第16話|依存の影、揺れる熱
学園図書棟前。
静かな石畳。
レオンハルトが資料に目を通していた。
「まあ、奇遇ですわね」
柔らかな声。
狙いすましたように、ローザリアが歩み寄って来た。
計算された歩幅。
計算された角度。
風に揺れる髪まで完璧。
「先日も…お見かけしましたわね?」
最高の笑顔を披露する。
青年は本を閉じた。
「そうか…」
ただ、それだけ。
ローザリアは一瞬、拍子抜けをした。
(距離が…遠い?)
普通ならここで、名を尋ねてくる。
もしくは、相手の女性へ、身分を匂わせる。
少なくとも、微笑むはずだ。
だが、彼は違う。
「学園は学ぶ場だ。
用がなければ戻るといい…」
穏やかに…だが、確実に線を引いている。
それでも、ローザリアは微笑みを崩さない。
「学びとは…人との出会いも含むのでは?」
少しだけ踏み込んでみる。
彼の視線が変わる。
やわらかさが消えた。
「出会いは…選ぶものだ」
たった一言。
それは拒絶ではない。
だが“選ばれていない”ことを示していた。
初めて…。
胸の奥に小さな棘。
彼は軽く会釈し、そのまま去っていく。
ローザリアはその背を見つめていた。
(……面白い)
まだ余裕。
でもほんの少しだけ、違和感を感じていた。
その日の夕刻ーー。
オスカーは、兄であるカールに執務室へ呼ばれた。
重い空気。
「学園内外での言動について、グラーツ家としての…処分を決めた」
カールは淡々と言い放つ。
「一定期間、対外的な交流を制限する」
「……は?」
その言葉に、オスカーの顔色が変わる。
「なぜですか? 私は――」
言いかけて、言葉が止まる。
自分でもこの処罰に対する正当な理由が、はっきり言えない。
カールは、依然として冷静沈着なまま。
「まず、学生として。さらに、将来ある貴族として…
お前は、品位を欠いた」
その言葉に、ぐうの音も出ない。
「再教育だ!反論は、一切受け付けない…」
オスカーの胸がざわつく。
焦り…苛立ち。
そして――
“会えなくなる”
真っ先に浮かんだのは、ローザリア。
(会わないと…。彼女に、会わないと落ち着かない)
その自覚に、自分でも驚く。
こんなはずでは…なかった。
翌日ーー
ローザリアはオスカーの変化に気付いた。
目の下の影。
落ち着きのない指先。
「オスカー、どうしたの?」
優しく、甘く問いかける。
オスカーは一瞬、縋るような目をした。
「しばらく…君に会えないかもしれない…」
「…え?」
「兄上が……」
言葉が乱れる。
今までの彼なら、もっと理性的に説明したはず。
でも、今は違う。
焦燥…依存。
まるで――
そう、何かを失うのが怖いかのように。
ローザリアは一瞬だけ目を細める。
(……こんな人だった?)
以前はもっと…誇り高く、冷静で、少し退屈なくらい真面目だった。
今は…熱がある。
けれど、不安定。
「大丈夫よ」
とりあえず、慰めるように微笑む。
でも胸の奥に、小さな疑問が浮かんだ。
(私のせい?)
それとも…。
何か別のものが絡んでいる?
気付けば、誰かの盤上に立たされている――
そんな予感が胸をざわつかせた。




