3-37 最後の四天王:夜明け前の決意
夜は、静かに終わりかけていた。
深い藍の空に、星が数えるほどだけ残り、世界はまだ夜明けを拒んでいるかのようだった。
神殿前の広場には、薄い霧が漂い、冷えた空気が肌にまとわりつく。
俺たち七人はそこで準備を整えていた。
だが、俺の視線は自然と一人に引き寄せられる――レンカ。
彼女は槍の穂先を指でなぞり、わずかに震える息を整えていた。
その横顔は、夜明けを迎えようとする空の色に染まり、どこか儚げで、それでも強い意思を宿している。
そして、彼女は俺を見た。
「ユーマ……今日こそ、全力で戦うわ。迷いはない」
その言葉、その眼差し――胸の奥に刺さる。
そうか。
迷いは、ないのか。
俺は小さく頷いたが、心の中では別の声がざわめいていた。
【……本当は、怖いんだ。レンカ、お前を戦場に立たせることが。】
彼女が傷つく姿を、二度と見たくない。
泣きそうになる顔も、痛みに耐える顔も。
あの日々の一つ一つが、今も俺の心に重く残っている。
だけど彼女は、もう“守られるだけ”の存在じゃない。
聖魔術師や聖槍使いとして、勇者として、俺たちの前に立つ覚悟を持っている。
その現実が、胸に痛いほど突き刺さる。
ミリアの軽やかな風、
カイルの静かで鋭い気配、
ダリオの重い足音、
レオンハルトの雷の唸り、
エリシアの静謐な呼吸。
みんな、その場にいる。
だが俺の世界は時折、レンカの一挙一動を中心に回っているように感じた。
【失いたくない。守りたい。……でも、彼女は俺と同じ場所まで来てしまった。】
その事実が苦しくて、それでも誇らしかった。
何度も何度も、彼女は自分の足で立ち上がってきた。
だからこそ――もう、俺だけの意志で彼女を戦わせないことはできない。
「大丈夫。俺も迷ってないよ」
その言葉は、ほとんど祈りに近かった。
迷っていないと言いながら、胸はざわつき続けている。
レンカは小さく微笑んだ。
その笑みを見た瞬間、俺はどこかで覚悟を決めた。
――彼女を守るためなら、俺は何だってする。
たとえ俺自身がどうなろうと。
それは、戦士としての覚悟とは違う。
もっと個人的で、もっと脆くて、そして何より強い感情だった。
遠くの山に薄い朝霧が立ち、神殿の石壁が淡く赤光を帯びる。
世界が夜を手放し、光に向き合う直前の、最も美しい時間。
レンカがその光に照らされた瞬間、思わず息をのむ。
【……綺麗だ。だから、守りたい。】
言葉にはしない。
言ったところで、彼女は首を振るだろう。
だからこそ、行動で示すしかない。
イルミナと対峙する今日。
俺たちの力と絆が試される日。
「行こう。……最後まで、俺たちで戦うんだ」
レンカが静かに頷く。
その横顔を見た時、俺の胸にあった迷いは、すべて形を変えた。
恐怖ではなく、決意へ。
失いたくないという想いが、戦う理由になった。
風がそっと吹き、彼女の髪を揺らす。
その光景が、俺の背中を強く押した。
武具を握り直し、神殿へ向かって歩き出す。
その隣には、いつも通りレンカがいた。
だけど今日だけは、
彼女の存在が――いつも以上に重く、強く、そして温かかった。
決戦の時はもう近い。
守りたいものが、すぐそばにある。
そして俺は、そのために剣を振るう。
最後の一瞬まで。
もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、下記の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をいただけると、執筆の大きな励みになります!
皆様の応援が、物語を完結まで導く力になります。
よろしくお願いいたします!




