なぜ、やめなかったのだろう ――転がるのはやめなかった。 でも、止まり方だけは覚えてしまった。
✦なぜ、やめなかったのだろう
――転がるのはやめなかった。
でも、止まり方だけは覚えてしまった。
……
僕の尊敬するマザー・テレサは、
人生には順番がある、と言ったらしい。
思いが言葉になり、
言葉が行動になり、
行動が習慣になり、
習慣が人生になる。
たぶん、それは正しい。
少なくとも、黒板に書けば、
チョークの粉も少なくて済むし、
とてもきれいだ。
でも正直に言うと、
僕はその順番を一度も守ったことがない。
まず、考えるのが嫌いだった。
というより、考えると少し怖くなった。
考えるとろくな結論が出ない予感だけは、
いつも正確だった。
だから話すことは、
だいたいいつも支離滅裂だったし、
生活習慣なんてものは、
最初から信用していなかった。
理屈で言えば、
僕には「人生」と呼べるものが
存在しないことになる。
実際、僕は生まれてからずっと、
人生を生きているというより、
ただ転がっていただけだった。
小心者だった。
世界のだいたい全部が怖かった。
親も、友達も、先生も、
ついでに言えば、
自分のことも信用できなかった。
今思えば、
完全にパチンコ玉みたいな性格だった。
丸くて、よく弾かれて、
どこまで行くのか自分でも分からない。
止まり方も知らなかった。
正確に言うと、止まれなかった。
だから僕は、自分で決めるのをやめた。
間違えるのも、選んでしまうのも、
どちらも怖かったのだと思う。
ついでに言うと、責任も取りたくなかった。
その代わりに、六角形の鉛筆を転がした。
机の上で、ころん、と。
しかも僕は、正解を暗記するのが嫌だった。
女の子にフラれるのは、
もっと嫌だった(笑)。
これは今でも、あまり変わっていない。
だから、やりたくないことも、
逃げたいことも、全部、鉛筆に任せた。
わりと本気で。
今思えば、かなり本気で。
たぶん鉛筆のほうが、
途中から困っていたと思う。
不思議なことに、
鉛筆は未来を教えてくれなかった。
意味も、正解も、いっさい語らなかった。
ただ、転がって、
どこかで必ず止まった。
それは、六角形だったからだ。
角があるから、勢いは削がれる。
どこかで引っかかる。
永遠には転がらない。
その「止まり方」を、僕はいつの間にか、
生き方として覚えてしまった。
気がつけば、
まんまるだったはずの僕の人生には、
角が一つ、また一つと増えていった。
そして四十年後、
僕はもう一度、止まることになる。
親と喧嘩して家を出て、
二度と帰らないつもりだった実家に、
なぜか戻っていた。
理由は分からない。
帰ろうと決めた覚えもない。
ただ、僕の鉛筆が、
「ここは一回、帰っとこ」
とでも言った気がした。
仏壇の前で、
父の遺影に頭を下げた。
長い言葉は出てこなかった。
ただ、「戻ってきたな」
それだけだった。
それから、しばらくして、
高校の同窓会に出席した。
勘当されたままの僕なら、
絶対に行けなかった場所だ。
でも今回は、行けた。
理由は分からないけれど、
靴はちゃんと履けていた。
さらに不思議なことに、
認知症になった母と、
二年ものあいだ、
スマホでカラオケを歌っている。
歌が終わると、
母は短い言葉を返してくる。
断片的で、それでも確かな会話。
昨年は、車椅子を押しながら、
施設の庭に咲いた桜を一緒に見た。
「今日も来てくれて嬉しいよ」
その一言で、胸の奥が、
電子レンジみたいに、静かに温まった。
幸せって、
ずいぶん音の小さいものなんだな、
とそのときに思った。
僕の人生に、派手な成功も、
劇的な逆転もない。
あるのは、止まれた場所と、
まだ続いている日常だけだ。
六十七歳になって、
ようやく分かる。
人生の意味は、
最初から用意されていたわけじゃない。
考えるのが嫌いだった僕の生き方に、
あとから、しれっと、
混じってきただけなのだ。
マザー・テレサの順番は、
たぶん正しい。
でも世の中には、
裏千家みたいな人生もある。
思いはなく、言葉もなく、
ただ、わずかばかりの
「やめなかったこと」だけが、
僕の人生を支えている。
すべてを鉛筆に任せて、
何も考えず、何も決めず、
それでも続いてしまった人生。
仏教で言うなら、
これはたぶん「他力」だ。
鉛筆を他力と考えれば、
逆マザー・テレサも、
まぁ、ありじゃないだろうか(笑)。
今日も鉛筆は、
机の上で静かに転がっている。
「君って、考えるの苦手でしょ。
無理しないで…
いつものように…
とりあえず…
続けてみたら?」
……おいおい。
せっかく止まれたのに、
また転がれって言うのか。
まあ、いいか。
転がるのは、たぶん嫌いじゃない。
今度は、止まり方を知っているから。
……
★目次
■第1章 ラジオの音量
―― 50年ぶりの同窓会の前夜、
仏壇とラジオと「まんがえぇ」
■第2章 鉛筆は六角形だった
―― あみだくじのような受験と、
ビリで通った進学校
■第3章 遅刻という分岐点
―― 人生を決めた瞬間を、
人生を決めたと気づかないまま
通り過ぎた話
■第4章 辞めなかった理由は、なかった
―― 辞める理由は山ほどあったのに、
降りなかった理由
■第5章 第5章 空売りと帰郷
―― 分布の端で、生き残るということ
■第6章 部屋に来ていた誰か
―― 忘れてしまったことが、
僕をここまで運んできた話
■第7章 二人の女性
―― 結婚しなかった人生と、選ばなかった未来
■第8章 破綻しない遊び方
――鉛筆で決めて、戻ってきた鮭の話
■あとがき
――進路指導に載らない、生き残り方について
………
■第1章 ラジオの音量
(五十年ぶりの同窓会の前夜、
仏壇とラジオと「まんがえぇ」)
同窓会の前夜、
僕は実家の畳の上でラジオを聴いていた。
テレビはつけない。
昔から、どうも信用できないのだ。
映像は強すぎる。
ラジオくらいが、ちょうどいい。
スピーカーの向こうから流れてくる
よく分からない話と、少しズレた笑い声。
それを聴いていると、
世界と細い糸でつながっている気がする。
中学二年のころから、
この感覚はほとんど変わっていない。
あの頃も、今も、
僕は世界を「理解」してはいない。
ただ「受信」しているだけだ。
この部屋で、
高校生のころ、
父と殴り合いの喧嘩をした。
タンスのガラスが割れて、
壁に肘をぶつけて、
そのまま家を飛び出した。
といっても、五時間ほどだ。
真冬で、行くあてもなく、
田んぼのあぜ道に仰向けになった。
空はやけに暗くて、音がなかった。
「……あれ?
