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短編集

魔王様のアルバイト行進曲

短編も4作目になりました。

未だ拙い文ですが、どうか最後までお付き合いください。

 世界は魔王に支配された。

「世界征服飽きた、国を解放してやるから各国から一人ずつ姫寄こせ、俺の嫁にする」

 だが、魔王はある日突然そんなことを言い出した。

 かくして世界は平穏を取り戻し、魔王城には各国から生贄に出された姫君によるハーレムで魔王様ウハウハな日々が……来なかった。

支配した国を解放してしまい収入が無くなり、更に養う者(各国の姫)も増えた為、魔王は直ぐに金欠に至ってしまう……世界は平和になっても、魔王の戦いはいまだに続いていた。



「次、隣町の教会に頼む」

 荷物を背負い飛竜の背中に飛び乗る少年、少し日に焼けた肌、引き締まった身体つきに175cm程の身長、顔立ちは野生的な物があるが気の抜けたような笑顔が少年のワイルドさを削っている。

 飛竜は、少年に頷いて見せるとその羽を羽ばたかせ一気に空へと舞い上がった。

 少年名はギジル、姿を偽り人の姿を取っているが、かの魔王様である。金策の為に始めた配達のアルバイトだが、普通人間が操ることの出来ない竜を使った高速の配達は、人々の間で評判になり結構いい稼ぎになっていた。

「よし、配達終わり、今日もご苦労だったな」

 配達が全て終わり魔王城に降り立った飛竜の頭を軽く撫で、ギジルはその背中から飛び降りた。

 いいってことよ、と一声鳴いて飛び去った飛竜を見送った後、物々しい佇まいの城門を潜り城へと帰還する。

 魔王ギジルの帰還、以前なら家臣の者が総出で出迎えたものだが、その家臣も今は殆ど城を去ってしまっていた。残った者たちもギジルと同様に人に混じり金策を行う為に出かけている。

「あ、魔王様お帰りなさい!」

 人気の少ない魔王城でギジルを出迎える声が上がった。魔王に捧げられた贄の姫の一人である。彼女の声につられて他にも数人、姫達がギジルを出迎えに顔を出す、ギジルの性格と共に過ごした時間が彼女達を笑顔にしていた。

 とは言え彼女たちが魔王城へとやってきた当初はこうは行かなかった。

 一度は世界を支配した魔王、人の物とは明らかに違う浅黒い肌、頭には捻じれた二本の角、竜の物に似た翼を背にした姿は正に物語などで語られる魔王に相応しいモノ、城の外観もそれっぽい造りにしてある、その上、贄としてやって来た姫達だ、怯えるなと言う方が無茶である。

「そうか、流石にこの姿は怯えさせるだけか・・・」

 そう言って、最初に魔王城にやって来た贄の姫たちを前にしてギジルが最初にやったことは姿を偽ることだった。角と翼を隠し肌の色を変える、ギジルは元々人に近い姿の悪魔だ、それだけで人間の少年の姿とそう変わらない容姿になる。

 だが、見た目が変わったぐらいでは姫達の不安を消し去ることは出来なかった。

「ん~、そうだな、ならお前達に約束しよう。俺は絶対にお前達に危害を加えない、魔王の力も無闇に振るわないと誓おう」

 その誓いをギジルが今までちゃんと守っているからか? それとも姫たちを本当に大事にしているからか? 今では大半の姫達がギジルを慕っている。

「お帰り、何も悪さして無いでしょうね?」

 そんな姫達の中に一人だけギジルに睨みを効かせている者が居た。

 彼女の名はアネット、ギジルが支配していた国の一つから贄として出された姫の一人だ。

「してないって、普通に仕事して来ただけだからな」

 派手ではないが、上質なドレスを纏った他の姫達と違い、彼女だけ丈夫な動きやすい服の上に白銀色のプレートメイルを付け、いつも細身の剣を帯びている。彼女の国では騎士姫として戦場に出て兵を鼓舞していたような者だ。今回彼女が贄の姫としてギジルの下に来たのは、彼女の国の他の姫が幼すぎると言うのもあるが、ギジルが約束を違え悪さをした際に背後からグサリとする為に、彼女が自ら望んだためだ。

