第24話|王弟の静怒、そして奪われる光
王城、執務室――
室内は静まり返っていた。
怒号はない。
机を叩く音もない。
ただ、冷たい空気だけが満ちている。
レオンハルトは椅子に腰掛けたまま、微動だにしない。
「状況を報告しろ」
低い声。
感情が削ぎ落とされている。
フェリクスが淡々と告げる。
「内通者は三名。
侍女一名、衛兵一名、料理番一名」
「証拠は」
「押収済み。金銭の授受も確認いたしました」
沈黙。
「動機は」
「家族への脅迫。および金銭」
レオンハルトは目を閉じる。
「甘いな」
それは彼ら個人へ向けた言葉ではない。
王城に、だ。
「王城内に腐りがあった。
それを見抜けなかったのは、私の落ち度だ」
フェリクスがわずかに視線を伏せる。
「殿下の責では――」
「いや」
短く遮る。
「だが、ここまでだ」
瞳が開く。
氷のような光。
「内通者は即刻拘束。
関係者の身柄も押さえろ」
「すでに」
「商団主の資金の流れを洗え。
王都外の拠点も含め、すべてだ」
声は荒れない。
だが、静かな怒りが満ちている。
「……必ず、取り戻す」
それは誓いではない。
宣言だった。
数刻後――
ヴァイスベルク侯爵家。
春の光が差す応接間。
アマーリエは、突然の訪問にわずかに目を見開いた。
「殿下……?」
レオンハルトは立ったまま、彼女を見つめる。
「急な訪問を許せ」
「何かございましたか」
一瞬、迷い。
だが彼は隠さない。
「ベルク子爵令嬢が連れ去られた」
空気が変わる。
アマーリエの表情が引き締まる。
「王城で……?」
「ああ。内通者がいた」
沈黙。
「私に、できることは?」
迷いのない問い。
レオンハルトの胸がわずかに揺れる。
(彼女は強いな……)
「今は何もするな」
「けれど――」
「そなただけは、無事でいてくれ……」
それは命令ではなかった。
願いだった。
アマーリエは静かに微笑む。
「殿下こそ、ご無理をなさらないで」
その穏やかさに、ほんの一瞬だけ、張り詰めた空気がほどける。
庭ではマリアンネの笑い声が響く。
風が柔らかい。
ほんのわずかな、癒やしの時間。
――その帰路。
レオンハルトの馬車が屋敷を離れた、直後のことだった。
庭の奥の薬草畑。
そこに、不穏な影が潜んでいた。
アマーリエは籠を手に、ハーブや薬草を収穫している。
(落ち着かないわね……)
土に触れ、心を鎮めようとする。
その時。
背後で、枝が折れる音。
振り向いた瞬間――
甘い香りが広がった。
「……っ」
視界が揺れる。
例の、香。
ローザリアが利用された、あの香と同質のもの。
(まさか……)
籠の中に紛れた白い花。
ドクダミ。
(確か……前世で読んだのよね)
毒消し。
強い解毒作用。
咄嗟に葉を千切り、口へ含む。
苦味。
意識が、戻る。
「効いていないだと……?」
背後の男が低く呟く。
声は若い。
だが、姿は見せない。
だが手勢は多い。
王宮ほどではないが、ヴァイスベルク家にも優秀な騎士がいる。
その警備を、どうやって抜けたのか。
考える暇もない。
布が被せられる。
抵抗する間もなく、身体が浮く。
籠が落ちる。
白い花が、土へ散った。
屋敷の塀を越える影。
遠くで、マリアンネの声。
「お姉様?」
返事はない。
馬車の扉が閉じる音。
派手な襲撃ではない。
だが確実に。
ヴァイスベルク侯爵令嬢は、奪われた。
闇の中、誰かが静かに告げる。
「――予定通りだ」
名は、まだ明かされない。
――今度は、盤上の主が動く番だった。




