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婚約者を奪われましたが、前世の知識で幸せを取り戻します  作者: 絵宮 芳緒


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第18話|甘い香りと、知らぬ支配

学園内にある温室の帰り道。

ローザリアは、ふと足を止めた。


胸の奥が、わずかにざわつく。


(……少し、重い?)


オスカーの視線。

縋るような、あの熱。


あれはいつもなら、優越感をくすぐるはずだった。

なのに今日は、妙に胸がざらつく。


指先に残る、かすかな香り。

温室の奥で漂っていた甘い匂い。


最初は、ただの花の香だと思っていた。


だが思い返せば、どこか違和感がある。


吸い込んだ瞬間、心がわずかに浮いた。

気分が、ほんの少しだけ高揚した。


(……気のせいよね)


自分は、冷静に操る側。

落ちる側ではない。

そう言い聞かせる。


だがその夜、鏡の前でふと呟いた。


「……私を守って…」


昼間、自分が口にした言葉。


なぜか今度は、自分の胸にも刺さる。


わずかに甘く。

わずかに、危うく。





翌日――

図書棟奥の閲覧室。


レオンハルトは、あえてローザリアの前に姿を現した。


「また、偶然ですのね……」


ローザリアは微笑む。

だが今日は、呼吸がほんの少しだけ早い。


その変化を、レオンハルトは見逃さない。


「最近、体調を崩す学生が多いらしいな」


唐突な話題。

ローザリアは首を傾げる。

だがその瞳の奥が、わずかに揺れた。


「甘い香りに……心当たりは?」


一瞬。

ローザリアの指先が止まる。

すぐに微笑みで隠す。


「学園には、甘い香りの花が多いですもの」


完璧な返答。


だがレオンハルトは確信する。


――触れている。

完全な加害者ではない。

だが、何かを媒介している。


「用心することだ」


低く告げる。


「感情は、自分のものと思っていても……他人に触れられていることがある」


その言葉が、ローザリアの胸を刺した。


なぜか、少し怖い。

レオンハルトはそれ以上追及しない。


去り際、ただ一度だけ温室の方角へ視線を落とした。




その夜――

オスカーは耐えられなかった。


謹慎。

交流の禁止。

だが、胸のざわめきが止まらない。


――会わなければ。

理性が、削れていく。


彼は市井にある宿の裏口を抜けた。

頬を撫でる夜風が、冷たい。


足は自然と、学園の温室へ向かう。

そこにローザリアがいると、思い込んで。


だが――

温室の扉を開けた瞬間、立っていたのは。


「……やはり、来たか」

ため息混じりに告げたのは兄のカールだった。


そして背後、闇の中から現れる黒衣。

王弟、レオンハルト。

オスカーの目が揺れる。


「兄上……なぜ……」


声が震える。

自分でもわからない。

ただ、ローザリアに会わなければ壊れそうだった。


レオンハルトが静かに歩み寄り、問いかけた。


「その衝動は、本当にお前のものか?」


オスカーの呼吸が荒れる。

頭が割れそうだった。


甘い香りが、幻のように鼻をかすめる。

膝から崩れ落ちた。


「……会いたい」


その一言が、異様に重い。

カールの表情が変わる。


――これは恋ではない。

何かが、増幅されている。


レオンハルトは低く命じた。


「この者を礼拝堂へ運べ。今すぐ香を遮断しろ」


ついに確信する。

外部要因あり――。




その後。

夜気の中、レオンハルトは馬を走らせた。


向かう先は、ヴァイスベルク侯爵邸。


急ぎの用件だと侯爵に告げ、夜も更けているゆえクララを先に娘の部屋へ、向かわせる。

静止を待たず、使用人に案内を命じた。


屋敷の廊下は薄暗く、足音が長く響く。


アマーリエの居室の前で立ち止まり、軽く拳を握る。

迷いはない。

扉を叩く。


「……アマーリエ」


静かな呼びかけ。

すぐに扉が開いた。


夜着にガウンを羽織ったアマーリエが、落ち着いた眼差しで立っている。


「殿下、お待ちしておりました。

……して、状況は?」


「ああ。そなたの見立て通りだ」


短い言葉。だが重い。

レオンハルトを席へ促し、アマーリエはクララに茶を命じる。


扉が静かに閉じられた。


――盤面は、動いた。





礼拝堂。夜明け前。


蝋燭の炎が揺れる中、レオンハルトは告げる。


「君は媒介になっている可能性が高い」


突如呼び出されたローザリアの背筋が凍る。


「……何を」


「温室の奥、甘い香。

最近、君の周囲でのみ強く確認されている」


否定しようとしても、言葉が出ない。


思い出す。

父から届いた香油。


「学園でも使いなさい。

子爵家の娘として、相応しい香りだ」


軽く笑って渡された小瓶。

あの甘い香り。


胸が、冷える。


「……私、知らなかった」


初めて、余裕が崩れた。


レオンハルトは冷酷ではない。

だが甘くもない。


「……知らぬことは、免罪にならぬ」


静かに、淡々と。


「だが……意図がなかったなら、選び直せる」


その言葉が、ローザリアを貫く。


操っていたつもりが、自分が使われていた。

誇りが軋む。


「……父が?」


震える声。

レオンハルトは答えない。

沈黙が、すべてだった。


ローザリアは拳を握る。


「私は……駒では、ありません」


初めて、その感情が本物になる。






少し時を遡り――礼拝堂。

香を遮断した空間。


オスカーは荒い呼吸の中で目を覚ました。


「……頭が……静かだ」


焦燥が薄れている。

完全ではないが、理性が戻りつつある。


「……俺は、何を……」


分断されていた記憶がつながる。

衝動。

執着。

自分らしくない言動。


カールが静かに告げる。


「選べ。流されるか、立ち戻るか」


兄としてではない。

グラーツ侯爵家の男として。


オスカーは拳を握りしめた。


「……利用されるのは、もう御免です」


声はまだ弱い。

だが意思がある。


レオンハルトが告げる。


「完全に断つには、時間を要する」


「ならば、断ちます……」


揺れながらも、前を見る。


ここで初めて――

“被害者”から“当事者”へ。



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