誰も探しに来んのかな?」
そう思った瞬間、
急に怖くなって、泣いた。
それから家に戻って、
「ごめんなさい」と言った。
母は、何も言わなかった。
ただ、台所に立って僕を待っていた。
つい最近まで、
この記憶を思い出すと、
胸の奥がざらついた。
でも今は、
少し離れた場所から、
他人の話みたいに眺めている。
「あの頃のわし、
長髪やったなぁ。
髪は男の命です(笑)」
誰に聞かせるでもなく、
そう呟いてみる。
不思議なことに、
頭の中の周波数だけは、
あの頃からほとんど変わっていない。
生きる意味も、将来の設計図も、
考えなかった。
考えると、怖くなったからだ。
だから僕は、考えない代わりに、
音を流していた。
音が途切れなければ、
世界も壊れない気がした。
今、仏壇の前に座り、
線香を一本立てる。
そして、正信偈を唱える。
意味は、正直よく分からない。
でも、心は静まる。
遠くの部屋から、
ラジオの音が、
ほんの少しだけ聞こえてくる。
その「少しだけ」が、
今の僕にはちょうどいい。
人生は、音量をゼロにすることでも、
最大にすることでもない。
壊れない位置に、つまみを置いておく。
それだけで、案外、続く。
学校の先生だった父は生前、
よくこう言っていた。
「しっかりせえ。
お前は、わしの子じゃ。
そのうち、勉強もできるようになる」
根拠はなかった。
信念というより、願望だった。
そして、
僕がどうしようもないと分かると、
決まってこう付け加えた。
「お前は、ほんまに
まんがえぇ」
岡山弁で、
「やけに運がいい」という意味だ。
僕は長いあいだ、
それを慰めの言葉だと思っていた。
努力も足りない。
根性もない。
勉強もできない。
「せめて運だけはあることにしとこう」
そんな響きに聞こえていた。
でも今は、少しだけ違って聞こえる。
運がいい、というより、
気がついたら、なぜか生き残っていた。
それを父は、
最初から知っていたのかもしれない。
線香の煙が、ゆっくり揺れている。
「お父さん、
確かに わしはまんがえぇわ!」
「遅うなって、ごめんな…
ありがとう」
明日、僕はここから
高校の同窓会に出かける。
五十年ぶりだ。
転勤族として生きたただのサラリーマンが、
一度は飛び出した故郷から、
同窓会へ向かう。
多くの人は、
会社に人生を預けたまま、
その土地で終わる。
帰らない、というより、
戻れなくなる。
でも僕は、なぜか、今ここにいる。
それもきっと、
「まんがえぇ」というやつだ。
意味は、あとでいい。
まずは、戻って来られたことを、
少しだけ喜ぼう。
ラジオの音は、今日も消えていない。
壊れない位置で、静かに鳴っている。
たぶん、それでよかったのだ。
――第2章へつづく(笑)。
■第2章 鉛筆は六角形だった
(あみだくじのような受験と、
ビリで通った進学校)
高校受験も、大学受験も、
僕はなぜか、いつも鉛筆を転がしていた。
無心に、というわけではない。
ちゃんと準備もしていた。
中学生のころから、
鉛筆のお尻の角を少し削って、
そこに番号を書いた。
一、二、三、四、五。
もう一本には、丸とバツ。
それを机の上で転がす。
使うのは、決まって同じ場面だった。
まったく分からない問題。
考えれば考えるほど、
間違える自信だけが増えていく問題。
教科書にも載っていない公式が、
当然の顔で出てくる問題。
そういうときだけ、
僕は鉛筆を転がした。
卑怯だと思う人もいるだろう。
でも僕は、自分の頭の出来を
かなり正確に把握していた。
つまり、
「ここから考えても、
外す確率が高い」
ということを知っていたのだ。
今なら分かる。
あれは一種の戦略だった。
当てにいく戦略じゃない。
大外れを引かないための戦略だ。
期待値を上げる気はなかった。
ただ、どん底まで
落ちないようにしていただけだ。
六角形の鉛筆は、
どの面で止まるか分からない。
でも、丸くはないから、
転がり続けることはない。
どこかで、必ず止まる。
その「止まり方」が、
僕にはちょうどよかった。
人生も、たぶん同じだ。
全部を理解しなくてもいい。
正解を知らなくてもいい。
ただ、転がりすぎなければいい。
しかも、僕は自分の人生を
鉛筆のせいにしたことはない。
親のせい、先生のせい、
世間のせいには、
ずいぶんしてきたけど。
僕の高校は進学校だった。
同級生の中には、
のちにノーベル賞候補になる教授もいる。
僕はその中で、ほぼ最下位だった。
周りは、医学部、東大、京大、阪大。
未来の設計図を
すでに描き終えた顔をしていた。
僕には、そんな地図はなかった。
今日が終わればいい。
明日も学校に行ければいい。
それくらいの感覚だった。
赤点だらけで追試を受け、
それでもなぜか、
鉛筆に助けられて進んだ。
「親父が先生じゃから、
他の先生が
気ぃ使うてくれたんかな(笑)」
そんなことを考えたこともある。
大学は地方の三流大学。
鉛筆が決めた、と言ってもいい。
親父は多分、「まあ、ええか」
と思ったのだろう。
大学に入って、僕はパチンコを覚えた。
そこもやっぱり確率の世界だった。
正直、好きではなかった。
でも、気がつくと
二十年近く打っていた。
ただし、鉛筆と違ってあれは丸かった。
よく転がった。
だから、思い通りにはならなかった
そして、バブルが弾けたころ、
僕はふっと、打つのをやめた。
理由はない。
決意もない。
宣言もない。
ただ、行かなくなった。
なぜやめたのか、今でも分からない。
でも、たまに思う。
もし、あれが
「やめなかったこと」の
十一個目になっていたら。
たぶん僕は、こうして人生を振り返り、
小説を書く人間にはなっていなかった。
続かなかったことにも、意味はある。
それはいつも、あとからしか分からない。
