地に攻め入ることになった。
《NAGUMO》は少しだけ残った時間を最後の装備確認に使っていると、同じチームの三人からチャットの要請が入った。特定の相手とだけ話をしたいときにはこういった個別回線の要請をすることで他のチームメンバーにすら聞かれないような話し合いができるのだ。《NAGUMO》はもちろんそれを許可する。
【どうしました? あまり時間は無いですけど】
【いや、用ってほどのことじゃないわ。ただ一つ、ちょっとした方針を伝えにきただけだから】
【方針、ですか? いったいどんな?】
【簡単だよ。個別回線をチーム内のメンバーで常に開いておくんだ。一々敵を見つける度に要請なんてしてたら時間がかかるからな】
【……これで用件は終わった……ついでに自己紹介でも。自分は《MIST》。軽量機乗りだ】
【あー、俺もか。俺は《coal》だ。乗ってるのは重量機】
【わたしは《kazari》。あなたと同じ中量機乗りよ】
【あ、おれは《NAGUMO》です。中量機ッス】
《NAGUMO》は、すぐ横にここで自己紹介をしている者同士がいるのだと思うと奇妙な感覚をおぼえた。
なぜここを出ればすぐに会話できるのに、直接話さずにゲーム内で会話をしているのだろうか。そう思わずにはいられないのだ。
【よーし、それじゃそろそろ始まるのかしら? 一つ景気づけにかけ声でもやる?】
【……いや、それよりも集中を……】
【ふぅー……あ、今のは煙草じゃないぞ? 本当だからな】
【……なんともまぁバラバラな四人ッスけど、大丈夫スかこれ】
【なんとかなるなる】【心配無用】【気にすることは無いな】
このようにして、二分間という時間は過ぎ――――
《ミーティングタイム、終了。これより戦場へ皆様をお連れします》
戦いは、開始される。




