1-2 再会
俺が五歳になったある日のこと。
母の友人であるルミナリア侯爵夫人レティシアさんとその家族が、ヴァレンティア家にお茶会へやってきた。
――が、本命はお茶ではなく、俺とルミナリア家の次女・レンカ嬢のお見合いだろう。
レンカ嬢は父親譲りの青みがかった銀髪に、母親似の琥珀色の瞳。
透き通るような白い肌を持つ、正直見惚れるほどの美少女だった。
一瞬、既視感が走った。
だが──俺には心に決めた人がいる。
そう自分に言い聞かせ、無関心を装った。
母セシリアは、学生時代の親友であるレティシアさんと
「子どもができたら、同性なら友人に。異性なら婚約させたい」
と話していたらしい。
父ユリウスと、ルミナリア侯爵アルトさんも了承していたとか。
しかし俺は、前世の婚約者――渡辺蓮花の転生者以外と婚約するつもりはなかった。
レンカ嬢も、どこか乗り気ではない表情をしている。
……この話は破談になるだろう。
そう思っていた。
そんな空気を察したのか、母が俺に言う。
「ユーマ、レンカさんを温室に案内して差し上げなさい」
俺はしぶしぶ頷き、レンカ嬢を温室へ案内した。
温室の中は満開の花々と香草の香りで満ち、心を落ち着かせてくれる。
俺は花や木々を説明しながら、レンカ嬢と歩いた。
一段落つき、ベンチに腰を下ろしたとき、思わず口を滑らせてしまった。
「実は人を探していて……前世で婚約者だった女の子なんだ」
その一言で、レンカ嬢の瞳が大きく揺れた。
「……私もよ。お互い、前世の記憶持ちなのね。良かったら、その子の特徴を教えてくれない?」
お互い記憶持ちか――。
そう思いつつ、俺は蓮花のことを語った。
「黒髪で黒い瞳。君と同じ“蓮花”って名前で、遠縁の娘で……見合いで出会って、一目惚れした。向こうも同じ気持ちだったみたいで。よく支えてもらって……俺にはできすぎた婚約者だったよ。……ん? 泣いてる?」
レンカ嬢の瞳から涙が溢れた。
「悠真……土御門悠真よね? 私よ、“渡辺蓮花”」
――まさか。
本当なら天に感謝したいほどの奇跡だ。
最初は話を合わせているのかと思った。
だが、俺は“渡辺”という苗字を一度も口にしていない。
そして前世での俺の名を知っている。
何より、その涙。
嘘であるはずがなかった。
「本当に……蓮花なのか? 夢じゃなくて?」
「ええ、夢じゃない。現実よ。……また会えて嬉しい」
そこからは、まるで時間が巻き戻るようだった。
俺とレンカは昔話に花を咲かせ、気がつけば笑い合っていた。
「また婚約する?」
「もちろんよ。それとも今の私じゃイヤ? 結構、自信あるんだけど?」
上目遣いで言われ、心臓が止まりかけた。
可愛すぎる。
俺は何度も頷いた。
「婚約する。早速、父と母に話そう!」
「ふふ、そうね。行きましょうか」
勢いそのまま、俺たちは温室を飛び出した。
両家の大人たちの前に戻り、俺は宣言した。
「二人で決めました! 将来、結婚して支え合っていこうと!」
……自分でも、何を言っているのか半分わからなかった。
母がレンカに確認する。
「レンカさん、本当にいいの?」
「はい」
レティシアさんは微笑み、「本人たちの意思を尊重しましょう」と言った。
アルトさんは肩をすくめ、
「まあ、最初からそのつもりで来たが……ユーマ君、うちのレンカを悲しませないでくれよ?」
「もちろんです! 必ず幸せにします!」
父が頷く。
「なら決まりだ。正式に婚約を結び、国王陛下に書類を提出しよう」
アルトさんが冗談めかして言う。
「不幸にしたら、家のレティシアが剣を片手にお前をしごくことになるぞ?」
「な、なぜレティシア様が剣を?」
「ふふ、知らなかったか? 結婚後は称号を譲ったが、家内は元“剣聖”なんだ」
驚いた俺は、勢いで叫んだ。
「じゃあ弟子にしてください!」
場が、一瞬凍りつく。
レティシアさんの微笑みがふっと消えた。
「理由を聞かせてもらえる?」
「俺たち術者の弱点は、詠唱中に接近されることです。だから近接戦の対策が必要なんです。元剣聖のレティシア様に学べれば、生き残れる可能性が高まります!」
沈黙のあと、レティシアさんは柔らかく笑った。
「いいわ。じゃあレンカと一緒に教えてあげる」
こうして、俺は週三日の剣術修行をルミナリア家で受けることになった。
残り三日は魔術の修業。
そして安息日はレンカと過ごす日。
赤子からやり直した身にとって、天界で学んだ武術の再調整には丁度いい機会だった。
俺とレンカは剣を交えながら、互いを高め合っていった。
◆
その頃、天界では相変わらず神々が好き勝手な議論を繰り広げていた。
一方、地獄の底ではサタンが漆黒の玉座で誰かと会話を交わしていた。
『ナイアーラトテップ様、何かご指示を?』
『……彼は今どうしている?』
『最近では嫉妬よりも傲慢が目立ちます。傲慢の魔王となるのも時間の問題かと』
『そうか。ならば、新しい“嫉妬の魔王”を据える必要があるな』
『準魔王種のエルシードを推薦します』
『うむ。その方向で進めておけ』
地獄の闇が、微かに蠢く。
――その動きは、やがて地上にも影を落とすことになる。
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