六十七歳になって、ようやく思う。
人は、意味を持って歩くんじゃない。
歩き続けたあとで、意味が足元に残る。
僕は勝とうとしたことがない。
ただ一つ、退場しないようにしていただけだ。
負けなきゃ、勝ったも同然。
生き残った。
それだけで、十分だった。
鉛筆が六角形だったのは、たぶん偶然だ。
でも、丸くなかったのは助かった。
転がりすぎない。
どこかで止まる。
そのくらいの確率が、
僕にはちょうどよかった。
そして、
止まる場所はいつも、
少しだけ遅れてやってくる。
たとえば——
遅刻、みたいにね。(哀)
――第3章へつづく。
■第3章 遅刻という分岐点
(人生を決めた瞬間を、
人生を決めたと気づかないまま
通り過ぎた話)
就職活動の朝、僕は面接に遅刻した。
正確に言えば、前の晩に飲みすぎて、
「朝」という概念そのものから
やんわり見放されていた。
理由は単純だ。
いつものパチンコで負けて、
財布がきれいに空っぽになった。
薩摩のママさんは優しく、
カラオケの音は必要以上に大きかった。
「あなた、歌が上手ね」
この一言を、
人生でいちばん真に受けてしまった夜だった。
目が覚めたのは、午後三時。
時計を見た瞬間、
世界が一度、白紙になった。
「……あれ?」
「なんで僕は今、
歌ってないんだろう?」
このどうでもいい疑問だけは、
なぜか今でもよく覚えている。
慌ててネクタイを締め、
伸びたひげを気にしながら、
学校推薦をもらっていた銀行へ走った。
階段はやけに長く、息は切れ、
頭の中は完全に空っぽだった。
「まだ……
面接、間に合いますか?」
面接官は少し考えてから、こう言った。
「君は、何しに来たんだ」
なるほど、と僕は思った。
人生は、ときどきこういう顔をする。
その瞬間、
頭の奥で植木等の歌が流れた。
――分かっちゃいるけど、
やめられない。
ああ、これはもう終わったな、と思った。
そして残念ながら、いや、たまたま、
僕は証券会社に入った。
大学の就職課の人には、
今でも少しだけ
申し訳ない気がしている。
あとから振り返れば、
あれが最初の脱線だった。
鉛筆が、その日だけ深酒に化けた(笑)。
でも今なら分かる。
脱線というのは、線路が壊れることじゃない。
行き先が、本人に無断で切り替わることだ。
銀行という人生は、たぶん直線的で、
規則正しく、安定していたはずだ。
一方で、証券会社という人生は、
揺れが大きく、雑音がうるさく、
ノルマも空気も落ち着かなかった。
どちらが正しかったかは、
今でも分からない。
ただ一つ言えるのは、
僕はその日から、
「正解を当てる人生」ではなく、
「外れにくい人生」に
足を踏み入れた、ということだ。
僕が入社したころ、
日経平均は七千円台だった。
それが三万円になり、
最近では五万円を突破している。
時代は、僕に何も相談せず、
勝手に進んでいった。
そのあいだ、怖くて、
僕はずっと鉛筆を握っていた。
一寸先は闇。
正解なんて分からない。
だから、当てに行かなかった。
外れ続けないように、転がした。
それで十分だった。
鉛筆は、未来を教えてくれなかった。
意味も語らなかった。
銀行に向いている、とも
証券会社は危ない、とも
言わなかった。
ただ、
転がって、止まって、
「まあ、ええか」と思わせてくれただけだ。
嫌いな会社だったはずなのに、
気がつけば、
僕は最後まで現場にいた。
自分で選んだつもりでいたけれど、
実際には、株価が動き、空気が変わり、
期待値が偏り…、
気づけば、
いちばん危ない最前線に立っていた。
道は、
歩いたあとにできた。
今にして思う。
「もし、あの日きちんと起きて、
きちんと面接を受けていたら、
僕はもっと早く
折れていたかもしれない」
六十七歳になって、ようやく分かる。
生き残ったのは、強かったからじゃない。
正しかったからでもない。
ただ、一発勝負を避け続けただけだ。
遅刻は、失敗だった。
でも同時に、人生の分散を
少しだけ小さくしてくれた。
鉛筆がお酒に化け、お酒が朝を消し、
朝が銀行を消し、銀行が消えたことで、
僕は別の場所に立っていた。
因果関係としては、かなり雑だ。
でも、生き残る確率なんて、
だいたいそんなものだ。
鉛筆は何も言わない。
でも、ずっとそばにいた。
遅刻した人生を振り返ると、
鉛筆はこんな顔で黙っている気がする。
「たまには、
全部を白紙にしてみぃ」
それで、ここまで来てしまった。
……でも、
ひとつだけ鉛筆に聞いてみたい。
「ねえ、あの日、
少しだけ転がる向きを
変えたの、
君だったりする?」
正解は、いつも後払いでやってくる。
■第4章 辞めなかった理由は、なかった
(辞める理由は山ほどあったのに、
降りなかった話)
前の仕事の話を、
少しだけしておこうと思う。
証券会社の営業は、
正直に言って、きつかった。
過激なノルマ。数字をめぐる詰問。
怒鳴り声が飛び交う会議。
終電を逃すためにあるような宴会。
辞める理由なら、
いつでも段ボール一箱分は用意できた。
それでも僕は、なぜか辞めなかった。
はっきりした理由は、ない。
当時の僕には、
人生を説明する言葉を考える
余裕そのものがなかった。
ノルマが、波みたいに次から次へ
押し寄せてきたからだ。
「まあ、ええか」
この言葉と、一本の六角形の鉛筆だけが、
長いあいだ僕のそばにあった。
「辞めたら、楽になる」
それは分かっていた。
でも同時に、
「辞めたあと、何するん?」
と考えた瞬間、頭の中が、
しん、と静かになった。
怖かったのは、仕事じゃない。
“空白”だった。
僕はたぶん、空白に弱い人間なのだ。
だから、頭の中を白くして、
寝て、起きて、ネクタイを締めた。
忙しさは、僕にとって救いだった。
考える暇がなかったから。
上司が追い込めば追い込むほど、