 ちなみに魔王城に彼女が来た日にそのことを宣言しているのでギジルも他の者もそのことは知っている。

 そんな彼女にも、ため息を付きつつちゃんと答える、相手がどんな態度であれギジルは姫達に等しく接していた。

「お前はここに来た時からまったく変わらないな……何度か言っているとは思うが、俺はお前達が俺の元に居る限り無闇に力は振るわない、最初の日に誓った言葉は契約で、悪魔の俺に契約は絶対だ、その誓いを違える事は無い」

「どうだか? 貴方、最近海の方で魔物が暴れてるの知ってる?」

 今回彼女がギジルに厳しい視線を浴びせているのには理由が有る、ギジルが世界を解放して以来、魔物達は己の領域を侵されない限りギジルの命に従い大人しくなっていたのだが、最近とある海域で魔物が出没し商船がいくつか被害に遭っているようなのだ。

「いや、知らねぇな、俺の配下だった魔物は大人しくしている筈なんだが……それってどの辺りでの話しだ?」

 場所を聞いて何やら考え込む。

「あそこか、次の仕事が商船の護衛だし丁度良いな、分かったその時に様子を見てなんか有ったら対処しとく、教えてくれてありがとな」

「別にギジルの為に言った訳じゃないわよ! 貴方が指示してやってる事ならその時は遠慮無く殺るからね!」

 ギジルが礼を言うと焦ったように宣言するがギジルに疚しい事は無いのでそれに平然と答える。

「あぁ、今の俺は人とそう変わらないからな、お前なら十分に殺れる、約束を違えた時は甘んじてその刃に掛かるさ、まぁ、俺は無実だから問題無いけどな」

「言葉だけで納得するほど貴方のこと信用してる訳じゃないんだけどね……だから今度の仕事、私も付いて行くから」

「いや、護衛だし危険かもしれないだろ?」

 いくら警戒されていようとアネットも花嫁に一人だ、ギジルに彼女を危険に晒す気は無い。やんわりと断ろうとするがアネットもそう簡単には引き下がらない。

「自分の身ぐらい守れるわよ……」

「ギジル様、お話中失礼します」

 どうにか説得しようとあれこれ言い合っている所へ突然、執事然とした老いた悪魔が姿を現す。この悪魔、見た目通りに執事だ、ギジルが幼い時からずっと仕えているため、飽きたと言って魔王を辞めたギジルに今も付き従っている。

「また、自称勇者が現れました。おそらくどこかの国の勇者なのでしょうけど、今回も無所属だと言い張るでしょうね」

 ギジルに各国から姫が差し出されてからしばらくして、何を勘違いしたのか、大人しくなった魔王を討ち取ろうという自称勇者がよく城を訪れるようになっていた。

「またか、最近、自称勇者が多くないか?」

「目下調査中でございます」 

「仕方ない、とっとと追い返すか、兵の方は?」

「城に残っている者には全て召集をかけています。ギジル様は準備を整え謁見の間にてお待ちください」

「私も……」

「お前は待ってろ!」

 何かと見張りに来ようとするアネットを残し謁見の間に向かう。途中で自身に掛けた魔法を解きギジル本来の姿に戻り漆黒のマントを羽織る。程無くして謁見の間に到着し、ギジルは玉座に座し面倒そうに訪問者を待つ。


 自称勇者一行が魔王城の門を開く、漆黒色の鉱石で造られた城は勇者達を静かに招き入れた。

 魔王の配下は大半が魔王の元を離れ残った者も謁見の間に集まっている為、勇者達の進む通路に魔物達の気配は無い、ギジルが意図している訳ではないが、慎重に歩みを進める勇者達にはこの静けさが反って不気味に感じるだろう。

 漆黒に彩られた通路を抜け金の意匠の施された扉の前にたどり着いた勇者一行、蹴破るようにして扉を開き部屋に飛び込むと低く威圧するような声音が辺りに響く。

「さて、勇者よ、お前は己の行動の意味を理解しているか?」

 本当はただ面倒そうに言い放っただけなのだが、そのギジルの声に威圧され勇者達は入り口で立ち止まってしまった。だがそれが結果的に勇者一行が謁見の間に集まり身を隠している魔物や悪魔達に取り囲まれることを防ぐ結果と成った。

