6話
「では、作戦を説明する」
作戦卓を囲む将官たちの顔は険しい。
出撃は明朝。準備は整った。
俺は地図の上に木駒を並べながら話した。
「基本方針は機動防御。正面に歩兵主力を薄く展開して敵と接触。敵が正面突破を図ったら、計画的に後退して引き込む」
「後退? 元帥殿、我々は進軍するのではなかったのか」
ヴァレンティン伯が口を挟む。
「進軍じゃない。迎撃だ。ただし、敵の土俵じゃなくて、こっちの土俵で戦う。リーデル平原の西端、この窪地の手前に歩兵を布陣する」
地図を指す。
「敵が突っ込んでくるのを、ここで受け止める。同時に、騎兵を北と南に隠しておく。敵が正面に集中した時点で、左右から包囲する」
「二重包囲……」
ガリウスが呟いた。理解が早い。
「そう。で、ここからが肝心」
俺は魔術師団の駒を置いた。
「魔術師団は正面に配置しない。南翼の後方に待機してもらう。騎兵の包囲が始まった瞬間、機動して敵の背面に回り込み、退路を断つ。逃げ場をなくしてから、面制圧で殲滅する」
リーゼが腕を組んで聞いている。
「従来の運用と真逆ですね」
「うん。今までは魔術師団を正面に出して火力の壁にしてたでしょ。でもそれだと敵の突撃を直接受けるから、魔術師の犠牲が大きくなる」
「……その通りです」
リーゼの声に、硬い同意があった。
「だから後方に置く。安全な位置から動き出して、敵が混乱した瞬間に最大火力を叩き込む。魔術師の犠牲を最小にしつつ、効果を最大にする配置だ」
ヘルガが後ろで小さく息を吐いた。
「あら。魔術師を大事にしてくれる元帥は初めてだわ」
「大事にしてるんじゃなくて、合理的に運用してるだけです」
「同じことよ、坊や」
ヴァレンティン伯が渋い顔で地図を見ている。
「この作戦は、敵が正面突破を選ぶ前提だ。もし敵が包囲に気づいて回避したらどうする」
「いい質問です」
本心からそう思う。この人、文句は多いけど軍事的なセンスはある。
「敵が回避したら、追わない。陣形を維持したまま後退する。無理な追撃はしない」
「消極的だな」
「勝てる時だけ戦うんです。勝てない時は引く。それが機動防御の本質」
ヴァレンティン伯が黙った。反論できないのではなく、反論する材料を探しているのだ。
「あと、一つ重要なことがある」
全員がこちらを見た。
「俺も前線に行く」
静寂。
「——正気ですか」
リーゼが先に声を上げた。
「元帥が前線に立つなど——」
「指揮官が後方で地図を見てるだけの戦い方は、俺には合わない。俺の能力は、戦場の近くで使った方が精度が上がるんだ」
これは嘘じゃない。王宮で発動した時よりフェルゼン要塞で使った時の方が、前線の情報は鮮明だった。距離が近いほど解像度が上がる感覚がある。
「護衛は?」
ガリウスが聞いた。
「ガリウスさんに直衛をお願いしたい。あと、騎兵小隊一個」
「自分が直衛であれば——まあ、死なせはしませんが」
ガリウスの声に、初めて感情らしいものが混ざった。覚悟か、それとも呆れか。
リーゼが何か言いたそうな顔をしていたが、結局は口をつぐんだ。
* * *
翌朝。
出撃。
歩兵六千が要塞を出て、リーデル平原へ向かう。騎兵千二百は別ルートで北と南に展開。魔術師団三百二十名は南翼後方に待機。
俺は歩兵主力の後方、小高い丘の上に陣取った。ガリウスと騎兵小隊が護衛につく。
丘の上からは、リーデル平原が一望できる。
朝もやの向こうに、敵の姿が見えた。
目を閉じる。俯瞰を起動する。
——見えた。
平原の東側に、魔族の大軍が展開している。
数を読む。
五千——いや、六千を超えている。
予想より多い。
ノイズが走る。魔族の個体情報は相変わらず不完全だが、配置と数は把握できる。正面に歩兵的な主力。後方に——何かがいる。ノイズが特に激しい区画。
「あそこに何かがいる」
目を開けて、ガリウスに言った。
「何か、とは」
「分からない。俯瞰で見ても、ノイズが酷くて読めない。魔術系の何かだと思う」
「魔族の術師でありますか」
「たぶん。前の夜襲でも、術師の情報だけが読めなかった」
これが俯瞰能力の弱点だ。通常の兵力は丸見え。だが魔術的なものにはノイズが走る。
「伏兵の可能性は」
俺はもう一度目を閉じた。俯瞰を広げる。
平原の北。南。後方。
——あった。
南の低い丘陵の裏に、赤い点が密集している。三百ほど。
「伏兵だ。南の丘陵に三百。たぶん、うちの騎兵が包囲に動いた時に、側面から突っ込んでくる算段だ」
ガリウスの目が鋭くなった。
「それが見えるので?」
「見える。だから対処できる」
俺は伝令を呼んだ。
「南翼の騎兵に伝えてくれ。包囲に入る前に、南の丘陵の伏兵を先に叩く。三百ほどだから、騎兵六百で十分だ。残りの騎兵で予定通り包囲に入れ」
伝令が走る。
「それと——リーゼに伝言」
「何と?」
「『南に伏兵がいた。先に片付けるから、予定通りのタイミングで動いてくれ』」
ガリウスが伝令を追加で走らせた。
俺は地図に目を戻した。
伏兵を見破れたのは大きい。これで南翼の危険は消える。
だが——あのノイズの塊。敵後方にいる「何か」。
あれが一番厄介だ。
まだ正体が分からない。
「ガリウスさん」
「何でありますか」
「最悪の事態に備えて、撤退ルートも確保しておいてくれ」
ガリウスが頷いた。
「承知。——閣下は、慎重でいらっしゃる」
「ビビってるだけだよ」
「……それもまた、指揮官の美徳であります」
褒められたのか、慰められたのか。
どっちでもいいか。
戦場の朝もやが、少しずつ晴れていく。
六千の魔族が、こちらを見ている。