なぜか数字は伸びた。
怒鳴られると、身体が勝手に動いた。
理由は分からない。
たぶん、深く考えなかったからだろう。
――走りながら考える。
いや、考えないで走る。
ノルマが終われば一日が終わる。
それだけで、人は案外、
生き延びてしまう。
タコ部屋みたいな会社で、
同期の多くは途中で消えた。
だけど、生き残った者の一人が、
やがて会社のトップになった。
皮肉なことに、その男のおかげで、
僕は会社から見捨てられなかった。
評価されたわけじゃない。
「まあ、あいつは
ちょっと憎めない」
たぶん、それだけだった。
僕は媚びも売らず、算数も得意じゃない。
金融機関に向いているとは、
とても言えない人間だった。
それでも僕は、現場に残った。
気がつけば、
定年まで営業の第一線にいた。
六十七歳になって、ようやく分かる。
僕は意味を持って耐えたわけじゃない。
希望を信じて踏ん張ったわけでもない。
ただ、壊れにくい姿勢を、
知らないうちに身につけていただけだ。
大きく当てに行かない。
でも、転びそうになったら、
ひっそり体勢を変える。
派手じゃない。
格好よくもない。
でも、そのやり方で、朝は来た。
僕は会社で、
意味のよく分からない言葉を
ずっと書いていた。
「販売目標 三千万円」
「新資金導入 一億円」
「締切 本日最終 午後四時」
理解していたかと言えば、
正直、怪しい。
それでも鉛筆で書き続けた。
消されても、また書いた。
そして今、その続きを、
小説という形で書いている。
たぶんこの作業にも、そのうち飽きる。
そしたらまた鉛筆を持って、
意味の分からない言葉を
ノートに書き始めるのだと思う。
それでいい。
僕の人生に、
はっきりした意味はなかった。
でも、壊れなかった。
それだけで、十分だった。
だけど、頭の中のノイズだけは、
ずっと鳴っていた。
「カム・オン・フィール・ザ・ノイズ」
その音が消えなかったから、
僕はここまで来てしまった。
――走れ、メロス。
――走れ、鉛筆。
たぶん、それで、本当に十分だった。
■第5章 空売りと帰郷
(分布の端で、生き残るということ)
営業職だった僕は、
長いあいだ全国を回っていた。
鉛筆に転がされたのか、
会社に転がされたのか。
今となっては、
その違いを気にする意味もない。
五年に一度の転勤。
新しい支店に行くたび、
前の支店のことは
驚くほど簡単に忘れた。
お客様の顔。部下の名前。
駅の名前。飲み屋の場所。
今思えば、かなり早い段階で
「忘れる才能」を
身につけていたのだと思う(笑)。
でも会社員としては、
それは案外、悪くない才能だった。
覚えすぎる人間は潰れる。
引きずる人間は折れる。
忘却もまた、
僕に与えられた救済だった。
営業成績は良かった。
かなり良かった。
少なくとも、数字の世界では
僕は「役に立つ部品」だった。
ただし、年を取るにつれて、
会社が僕に求める役割は
少しずつ変わっていった。
人当たりがよく、部下から慕われ、
地域からも評判がいい顔。
その一方で、
数字のためなら無理をさせ、
黙って人を削り、
ノルマを達成させる顔。
会社はそれを
「理想の管理職」と呼んだ。
僕はそれを
「無茶な注文」と呼びたかった。
でも、口には出さなかった。
口は災いの入口だからだ。
僕はその光景を何度も見てきた。
そして次は自分だろう、
ということも、
うすうす分かっていた。
そんな人生の途中で、
二人の人間に出会った。
一人目は、日本橋のビルの地下にいた。
土地バブルの真っ最中。
僕の会社のフロアでは、
毎日同じ言葉が飛び交っていた。
「買え、買え、買いまくれ!」
「日経平均は五万円だ!」
でも、その社長さんは、
株価をほとんど見ていなかった。
見ていたのは、
全員が同じ方向を向いている、
その空気の重さだった。
「皆が同じ方向に向かった時が、
実は一番危ないんだよ」
そう言って、彼は静かに売った。
勇気でも根性でもない。
ただ、声の大きさを疑っていただけだ。
「いいかい、分からないように、
こっそり売るんだぞ…」
大きな声は出さない。
説教もしない。目立たない。
気づかれないうちに、
その人は金持ちになっていった。
社長さんは僕に言った。
「株価はね、
期待の重さで下がるんだよ」
その言葉は、
会社という地獄の中にいた僕には、
妙に涼しくて、しかも美しかった。
二人目は、五十代半ばで出会った、
神奈川の社会福祉法人の理事長だった。
天皇陛下から勲章をもらい、
周囲からは「どん」と呼ばれていた。
でも本人は、
やたらと変なことを言う人だった。
「君ね、
成功した若者のデータばっかり
集めてちゃだめだよ」
そう言って、
理事長はコーヒーを一口すすった。
「若い人の数字は、金のなる木だ。
だいたい全部、速い。
心拍も、成長も、人生の期待値も…」
「でもね、老人のデータは
誰も集めたがらん。
銭にならないと思っている。」
少し間を置いて、彼はこう続けた。
「若い時と同じ速度で、
ずっと走れると思っとる人は、
だいたい途中で壊れちゃう。」
「そのまま走り続けたら、
君もね、間違いなく、
景色を見る前にパンクしますよ」
声は穏やかで、
脅す感じはまったくなかった。
ただ、天気予報を読み上げるみたいな
口調だった。
「雨が降ります」
「傘があったほうがいいです」
それと同じ調子で、
人生の故障率を教えてくれただけだった。
僕はその時、半分も理解していなかった。
でもなぜか、その言葉だけは、
ずっとポケットの中に残っていた。
そして
――ここで一回、息をつく。
僕はいつも、
分からないまま頷く癖がある。
たぶん“分かったふり”が、
僕の最も得意な演技だった(笑)。
ある日、口内炎がひどい僕に、
理事長は真顔で言った。
