表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

信じる者と、抱擁する者


特別部隊養成学校(略して特養)の昼休みは、4時限目終了のチャイムから始まる。




「起立、礼。ありがとうございましたー。」

「ありがとうございましたー。」


この挨拶をしている間に、クラスのほぼ半数はいなくなっている。



「パーカー!焼そばパンは渡さないぜ!」

「バーカ、お前らそんな足で俺に勝てると思ってんのか?」


捨て台詞を残し、パーカーは脱兎のごとく廊下を駆けていった。


「畜生!あいつ人間じゃねぇぞ。」

「みんな!パーカー逃がすなよ!」


オー!という声と共に、男子達はパーカーに追いつこうと走りだした。






「何だ?騒々しい。」


中庭で弁当を広げている銀髪の美少年…リドリアは、眉をしかめてパーカー達が騒いでいる棟を見た。


「いつもの昼食争奪戦ですよ、リドリアさん。」


その隣で、リドリアが弁当を食べるのを見守っている金髪の青年が、サムタックである。


「弁当を持ってくれば良いのにな。」

「寮生の皆さんは、弁当が無いそうですよ。」

「まぁ、僕の知ったことじゃない。…サムタック、お前もこの卵焼き食べるか?甘くて美味しいぞ。」


リドリアは箸に卵焼きを挟むと、サムタックの口に持っていった。


「いえ、あの、俺は召使ですから…」

「いいから食べろ。命令だ。」

「…いただきます…。」


複雑そうに卵焼きを口にしたサムタックを見て、リドリアは喉を鳴らして笑った。


「な、何ですか。」

「屋敷ならともかく、学校でそんなに恐縮するな。僕がいじめてるみたいじゃないか。」


「そうそう。学校でそんなにベタベタしないで欲しいわ〜。」


サムタックが振り返ると、オレンジの髪が眩しい少女、イナが立っていた。

その横には、リドリアの天敵ウィルもいる。


「昼休みに顔を見せるな、気分が悪くなる。」

「はっ、じゃあ貴様も、昼休みに主従関係を見せ付けないで欲しいな。」


会えば喧嘩、寄れば喧嘩。

ウィルとリドリアは、睨み合ったまま動かなくなった。


「ウィル!ちょっと!…まったく…あんたも大変ね、サム。」

「いえ、そんな事ないです。俺は、リドリアさんにお仕えするのが天命だと思ってますし。」

「…なんか、同じくらいの歳の奴から敬語使われるのって、変な感じね。」


イナはそう言うと、サムタックの手を掴んで歩き出した。


「なっ、何ですか…?!」

「ちょっと来なさい。」

「でも、俺はリドリアさんを…!」

「リドリアだって、子供じゃないの。それにあの様子じゃ、あと20分は動かないわ。」


イナは、ウィンクをしてみせた。


「あんたと、話をしてみたかったの。」







洗い浚い、全部話した。



俺は、幼少の時の記憶がまったく無い。




今思い出せる一番古い記憶は、ゴミ捨て場で目覚めた時の事。

躰中に悪臭が染み付いていて、ボロボロの服には血が滲んでいた。



そして、ふと思ったのだ。



自分は、誰なんだろうと。




しばらくして、7歳くらいの女の子が、俺の前を通りがかった。

その子は俺を見付けると、驚いたように目を丸めた。


「何してるの?」


答えられずにいる俺に、少女は笑顔で手を差し伸べた。


「僕のお家においで。」







腹を抱えて笑うイナに、サムタックは目を泳がせた。

「あ、あんた、リドリアが少女に見えたの?!」

「仕方無いでしょう!その時リドリアさん、前髪を結んでたんですよ!フリルの付いた服を着てたし…」

「まぁ、確かにリドリアは女顔だけど…しょ、少女だって!」


イナはひとしきり笑った後、深呼吸をした。


「…で?拾われて、リドリアの召使になったの?」

「ええ。お父様が優しい御方で。召使になるんだったら、家に置いてやると。こうして学校にも通わせてもらっている。」

「ふーん…でも、話が出来すぎよね。」

「でも、これが事実ですし。俺は、これ以上何も知らない。」


サムタックは溜息を吐いた。


「この海は、俺が記憶を失う前も、変わらずにここにあったんだろうか。」

「あら、詩人じゃない。」

「…リドリアさんは、素晴らしい御方だ。」


防波堤に転がる小石をひとつ拾って、サムタックは海に投げ込んだ。


「すべてを許してくれる。失った過去も、お前なんだと…言ってくれた。」

「意外と優しいのね。」

「あぁ…。」


波に飲み込まれていった小石を探すように、イナも海を見つめた。


晴れた空は、暖かい陽射しを与えてくれる。未だ冬服を着ていたサムタックは、上着を脱いでワイシャツだけになった。


「俺はあの人を守るのが役目なのに、あの人に守られているような気がする。」

「不満なの?」


サムタックは、イナを見た。

彼女は、陽射しと同じくらい暖かい笑みを浮かべていた。


「…いや。」


立ち上がる。

サムタックは、小石を拾い上げ、海に向かって思いっきり投げた。


「あったかくて、幸せだ。あの人に守られてるのは。」


イナが見上げると、サムタックも彼女に負けないくらいの笑顔を浮かべていた。


「だから、俺もあの人を守りたい。」



「はぁー…妬けちゃうわぁ。こんなイイ男に守られてるなんて。」

「シャ、シャッフル?」

「イナって呼んで。その名字好きじゃないの。ま、敬語使わなくなったのは嬉しいけど。」

「え、あ…」


イナは突然立ち上がると、小石を掴んで海に投げた。

さっきサムタックが投げた位置の、少し手前に落ちる。


「飛ばすなぁ。」

「あったりまえよ。まったく、やってらんないわ!イイ男は皆、何かに夢中なんだもの。」

「え…あ、ごめん…。」

「謝んないで、情けなくなっちゃうから。」


回れ右をして、イナは学校に向かって走りだした。


「お、おいイナ!」

「もう昼休み終わっちゃうよ!」



彼女の優しさに心の中で感謝しつつ、サムタックは主人の元へ走り出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 本編が読みたいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