第一話 本命だよ
頬に痛みが走った。
それは軽やかで、物理的な重みがない。しかし、何かが刺々しく、精神的な重みを感じた。
続いて、何かを引きずったような音。
引きずられていたのは、木製バットだった。
「金属バットで殴ったら、たぶん死ぬわよね。木製バットって、死ぬのかしら?」
「な、殴られたことがないからわからない…」
「そうよね。一回、経験してみる?」
「あ、当たりどころが悪ければ死ぬと思うぞ!」
バットを携えた彼女はまるで、そういう類の都市伝説のようであった。
彼女の名前は、勝俣。島木の同級生にして、意中の相手だ。
話は遡って、お昼のこと。
「好きだ、勝俣。付き合ってくれ」
「お断りよ」
ツンとした態度で、勝俣は言った。
「勝俣って俺のこと好きじゃないのか」
「好きよ」
「え…!ドキッとしちゃうじゃん」
「気持ち悪いわね」
勝俣は辛辣であった。
「でも、それって親愛みたいなものなのよね。例えるなら…姉弟愛?」
「兄妹愛だったとしても、よく僕に好意を寄せてくれるものだ」
お互いに、自分を姉、兄だと思っている。
「だって、優しいもの。悪く思うわけないじゃない」
「付き合いたい一心で、下心で優しくしてると言ったら?」
「それを公表したら、開き直ってて逆にいいわ。まあ、なんにせよ、私が島木と付き合うことって、ないと思うのよ」
「なんで」
「だってあなた、女好きなんだもの」
肩を落とし、ゲームセンターで級友と遊んで帰ることにした。
ゲームに熱が入りすぎて、帰る時間は、結構遅かった。
「…ん?」
街頭の下に、女が立っていた。
その女は若く、美人で、けれども、顔を覆い隠すようなマスクをしていた。
「『街頭』の下にいる、『外套』服を着こんだ女っつってね」
「…」
その女は、変な目で島木を見てきた。
駄洒落は好きじゃないのだろうか。
「私、綺麗…?」
「知りませんよ。人によってそういうのって、変わるじゃないですか」
「あなたに意見を聞いているのよ。そういうはぐらかし方をするような人間は、人生を誤魔化して生きているのよ」
「めちゃくちゃ言われるな。何なんですあなた。年下の学生に急に声かけるのは、不審者と言われても仕方がないんじゃないですか」
「うるさい。質問に答えなさい」
「はい。んー…俺って、あんまり拘らないんですよね」
「外見に?」
「脚が一番大事なんで」
「気持ち悪いわね」
「脚フェチなんです。あと俺、生粋の女好きなんですよ」
「自分で言うの?」
「言っちゃいけないですか?」
「そういうわけじゃないけれど」
「だから、顔はどうでもいいっていうか…」
パンッ!
島木が、マスクの女と話していると、いきなりビンタされた。眼前にいる、マスクの女にじゃない。
続いて、何かを引きずったような音。
引きずられていたのは、木製バットだった。
「金属バットで殴ったら、たぶん死ぬわよね。木製バットって、死ぬのかしら?」
鬼気迫る勝俣の登場であった。
「な、殴られたことがないからわからない…」
「そうよね」
勝俣は何度も頷く。
「一回、経験してみる?」
「あ、当たりどころが悪ければ死ぬと思うぞ!」
「ギャンブルする?」
「しない」
そのマスクの女は唖然とした。
「で、なんで急に俺にビンタしたの?」
ぐっ、と島木に顔を寄せ、「女好き!」と勝俣は罵った。
「私だって、そういうのがなかったら、付き合おうと思っていたのに。すぐに女にちょっかいかける」
「君が本命だよ」
「浮気してるって意味じゃない!」
「…私、綺麗?」
「え?綺麗だと思うわよ」
マスクの女の質問に、勝俣は答えた。
マスクの女は、マスクの紐に手をかけ、「これでも…?」と言った。
「ポマード、ポマード、ポマード!」
「ぎゃあああああ‼」
マスクの女は煙のように蒸発して消えた。
「えっ?何?」
島木が呆然とした。
「島木、口裂け女っていう怪異知らない?」
「知らない。え、何あの人死んだの?」
「怪異だから、死ぬとか、そういうのはないと思う。どこか別の人間脅かしに行ったんじゃないかしら」
口裂け女を知らない島木にとって。
バッドで脅してくるような勝俣が、一番恐ろしいのであった。
終