「口はな、災いの入り口なんだよ」
「ホヤ貝を見てごらん、
口と肛門しかないだろう?」
そう言って、モンダミンを差し出した。
「お口、くちゅくちゅ…(笑)」
正直、何を言っているのか
さっぱり分からなかった。
でも、言われた通りやってみた。
不思議なことに、
その日から口内炎は出なくなった。
理由は分からない。理屈も知らない。
ただ、事実だけが残った。
父が倒れたとき、
僕はもう一度この理事長に相談した。
すると、即座にこう言われた。
「今すぐ帰りなさい」
「親の死に目に会わんかったら、
それは一生の悔いになる」
僕は帰った。
病院で会った父は、驚くほど小さかった。
怖かった父は、
ただの優しい老人になっていた。
今、振り返って分かる。
この二人は、
僕の人生を正解に導いたわけじゃない。
ただ、危ないほうへ倒れそうなときに、
そっと肩を押してくれただけだ。
一人は「空気の偏り」を疑えと教え、
もう一人は「時間の偏り」を疑えと教えた。
それだけで、僕は壊れる確率を、
静かに下げられた。
大成功もしない。大失敗もしない。
でも、壊れない。
生きる意味は、最初から用意されていない。
生き残ってしまったあとで、
「あ、そういうことだったのか」
と遅れて追いついてくる。
それはたいてい、
とても地味な形でやってくる。
たとえば――
「口内炎がなくなったら、
ご飯が、めちゃくちゃ美味しい」
理由は分からない。感動的でもない。
でも、確かにうれしい。
ところで、
人間の歯は本来二十八本らしい。
親知らずを入れなければ、
それで完成だ。
でも僕の口の中には、
なぜか三十二本、全部そろっている。
余分な四本。
使い道のよく分からない歯。
「いらんやろ」と何度も言われたけど、
今もちゃんと残っている。
それで、ふと思った。
人生は、
必要最低限だけでは作られていない。
余計なものがいくつか残って、
あとから静かに役割が割り当てられる。
親知らずも、帰郷も、鉛筆も、ノイズも。
抜かなくてよかったと、
あとになって思う日が、
たまに、ちゃんとやって来る。
少なくとも僕は、この二人のおかげで、
親を知ることができた。
■第6章 部屋に来ていた誰か
(忘れてしまったことが、
僕をここまで運んできた話)
よく遊びに来ていた同級生がいたらしい。
「らしい」という言い方になるのは、
その事実を、
僕がまったく覚えていないからだ。
五十年ぶりの同窓会で、
その男はまっすぐ僕の前に立ち、
少し照れたように言った。
「君の部屋、よう行っとったで。
覚えとる?」
僕は、うまく笑えなかった。
名前も、顔も、声の調子さえ、
記憶のどこにも見当たらない。
彼の話では、
僕たちは中学から高校まで六年間、
同じ学校に通っていたらしい。
二人でレコードを聴き、
深夜放送の話をして、
毎回、どうでもいいことで
笑って別れていたという。
しかも、部屋に呼んでいたのは、
どうやら僕のほうだったらしい。
なるほど。
部屋も、音楽も、会話も、
ちゃんと用意されていた。
ただ、そこにいたはずの
「僕自身」だけが、
記憶からすっぽり抜け落ちている。
そう気づいたとき、
胸の奥は驚くほど静かだった。
申し訳なさより先に、
「ああ、やっぱりな」
という納得が来た。
僕は、忘れる。
しかも、かなり徹底的に。
転勤族として生きてきた僕にとって、
忘れることは性格じゃなかった。
生活の技術だった。
平社員のころは、
一つの街に五年ほど
腰を落ち着ける余裕があった。
同じ居酒屋で、
同じ失敗を二、三回は繰り返せた。
ところが管理職になると、
二年に一度、街が変わる。
気がつけば、
人の名前を覚えきらないうちに、
次の辞令が出る。
滞在時間が短くなるほど、
僕は記憶を軽くしていった。
だけど、飲んだ店の名前だけは、
なぜか覚えている。
それと料理の味。
地元産の食材を探していたことも。
でも、場所はまったく思い出せない。
Googleナビを開いても、
青い点がどっちを向いているのか、
さっぱり分からない。
だから僕は、
いつもこう言っていた。
「店の名前は分かるんじゃけど、
場所がどうも思い出せん。
悪いけど、一緒に行ってくれんか?」
もう一度あの料理を食べたいと思っても、
僕は一人では、絶対に辿り着けない。
方向音痴というより、
戻る能力が、決定的に欠けている。
たぶん僕は、
「場所」を覚える代わりに、
「状況」だけを持ち歩いていた。
この街では、
こんな顔で笑っていたな、とか。
この支店では、
空気がやけに重たかったな、とか。
住所は捨てる。
空気だけ持っていく。
それを、十回近く繰り返してきた。
だからだろうか。
地元の友人たちを見ると、
少しだけ胸がざわつく。
彼らは逃げなかった。
一方で僕は、
忘れないと、生きられなかった。
営業という仕事は、
昨日の正解が、
今日はもう使えない世界だった。
誰かに教えられたわけでもない。
深く考えた覚えもない。
前のやり方が通じなくなったら、
次をやる。
それを、ただ繰り返した。
結果として、
やめなかった習慣だけが、
いくつか残った。
ラジオ体操。
正信偈。
ランニング。
自転車。
一人カラオケ。
どれも、
「意味があるから続けた」
わけじゃない。
やめなかったら、残っただけだ。
忘れる人間は、
不利に見えるかもしれない。
でも、忘れるからこそ、
次の場所に、まっさらで立てる。
過去の成功体験を
大事に抱えすぎた人ほど、
変化に弱い。
そんな気が、どうしてもする。
そして不思議なことに、
鉛筆に人生を任せてきた僕が、
なぜか故郷に戻っている。
二度と同じ店に行けない男が、
ちゃんと帰ってきてしまった。
これは、狙って当てた結果じゃない。
外れ続けなかった。
ただ、それだけの話だ。
