第14話|支配の兆し、目を逸らさない者
昼休み。
中庭の喧騒から少し離れた木陰で、アマーリエは立ち止まっていた。
遠くでローザリアが笑う。
その隣には、やはりオスカー。
胸がざわつく。
怖いのは嫉妬ではない。
恋でもない。
あれは――壊れていく人間の顔。
廃校舎で見た光景が蘇る。
甘い声。虚ろな瞳。
理性が削がれていく、あの異様な空気。
(あれは……普通じゃない)
自分は恋を知らぬ少女ではない。
前世を含めれば、人並みの経験はある。
だからこそ分かる。
あれは情熱ではない。
陶酔でもない。
もっと計算され、段階的に縛られる何か。
目を閉じる。
――依存は作れる。
――心は削れる。
知識として、知っている。
ゆっくりと目を開く。
震えは、もう止まっていた。
(私は、目を逸らさない)
その時ーー
「……顔色が優れませんね」
振り向くと、元婚約者の兄である青年、
カール・フォン・グラーツがその場に立っていた。
その瞳は、状況を量る者の目だった。
「あなたは、ただ怯えているだけではない」
図星。
だが、逃げない。
「見てしまいました。
……そして、考えました」
声は静かに落ちる。
カールの目がわずかに細まる。
「多くは噂を楽しむか、目を背ける。あなたは違う…」
一拍。
「家門のために動く覚悟があるなら――
いずれ話してもらえるか?」
試しだった。
巻き込まれる覚悟を問う言葉。
アマーリエはわずかに考え、そして頷く。
「守るべきものがあるなら、逃げません」
カールは確信する。
この令嬢は、利用される側ではない。
その時――
「興味深い話だ」
空気が変わった。
カールが即座に礼を取る。
「……殿下」
アマーリエは振り向く。
端正な青年。
静かな重心を持つ存在。
湖の畔で会った、あの男性。
殿下?この国の王子達は、まだ幼い…他に殿下と呼ばれるのは…。
――王弟、レオンハルト。
「君は、何を見た?」
穏やかな声。
だが、逃げ道のない問い。
喉が鳴る。
それでも、視線は逸らさない。
「恋慕ではありません」
静かな声。
「人が人を好きになる空気ではなかった……」
レオンハルトが一歩、近づく。
「では、何だ」
前世の記憶が重なる。
健全な揺らぎと、危うい依存の違い。
そして、あれは――
「……支配です」
はっきりと言い切る。
「選んでいるのではなく、削られているようでした」
沈黙。
カールが低く息を吐く。
「同じ見解だ」
レオンハルトの瞳が、わずかに鋭さを帯びる。
「恐れながらも…自分の目で、見極めたか…。
ならば――そなたにも協力してもらう」
命令ではない。提示。
アマーリエの迷いは、もうない。
「私にも…出来ることがあるのなら……」
風が吹き抜ける。
レオンハルトは静かに告げた。
「甘言の裏にあるものを暴くのだ」
中庭では、ローザリアが微笑む。
盤は、さらに深く動き始めた。