 両者は緊張状態で対峙する。そう思っているのは勇者一行のみ、ギジルは終始面倒くさそうだ。

 ギジル自身は姫達との約束が契約となって本来の力を封じられているが回りの者達には関係ない、ギジルが勇者達との会話で気を引き付け、一気に物陰から飛び出した魔物達が勇者一行を打ちのめす。

「贄となった姫達の犠牲で手に入れた平和。なのに俺を攻撃することで俺が約束を違えるとは考えなかったのか? もう一度世界を支配してやろうか?」

 打ちのめされ気絶した勇者達を適当な村に捨ててくるように命じそんなことを呟いてみる、尤もギジルにその気は無く、面倒そうにため息を付くだけだった……


「で、結局付いて来るのか……」

 翌日、商船の護衛の仕事に向かうギジルの隣にアネットの姿があった。

「当然、貴方の事見張ってなきゃないけないもの」

「はぁ、遊びに行くわけじゃないんだがな……」

 そうは言うがギジルは既に説得を諦めている、契約によって本来の力の振るえないギジルだが、それでも普通の人間よりは強いしいざとなれば近くに居る配下の魔物を召集すればいい、今回の仕事は護衛といってもそれほど危険度は無いのだ。

 商船の護衛というからには仕事場所は海になる、何を運ぶのかは聞かされていないが、ギジルが飛竜で運んだ方が確実に早く着くだろう、配達に飛竜を使っていることは秘密なので言ったりはしないが……

 依頼主に挨拶を済ませ商船に乗り込んだ二人、ギジルは一応辺りを警戒する素振りを見せるが、隣のアネットが妙に上機嫌だ、不思議に思いながらも護衛の振りを続けるギジルのマントがいきなり引き剥がされる。

「おお? なんだ?」

 マントの行方を探ると、身を隠さなきゃいけない時の為にフード付きにしておいたマントを頭からスッポリと被ったアネットが、さっきまでの上機嫌は何処に言ったのか? ギジルの影に隠れるようにして辺りを窺っていた。

「どうした?」

 アネットの様子から何かあるのだろうと当たりを付け小声で訊ねる。

「知ってる顔がいくつか……向こうも私を知ってるかもしれないから……」

「そうか、見つかると面倒だな……そのまま隠れてろ」

「うん、ごめん……仕事の邪魔する気は無かったんだけど……」

 普通、付いて来るだけで邪魔なのだがギジルは邪魔だと感じていない、今回の不測の事態も別に問題視していなかった。

「そうして大人しくしていれば問題無い」

「うん、ありがと……それにしても、どうして騎士団の者がこの船に乗ってるんだろ?」

「お前の国の奴か?」

 アネットの視線を辿ると数人の男、どいつも鎧は着ていないがアネットの持つ剣と似たデザインの剣を帯剣している。

「俺達と一緒で商船の護衛じゃねぇの?」

「騎士団の者が商船の護衛なんてすると思えないんだけど……」

 なら、暇潰しに探ってみるかと、騎士達に怪しまれないで会話の聞こえる位置に連れ添って移動する。

 ギジルは有益な事が聞けるとは思っていない、本当にただの暇潰しだ。

 なのに、騎士達の会話は暇潰しに聞くだけで済ませられる様なものでは無かった。

「ったく、何で俺がこんな仕事しなきゃならないんだよ」

 騎士達の中でまだ若い軽い感じのする男が不機嫌そうに愚痴る、それを嗜める様に二人の騎士が話しかける。

「そう言うなって、これも国王様から請け賜った大事な任務だ」

「でもやってることはガキの子守じゃねーかよ……」

「だが、あの子供達は魔力暴走の経験者、魔王城に撃ち込む勇者という名の爆弾だ」

「そうそう、逃げられても、魔王城に着く前に爆発されても困るからね」

 魔力暴走、高い魔力を持つ子供が自身の魔力を制御できず周囲を巻き込み破壊を巻き起こす事を言う。大抵の高い魔力を持つ子供は高位の魔法使いに師事して魔力暴走を起こす前にその力の制御方法を知るのだが、孤児など師匠を得ることが出来ずに魔力を暴走させた事の有る子供達が今この騎士たちによって魔王城に運ばれているようだ。