僕の部屋に来ていた彼のことは、
今も思い出せない。
それでも、
二人で聴いたあのロックの響きだけは、
なぜかまだ僕の中に残っている。
人生のノイズみたいに。
たぶん、
僕の人生に残るのは、
そういう感覚だけなのだ。
方向が分からないから、
流れに任せた。
それで、ここまで来てしまった。
そして――
戻ってきたこの部屋で、
僕はNHKの基礎英語を聴いている。
もう二年になる。
畳の上で、六十七歳が、
真面目に復唱している。
“This is a pen.”
思わず、笑ってしまう。
五十年前、
父に反発して投げ出した基礎英語を、
この年になって、
同じ部屋で聴いている。
誰に頼まれたわけでもない。
資格が欲しいわけでもない。
ただ、これが――
ものすごく、いい。
不思議なくらい、満たされている。
基礎英語の先生は、
やけに優しい声で言う。
「英語の勉強は、継続が大切です」
ああ、五十年たって、
親父の言っていたことが、
ようやく分かった気がした。
勉強の意味じゃない。
続けることの意味だ。
逃げてもいい。
忘れてもいい。
やめてもいい。
でも、戻ってきてもいい。
意味は、
最初から用意されていない。
その時は分からなくても、
嫌で嫌で仕方なくても、
鉛筆が転がるうちに、
あとから、そっと人生に
紛れ込んでくる。
五十年の遠回りも、
悪くなかった。
「親父と喧嘩したのも、
必要なプロセスじゃったんじゃな(笑)」
ラジオの向こうで、
先生が言う。
――“So, join us again tomorrow.”
「やあ、五十年ぶりだね。
また明日も、会おう」
僕は、思わず返事をする。
「はぁ〜い」
この瞬間、僕は確信している。
人生には、遅すぎる喜びなんて、
ひとつもない。
信じられないような人生に、
今夜は、静かに乾杯だ(祝)。
――第7章へつづく。
■第7章 二人の女性
(結婚しなかった人生と、
選ばなかった未来)
高校の同窓会で、
僕は二人の女性のことを思い出した。
人生には、たまにそういう日がある。
エレベーターに乗ったら、
過去が偶然、隣に立っているような日だ。
一人目の女性は、当時、
驚くほどウマが合った同級生だった。
話のテンポも合ったし、
黙っていても気まずくならなかった。
一緒にいると、世界のノイズが、
ほんの少し下がる。
たぶん、世間で言うところの
「正解」にいちばん近かった女性だ。
でも、同窓会の日、
彼女はそこにいなかった。
京都に住んでいて、
正月の同窓会には来られなかったらしい。
その代わりに彼女は、
友達にこう頼んだらしい。
「悪いけど、あの人の写真、
撮って送ってくれん?」
いまの僕が、
ちゃんと“この世に置いてあるか”を
確かめたかったのだと思う。
「はい、チーズ」
スマホに写っていたのは、
彼女の“代役”のはずの友達だった。
本人はいない。
でも不思議なことに、
彼女の存在感だけは、
ちゃんとそこにあった。
友達が、
別の写真も見せてくれた。
同級生三人で旅行に行ったときの写真で、
その端っこに、彼女が写っていた。
明るくて、優しくて、
やっぱり、あの頃と同じように笑っていた。
昔のイメージと、
ほとんど変わっていなかった。
「幸せそうだな」
彼女とは、大学二年のころまで、
二度ほど文通をしたことがある。
「お前ら、結婚したらええんじゃ」
そんな友人の一言に背中を押されて、
手紙を書いた。
でも、僕が筆不精だったせいで、
関係は静かに終わった。
仲は良かった。
たぶん、うまくもいったと思う。
でも、僕の鉛筆は彼女を選ばなかった。
理由は分からない。
ただ、そうならなかった。
思い出というのは、
片方だけの持ち物じゃない。
彼女の中にも、同じような手触りが
どこかに残っている気がする。
「だから、僕の写真を
撮ってくれって言ったんだろうな」
そう思うことにしている。
五十年経っても、
その問いは、まだ少し新しかった。
もう一人は、
僕が勝手に好きになった女性だ。
憧れ、と言ったほうが正しい。
昔の言葉で言えば、
マドンナ、というやつだ。
海外に住んでいると聞いていたけれど、
今は実家の近くに住んでいるらしい。
名字が変わっていないのが、
少しだけ不思議だった。
彼女は、とにかく色っぽかった。
春風にスカートがなびいて、
恥ずかしそうに笑う。
「嫌だぁ〜」
それだけで、
僕は鼻血が出そうになった(笑)。
ただし、覚えているのはそれだけだ。
声をかけなければ、
恋は始まらない。
でも、終わりもしない。
当時の僕は、「振られること」が
とにかく怖かった。
だから、このマドンナにも、
鉛筆は沈黙した。
五十年後、
同窓会という安全装置の中で、
僕は声をかけた。
鉛筆が、
軽く肘でつついた気がした。
「今さらやけど……」
胸が、少しだけときめいた。
「あなたは、
僕の憧れだったんよ…」
やっと言えた。
でも分かったのは、
彼女が山登りが好きだ、
という別の答えだった。
それで、なぜか十分だった。
正直に言えば、
もし彼女と結婚していたら、
今の僕は「あの時、声をかけていれば」
という、この甘美で切ない後悔を
味わえなかったと思う。
それは、
けっこう贅沢な感情だ。
憧れが強いほど、
現実との距離は広がる。
期待値が高い分、下方修正も激しい。
もし一緒に暮らしていたら、
別の苦労や、別の幻滅を
抱えていたかもしれない。
今の僕は、
彼女と結婚しなかったおかげで、
いちばん輝いていた状態の彼女だけを、
記憶の棚に、そっと保存している。
それで、たぶん、ちょうどいい。
隣にいた同級生が、小さな声で言った。
「ほんま、あんたの人生、
綺麗な女の人が
よう出てくるなあ」
それからね、
こうも言いたかったのだと思う。
――背伸びしすぎると、
あんた、だいたい転ぶじゃろ?
