表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍オタ大学生、異世界で元帥になる  作者: ただの学生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/12

3話

「坊やが新しい元帥?」


 第一声がそれだった。


 魔術師団の本部は要塞の北棟にある。石壁には防火の魔術陣が刻まれ、空気が微かに焦げた匂いを帯びていた。


 俺の正面に座っているのは、白金色の長い髪をした女性。切れ長の目に、余裕のある微笑。紅茶のカップを片手に、足を組んで椅子に深く腰掛けている。


 ヘルガ・ブリュンヒルデ。


 王国魔術師団の団長。通称「氷の魔女」。


「坊やは少し失礼だと思うんですけど」


「あら、ごめんなさい。じゃあ——元帥坊や、にしましょうか」


 改善されてない。


 ガリウスが隣で石像と化している。助けてくれる気はなさそうだ。


「ヘルガ団長。魔術師団との連携について相談したくて来ました」


「せっかちね。着任して一日でしょう?」


「一日で分かることもあるんで。たとえば——」


 俺は、昨夜ガリウスからもらった報告書の内容をもとに話した。


 魔術師団の配置。前線での運用状況。損耗率。触媒の在庫。


 ヘルガの微笑が、少しだけ変わった。面白そうな目に。


「詳しいわね。将官たちは魔術師団の消耗率なんて気にしたこともないのに」


「気にしないのはおかしいでしょ。最大火力が魔術師団なのに、消耗率を管理しなかったら——」


「あなたの部下を壊れるまで使っていいですか、と聞かれているようなもの、でしょう?」


 ヘルガの声がわずかに冷えた。


 微笑はそのままだが、目の奥が笑ってない。


「……そういうことです」


「嬉しいわ。分かってくれる元帥は初めてよ。でもね、坊や」


 カップを置く。


「信頼は言葉じゃ買えないの。見せて?」


 試されている。


 それは分かる。だが——


「ヘルガ団長。あなたの部下の中に、火属性の中隊長がいますよね。リーゼロッテ・フォン・エーデルシュタインという人」


 名前を出した瞬間、ヘルガの眉が上がった。


「リーゼのことを知っているの?」


「報告書に名前があったので。第三中隊長。火力支援の成績が群を抜いてる。でも、前回の作戦で中隊が大損害を受けてる」


「……よく読んでるわね」


「彼女に会えますか」


 ヘルガが少し考え、それから小さく笑った。意味深な笑みだ。


「いいわよ。呼んであげる。——ただし、覚悟はしておいてね」


 * * *


 覚悟の意味は、すぐに分かった。


「失礼ですが、元帥殿」


 銀髪をポニーテールにまとめた女性が、俺の目の前に立っている。赤いマントを羽織り、軍服をきっちりと着込んでいる。背筋がまっすぐで、姿勢がいい。


 リーゼロッテ・フォン・エーデルシュタイン。


 二十歳。


 ——で、今にも俺を焼き殺しそうな目をしてる。


「あなたに私の部下は任せられません」


 開幕宣戦布告だった。


「おっ」


「戦場の経験もなく、この世界のことも知らず、神託などという曖昧な根拠で元帥の椅子に座った方に、三百人の命を預けることはできません」


 一気にまくし立てた。


 声は硬いが震えてない。怒りじゃない。本気だ。


 ヘルガが後ろで紅茶を飲んでいる。止める気がないらしい。


 ガリウスが一歩前に出ようとした。俺は手で制する。


「リーゼさん、だっけ」


「リーゼロッテです。馴れ馴れしく呼ばないでください」


「じゃあリーゼ」


「——聞いていましたか今の話」


 聞いてた。聞いた上で呼んでる。


「リーゼの言い分は、もっともだと思う」


「……は?」


「俺は戦場経験ゼロ。この世界のことも一週間前に知ったばかり。元帥の資格があるかどうかは、自分でも分かってない」