「まぁ、俺達は途中までだ、俺達まで魔王城まで行っちまうと善意の勇者を装うことが出来ないからな」

「そうそう、自称勇者に引き渡すまでだ、我慢しろ」

「ったく、分かってるよ!」

 分かりつつも愚痴をもらす同僚に酒を勧め船内に入って行った騎士達を見送った後、ギジルは面倒そうに呟いた。

「アネット、これは……お前の国滅ぼして良いってことかな?」

「ごめん、お願いだからやめて! もう……お父様の馬鹿……」

「はぁ、滅ぼすのも面倒だしな……計画自体を実行不能にするか」

「って、どうする気?」

「ん……誘拐? もしくは神隠し?」

 こうして仕事を放り出して子供達を誘拐する計画が発動した。

 まずここは逃げ場の無い海の上、逃走の為の足を用意する、飛竜に連絡していつでも迎えに来れる様に待機させる。次に対象の居場所を捜さなくてはいけない、これは護衛の立場を利用して見回りを行い騎士達の言う子供が居ないかを捜すだけであっさりと見つかった。そもそもこの商船に子供は騎士達の言う子供達しか存在しなかった。

「さて、準備は終わったけど……決行は夜で良いよな?」

「その方が私も顔を見られる心配が減って助かるわ」

 先に飛竜の所で待ってても良いんだぞ、と提案するギジルの言葉にアネットは自分の国の不始末だからと協力を譲らない。暫く一緒に過ごして知っていたアネットの性格から、ここで手を出さない訳が無いと分かっていたが一応確認で聞いただけのギジルはあっさりと提案を破棄する。

 夜まではのんびりと待っているだけとなった二人だったが、まったく仕事をしていないのも怪しまれるからと、見回りの為に甲板に出た。

 二人が何の気なしに雑談をしながら見回りをしていると、突然商船を突き上げるような衝撃が襲った。

「なに!? 貴方何かした?」

「真っ先に俺を疑うのはどうなんだ? 何もしてねぇよ、目立つと面倒だし、夜まで大人しくしてるつもりだったんだからな」

 そう話している間にも衝撃は断続的に商船を襲い、商船に護衛として乗っていた他の者やアネットの国の騎士達も何事かと甲板に出て来る。

 その者達を無視してギジルは現状を把握しようと事態の分析に勤め有る一点に気が付いた。

「そうか、アネットの言っていた海で暴れてる魔物……」

「なに? やっぱり貴方の指示なの?」

 なおも疑ってくるアネットに嘆息しながらも推論を口にする。

「いや、この海域に俺の配下の魔物は居ない、俺の配下の魔物はな……」

 そのギジルの言葉を待っていたかのようなタイミングで盛大な水飛沫を上げながら海から朱色の触手が現れる、片側に丸い吸盤の付いたその触手は……

「タコか……」

 船体の半分ほどの大きさは有ろうかという大蛸の足だった。

 大蛸の足は手直に居た護衛の一人を絡め取り海の中へと引き摺り込んだ、海面に赤が混じり直ぐに薄れて元の色を取り戻す。引きずり込まれた護衛がどうなったかなんて子供でも理解できた。

 途端、甲板は混乱に包まれる、護衛の殆どがここまで大型の魔物が襲ってくるなど考えても居なかったのだろう、右往左往する内に再び現れた足に数人の護衛が捕まり海へと引き摺り込まれて行った。

「ちっ、魔法を撃つ暇もありゃしねぇ! おい! ガキ共を連れて来い!」

 護衛達よりは幾分か落ち着いていた騎士達の中の、先程愚痴を溢していた男が酒で赤くなった顔で自分の下の騎士に命令していた。

「な!? 待てよ! 子供達は魔王に対する……」

「此処で喰われちまったら意味ねぇだろうが!!」

 止めようとした先程嗜めていた同僚にも言葉を遮るように怒鳴りつけ子供達を連れて来させる。

「な! あの人達!」

「非情ではあるが有効な手段だな、子供達にタコの至近で魔力暴走を起こさせる、当然子供達は無事じゃ済まないけどタコは倒せる、子供達を使わなければタコは商船に乗っている者全員を喰らう、子供達が無事じゃ済まない結果はどちらも変わらない」

