第11話|迷宮の夜、深まる甘美と罠
第11話|迷宮の夜、深まる甘美と罠
夜明け前の宿の一室。
オスカーはまだローザリアの腕に抱かれ、微かに乱れた呼吸を整えていた。
宝石箱の光は消え、ランプの灯りだけが揺れる。
だが、彼の心はすでに覚醒してはいなかった。
「君のためか……本当に、君のためなのか……」
昨夜の囁きが、まだ頭をよぎる。
繰り返すほどに、理性は遠く、甘美な陶酔が全身を支配する。
ローザリアは微笑み、指先で彼の手をそっと導く。
彼女の瞳には、計算された遊戯の光が宿っていた。
一方、机の上には昨夜写された宝石商の領収書、封筒、そして小さなメモ。
すべてが彼の心理に作用する小道具として仕組まれている。
宝石箱の中には純白の薔薇をかたどった小さなオブジェと、微かに紅を帯びたリボン。
すべてが、彼の心理に作用する小道具として、ローザリアの狡猾な意図を物語る。
ローザリアは静かに、しかし確実に次の一手を進める。
「……ふふ、次はどこまで堕ちるかしら」
微かな笑い声が、甘い香りに混ざって宿の部屋を満たす。
駒は動く。
意識の奥底で、オスカーは自らその手のひらで揺れ、迷宮の夜へ深く沈んでいく。
宝石箱を弄り、封筒に残る彼女の残り香を嗅ぎ、紅の淡い跡に触れる――
すべてが、彼の心に無言の鎖を巻きつける。
胸の奥から熱が広がり、理性は甘美の奴隷となる。
不敵に微笑むローザリアは、さらに冷徹さを増す。
扉の外へ合図を送ると、無言で部屋に入って来た複数の屈強な男達が、陥落したオスカーを子爵家本邸のローザリアの自室へ運ぶよう指示した。
オスカーと男達が出て行った後、ローザリアは宿の部屋の痕跡を消し、部屋を後にした。
遠く王城では、レオンハルトが静かに街を見下ろしていた。
「駒は進んだか……よし、次はどうでるか…」
その視線の先には、まだ気づかぬ者たちと、仕掛けられた罠の網が広がる。
王弟レオンハルトの手元のチェス盤では、一つの駒が静かに前へ進む。
子爵邸のローザリアの自室。
男達が去り、扉が閉ざされると、オスカーは完全に現実から切り離されたように息をつく。
胸の奥の陶酔は消えず、甘美の支配はますます深まる。
ローザリアはゆっくり歩み寄り、指先で彼の肩や首筋を撫で、胸元へ顔を寄せる。
オスカーは無意識にそれを求め、身体も心も、彼女の掌と身体の中で蕩けていく。
「……もっと……」
囁きは自然に、求める声へと変わる。
ローザリアは笑みを深め、冷徹さを失わない。
その掌の一振り一振りが、彼をさらに深く堕とすための計算であり、オスカーはそれに気づかない。
甘い夜の裏で、迷宮の夜は静かに進む。
駒は動き、影は落ち、虚飾の世界でひそやかに罠が噛み合っていく――。
ランプの影の中、チェスの駒が、静かに次のマスへと進んだ。
そしてローザリアの影は、次の獲物を静かに狙い、暗い微笑みを浮かべていた。
机の上には、次の策略の小道具として、淡く紅を帯びたリボンが静かに置かれている――誰にも気づかれぬまま。