その感覚は、証券会社にいた僕には、
なんとなく分かった。
極端なものは、だいたい長続きしない。
結局、
どちらとも結婚には至らなかった。
そして、僕の鉛筆が選んだのは、
証券会社の同期入社、
今の嫁さんだった。
付き合って二年で結婚した。
ウマは、合う。
これは間違いない。
でも、性格は真逆だ。
僕が転がろうとすると、彼女は止める。
僕が「まあ、ええじゃないか」と言うと、
彼女は「それは違う」と言う。
喧嘩は多い。
衝突も多い。
外から見れば、
破綻しそうに見えると思う。
でも、不思議と壊れない。
僕がロックなら、彼女は歌謡曲。
僕がラジオなら、彼女はテレビ。
全部が真逆だ。
だから、僕は止まれた。
あとから思えば、それがいちばん
倒れにくい形だった。
日本橋の社長の「ちょっと待て」。
神奈川の理事長の「今すぐ帰れ」。
そして、嫁さんの「それは違う」。
三つのブレーキが、
パチンコ玉みたいな僕を、
ちゃんと止めてくれた。
鉛筆は、
こんな顔をしていた気がする。
「人生に意味があったから、
君は生き残ったんじゃない」
「生き残ったあとで、
勝手に意味を拾い集めてるだけだ」
同窓会に出てみて、
僕は、ようやく分かった。
「勝つことより、負けないこと」
そんな戦国武将みたいな言葉を、
僕は知らないうちに
毎日の生活でこっそり実演していた。
派手な勝ち星はない。
拍手もない。
でも、気がついたら
まだ土俵の上に立っている。
それって、
案外すごいことじゃないか、と
今さら思う。
鉛筆は転がる。
僕は歩く。
意味は遅刻して、
あとから息を切らして追いついてくる。
どうやら人生は、
きっちり考えた人より、
まあまあ適当な人のほうが
長持ちする設計らしい。
――第8章へつづく。
■第8章 破綻しない遊び方
(鉛筆で決めて、戻ってきた鮭の話)
五十年ぶりの同窓会で、僕はひとつの事実を、
ようやく自分に認めることができた。
「わしは、自分の人生を、
ほとんど自分で決めとらんな」
しかも、そのわりに、まだ生きている。
こうやって振り返ると、僕はどうやら
一人で放っておくと危ない人間らしい。
すぐ転がる。すぐ逃げる。
大事なところほど、決めない。
だから僕は、進学も、就職も、
配属も、結婚も、帰るか帰らないかも、
だいたい鉛筆に任せてきた。
ころん、ころん。
サイコロみたいに。
しかも不思議なことに、
その結果を鉛筆のせいにはしなかった。
親のせいにはする。
会社のせいにもする。
時代のせいにもする。
でも、鉛筆だけは責めない。
「出た目がこれなら、まあ、しゃあない」
そう言って、歩き出す。
決めるのは鉛筆。
歩くのは自分。
このやり方は、たぶん、
どの自己啓発本にも載っていない。
載せたら、出版社が怒られると思う(笑)。
ここで、もう一度、鮭の話をしよう。
養殖場で生まれた鮭は、
成魚になると、もう一度川を遡る。
ほとんどの鮭は途中で力尽きる。
しかも、あの養殖場は、
本当の意味での「母」じゃない。
人間が作った場所だ。
外から見れば、こう言いたくなる。
「そこは母じゃない」
「戻る理由はない」
「海のほうが広くて自由だ」
理屈としては、全部正しい。
でも鮭は、それを聞かない。
聞こえていても、聞かない。
「帰る家なんてないぞ」
そう言われても戻る。
なぜかは、鮭も説明しない。
説明できないからだ。
考えて戻っているわけじゃない。
正解を選んでいるわけでもない。
ただ、体がそう動く。
それだけだ。
僕も、たぶん同じだった。
若いころ家を飛び出した。
ぶつかって、壊れて、
「もう戻らん」と思った。
東京本社の会社に入ったから、
戻る確率は、ほとんどゼロになった。
でも今、なぜか僕は、
毎日、母に会っている。
これは、考えた結果じゃない。
決めた覚えもない。
鉛筆が転がった先に、その道があった。
やがて母は認知症になった。
でも、百曲以上の歌を覚えている。
ことわざも、山ほど知っている。
「あれ、お母さん、
めちゃくちゃ頭ええやん」
母は笑う。
「そうでもないよ。
あんたの方が頭ええわ」
たどたどしい言葉で、そう言ってくれる。
老いるというのは、
何かが失われることじゃなく、
余計なものが、
そぎ落とされることなのかもしれない。
母親という役割が外れたら、そこには、
知的で、華やかな女性が残っていた。
五十年越しに、母の正体を知った。
そして、ほんの少しだけ、
恩返しできている自分が嬉しい。
そのあいだに嫁さんは、
実家を静かに片づけてくれた。
トラウマごと、全部まとめて。
気がつけば僕は、実家と、ふるさとの町を、
少しずつ好きになっていた。
逃げなかったからだと思う。
そして嫁さんは、
僕が四十年分書きためた
鉛筆で書いたノートを見つけた。
百冊以上あっただろう。
彼女は言った。