 焦るアネットをタコの足や人の波から庇いながらギジルは状況を語る、その辺は流石魔王、場数を踏んでいるだけはあり冷静だ。

「こうなると打てる手は限られてくるな、本来の力が封じられている今の俺に打てる手は無い、近くに居る配下は飛竜のみ、あいつは空は飛べても水中の敵に攻撃する術を持っていない……となると」

「打てる手なんて無いじゃない!」

 子供達を犠牲にするしか方法が無い、アネットがそう結論を出す直前にそれを否定する。

「いや、まぁ、手が無い訳じゃないんだけどな」

「だったら早く言いなさいよ!」

 船に乗る他の者を守るために子供達を犠牲にしなくてはならないのかと、苦悩しているのにギジルの余裕に少し苛立ちを覚えるアネット。

「俺の力は契約、お前達姫との約束によって枷を付けられていて振るうことが出来ない、だがもしもの時お前達を護れない様ではあの約束に意味は無い、こっそり抜け道は用意してるんだよなぁ」

「な! それじゃ契約がどうこうって話は!?」

 本来の魔王の力を行使出来るなら確かに現状を打開出来るだろう、しかしアネットは話を聞きギジルが姫達を裏切っていたのかと憤る。

「心配無い、抜け道ってのは俺一人でどうこうできる物じゃねぇ、姫達の誰かに許可を貰い、さらにちょっとした儀式が必要だ」

「だったら早くその方法を言いなさいよ! 儀式が必要なんでしょ? 悠長に構えてる余裕なんて無いわよ!」

「いや、まぁ儀式自体は一瞬で終わるんだよ、あの契約の場に居た姫の誰かが俺にキスするだけだからな」

「…………え?」

 ここにいる姫は自分のみ、必然的に現状を打破するために儀式を行うのは自分だと覚悟していたのだが、その方法を聞いて思考が停止する。暫くして自分がこれから行わないといけないことに気付き一気に顔を赤く染める。

「キ、キキキキス!!」

「落ち着け、慌ててる場合じゃないぞ」

 そう言うギジルの視線は甲板に連れてこられた子供達の怯えた表情に向けられている。

「っ!!」

 遅れて子供達に気付いたアネットも息を呑み子供達を助けるために覚悟を決める。

「嫌だ! 離して! 離してよ!!」

 嫌がる子供達が大蛸の足に絡め取られるのと、アネットの唇がギジルの唇に重ねられるのはほぼ同時だった。

「初めてだったんだから! しっかり責任取りなさいよ!」

「あぁ、ちゃんとあの子供達は救って来る」

 唇を離したアネットは恥かしさから真っ赤な顔のまま微妙なことを言う。

 それを勘違いして理解したギジルは躊躇すること無く海へと飛び込んだ。

 力を解放した魔王ギジルの力は圧倒的だった。海中にもかかわらず、ほんの一息で大蛸に接敵し魔力で生み出した刃で子供達を絡め取っている足を切断し、あっさりと子供達を救出して見せた。

 痛みと怒りで激しく暴れる大蛸を一旦放置してこの場を離れいつの間にか戻していた翼で子供達を飛竜の所まで運び預ける。

「おい! 何で暴走しないんだよ!」

 いつまでも大蛸の攻撃の収まらない船上で騎士が不安に駆られ怒鳴り声を上げている。

「ちっ、もう一寸堪えろよな、短気な奴は嫌われるぞ……」

 これ以上放置しておくと面倒だと、ギジルは再び海へ飛び込んだ。

 再び大蛸に挑む、子供達が魔力暴走を起こしたように見せかける為に魔力を練り圧縮、圧縮、圧縮、限界まで圧縮した魔力を一気に解放することで魔力暴走の爆発のように見せかける。

(いけ!)