 リーゼの目が、わずかに揺れた。反論を用意していたのに、肯定されて戸惑っている。


「でも、一つだけ約束できることがある」


「……何ですか」


「俺は部下を無駄に死なせない。それだけは、全力で」


 リーゼの表情が固まった。


 何か——何かが、彼女の中で引っかかったみたいだった。一瞬だけ、あの怒りの鎧に亀裂が入った。


 けれど、すぐに元に戻る。


「言葉だけなら誰でも言えます」


「だろうね。だから——」


 俺はリーゼの目を見た。


「見せてやるよ。口じゃなくて、結果で」


 リーゼが唇を噛んだ。何か言いかけて、飲み込んで、踵を返した。


「失礼します」


 マントの裾が翻る。扉が閉まる。


 ……嵐みたいな人だ。


「あらあら」


 ヘルガが紅茶を一口含んだ。


「逃げなかったわね、坊や。少し見直したわ」


「いや、正直めちゃくちゃ怖かったんですけど」


「ふふ。リーゼは優秀よ。味方にできれば、これ以上ない戦力」


「分かってます。だからまず——彼女に認めてもらわないと」


 ヘルガの目が、少しだけ柔らかくなった。


「期待してもいいのかしら」


 返事の代わりに、俺は頭を下げた。


「協力をお願いします。魔術師団なしに、この戦争は勝てない」


「……まあ、誠意は受け取っておくわ。でも、本当の答えは戦場で見せてね」


 全員に同じことを言われてる気がする。


 * * *


 夜。


 執務室で一人、地図を広げていた。


 昼間の出来事を反芻しながら、目を閉じる。


 ——来い。


 あの感覚を、意図的に呼び出す。


 王宮で偶発的に発動した、あの俯瞰の視界。


 集中する。


 こめかみの奥がじわりと温かくなる。


 ——来た。


 視界が反転する。


 フェルゼン要塞の全景が、上空から広がった。


 石壁の輪郭。塔の位置。兵舎に灯る明かり。見張り台に立つ兵の数。北棟の魔術師団本部。南の馬場。東門の前に築かれた塹壕線。


 全部、見える。


 これが俺の能力だ。


 ——バトルフィールド・オーバービュー。


 自分で勝手にそう名づけた。だって、RTSゲームのマップ画面にそっくりなんだ。


 視界を東に広げる。


 要塞の外。荒野。遠くに見える平原。


 そして——


 赤い点。


 大量の赤い点が、東の闇の中に蠢いていた。


 敵だ。


 魔族の兵力が、平原の向こうに集結している。


 数を読む。千……いや、それ以上だ。正確な数は分からない。個体のデータがぼやけて、ノイズが走っている。やっぱり魔族の情報は不完全だ。


 だが、位置は分かる。


 そして——動いている。


 ゆっくりと、だが確実に、西へ。


 フェルゼン要塞に向かって。


 目を開ける。頭がずきりと痛む。


「ガリウスさん」


 執務室の隅で控えていたガリウスが、即座に立ち上がる。


「何でありますか」


「敵が来る。東から。たぶん夜襲だ」


「……何を根拠に」


「見えた」


 ガリウスの眉がかすかに動く。


 だが、この人は問い詰めない。一呼吸おいて、聞いた。


「規模は」


「千以上。正確な数は分からないけど、要塞への直進コースを取ってる」


 ガリウスが地図を見た。


「……夜襲であれば、到達は明朝か」


「いや、もっと早い。魔族は夜間の移動速度が速いって聞いた。今夜中に来るかもしれない」


 ガリウスが立ち上がった。


 その巨体が、初めて戦闘態勢の空気を纏った。


「迎撃の準備を指示いたしますか」


「頼む。全軍警戒態勢。それと——」


 俺は地図を叩いた。


「魔術師団にも出動要請を出してくれ」


「リーゼロッテ殿は応じますか」


「応じるよ。戦闘が始まれば、あの人は来る」


 なぜか、確信があった。


 あの目は——部下を守るために戦う人間の目だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