「くだらないわね」
でも、捨てなかった。
そのノートは今、
小説の材料になっている。
読者は、だいたい五十人弱。
「まあ、ええか」
人生は、あみだくじみたいなものだ。
でも最近、こう思うようになった。
意味は、選ばなかった道のほうから、
静かに追いかけてくる。
ロックンロールのノイズみたいに。
「カモン・フィール・ザ・ノイズ」
――ノイズは、みんな違って、
みんな、生きている。
若い人には、こう言いたい。
意味を深く探すな。
正解を見つけようとするな。
外す日があっても、
破綻しなければ、次が来る。
決めるのは鉛筆。
歩くのは自分。
責任は、あとで持つ。
戻らなくていい鮭も、戻った鮭も、
どっちも間違っていない。
でも、戻ってきた鮭にしか
書けない物語がある。
僕は、たまたまそっちだった。
走れ、鉛筆。
僕の人生は、たぶん、まんがえぇ(笑)。
――完。
■あとがき
(進路指導に載らない、生き残り方について)
できればこのあとがきは、
親には読まれたくない。
理由は簡単で、
ここまで読むと、この物語の主人公が
どれほどおかしな決断の仕方を
してきたかが、全部ばれてしまうからだ。
親はたいてい、
「ちゃんと考えなさい」と言う。
でもこの男は、人生の大事な場面で
あまり考えていない。
代わりに、
よく間を置いていた。
進学。
就職。
配属。
転勤。
結婚。
辞めるか、続けるか。
帰るか、帰らないか。
普通なら清水の舞台から
飛び降りるような場面で、
この男は机の上に鉛筆を置き、
ころん、と転がした。
「こっち向いたら、行く」
「逆なら、やめとく」
それだけだ。
世界最高峰の意思決定理論も、
AIも、自己啓発本も使わない。
鉛筆一本。百円以下。
合理性ゼロ。再現性ゼロ。
成功法則は、最初から諦めている。
しかも、ここが一番おかしい。
この男は、
結果を鉛筆のせいにしなかった。
上司のせいにはする。
会社のせいにもする。
時代のせいにもする。
景気のせいにもする。
そして、父親のせいにも、
長いことしてきた。
でも、鉛筆だけは責めない。
「まあ、
出た目がこれならしゃあないか」
そう言って、歩き出す。
決めたのは鉛筆。
歩いたのは自分。
責任の所在が、どこにもない。
倫理的には、かなりグレーだ。
親が読んだら、たぶんゾッとする。
さて、ここで確率の話をしよう。
鮭が生まれて、海を渡り、
故郷の川に戻れる確率は、1〜2%。
アウシュビッツに送られ、
生きて戻れた人の確率は、5%前後。
では、
・学校では最下位
・親と衝突して追い出され
・正解を一度も当てず
・人生を鉛筆や間に任せ
・それでも故郷に戻ってきた男
この確率は?
正確な計算式はないが、統計学的には
**「出現してはいけない値」**に近い。
ほぼノイズだ。
一方、生き残れなかった側の
共通点も、はっきりしている。
・正解を当てにいった
・間違えることを恐れすぎた
・選択の重さに耐えきれなかった
・「今ここで決めなければ」と思いすぎた
つまり、この男は
真面目すぎる人たちとは、
根本的にやり方が違っていた。
分からない。
決められない。
自信もない。
だから――少し間を置いた。
散歩した。
コーヒーを淹れた。
外の空気を吸った。
シャワーが温まるのを待った。
何も決めない時間を、わざと作った。
鉛筆は、ただの象徴だ。
本当の意味で転がしていたのは、
時間であり、
距離であり、
感情とのあいだの空白だった。
怒りと行動のあいだに、ほんの一拍。
その一拍が、人生を壊す確率だけを、
静かに下げていった。
正直に言う。
人生で「これが正解だ」と
一発で当てられる確率は、
びっくりするほど低い。
でも、
間違えたあとも
その場に居続けられる確率は、
思っているよりずっと高い。
この男は、正解を当てなかった。
ただ、退場しなかった。
席を立たなかった。
殴る前に、歩いた。
それだけだ。
人生は、勝つゲームじゃない。
続けるゲームだ。
決め方が雑でもいい。
鉛筆でもいい。
散歩でもいい。
時間を空けるだけでもいい。
その場に残っていれば、
確率は、まだゼロにならない
………
❥いま、怒りで手が震えている誰かへ。
殴る前に、外に出てもいい。
何も考えず、十分だけ歩いてもいい。
それが、君の鉛筆だ。
父のせいにしてもいい。
社会のせいにしてもいい。
運のせいにしてもいい。
でも、自分が作ったその「間」だけは、
無駄だったと思わなくていい。
鉛筆は、たぶんこんな顔をしている。
「正解は知らない」
「でも、退場もしない」
「君が歩く限り、確率は残る」
この本を閉じるとき、誰かが肩をすくめて、
少し笑ってくれたら、それでいい。
「まあ……
殴るより、散歩のほうが
生存率、高そうじゃな」
「やっぱりわしは
まんがえぇ(笑)」
――おわり