 魔力が猛り大蛸を飲み込む、魔力が荒れ狂い、起こった爆発で海水が弾け飛ぶ、商船は波に揉まれ乗員は船から落ちないように必死に何かにしがみついていた。

「はは、やった、やったぞ!」

 やがて、波も落ち着き、周囲を確認する余裕の出来た乗員達が大蛸がいないことにホッとし、子供達の魔力暴走で大蛸を倒したと思っている騎士は、大蛸を倒したのが自分の手柄のように声を上げる。

「この状況なら、何人か居なくなってても気にされないな……」

 混乱に乗じてアネットを回収し、助けた子供達と共に飛竜の上から商船を眺めながらギジルはしょうもなそうに呟いた。死に掛けたと思ったらいつの間にか飛竜の上で上空に居ることに混乱している子供達に、ギジルは面倒そうに声をかける。

「あ~、お前等は今から魔王に攫われるんだ、大人しくしてろよ~」

「馬鹿、そんな言い方しないの!」

 背後から叩かれ飛竜の背に沈む、既に魔王の力を封印されている状態に戻っている上に力の行使で疲労していたギジルはアネットの攻撃で簡単に意識を手放すことになった。


 大蛸撃破から数刻、相変わらず物々しい魔王城の門前にギジル達を乗せた飛竜が降り立った。

 アネットが最初に降り子供達を飛竜から降ろす。いまだに気絶しているギジルは飛竜に頼み、襟を咥えて降ろしてもらった。

「ほら、大丈夫だよ」

 子供達を引き連れアネットは城内の姫達に与えられた部屋へと向かうと、放置されたギジルの元へ執事風の老悪魔が音も無くやってくる。

「ギジル様、お帰りなさいませ、何か有ったようですね」

「あぁ、最近此処に勇者を送り込んでいる奴が分かった」

 実は既に意識を取り戻していたギジルがムクリと起き上がる。

「アネットの国だ、さっきの子供達も爆弾として此処に送り込まれる予定だったんで、逆に攫って来た」

 一通りの説明を聞いた老悪魔は老いた瞳の奥に暗い輝きを滲ませながら、アネットの国に報復するかとギジルに尋ねるが、ギジルは面倒そうに「べつにいい、警告だけにしとけ」と言い城へと入って行った。

 老悪魔はギジルの命を忠実に実行すべく音も無く城門から姿を消した。


 魔王城で暮らすことになった子供達は、最初のうちは戸惑っていたものの数日も経てば、その戸惑いもすっかり無くなって子供らしく城内で遊びまわっていた。

「魔王~、遊んで~」

「あ? 面倒だな……」

 そう言いつつも相手をしている辺りギジルも甘い。

「ふふ、そうしてると全然魔王って感じがしないわね」 

 子供達と一緒に来たアネットが笑いを隠そうともせずに言う。

「う、ま、まぁ、元魔王だしな。それよりこいつらの相手を頼む、そろそろ仕事の時間だ」

「また護衛の仕事だって? 私も付いて行こうか?」

 魔王の力の封印を解く方法を知っている姫は自分だけなのでいざと言う時の為にと気を利かせたのだが、ギジルは基本姫達が危険に晒されるのは好まない、今回はなんとか残らせようとする。

「いや、お前は子供達の相手しててくれ、子供達が一番懐いてるのはお前なんだからな」

「でも、いざって時に……」

「なんだ? またキスしたいのか? 言ってくれればいくらでもしたのに」

「な!! ち、違うわよ!」

 アネットが先日の口付けを思い出し、真っ赤になっている隙に仕事へ向かう。ただ、部屋を出る前に振り返って一言残して行く……

「アネット、封印を解く儀式のキスって頬でも手でも何処でも良かったんだぞ」

「…………え? ……ええぇぇ!?」

 アネットは、自分は必要ないのに口付けをしたと理解した。まぁ、ちゃんと説明しなかったギジルが悪いのだけど……

「そう言うことはちゃんと言いなさいよ!」

「ははは、んじゃ! 俺は仕事に行って来る!」

 逃げるように走り去る、残されたアネットはさらに顔を赤くし、拳を握りしめてふるふる震わせている。

「もう! ちゃんと責任取りなさいよ!! 帰ったら覚悟しておきなさい!」

 今日も魔王城は平和だった。


最後までお付き合いいただきありがとうございます。

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