1-1 転生
ゆっくりと目が覚めると、こちらを覗き込む大きな瞳に気付いた。
「まあ、ユリウス。瞳はあなたと同じ紺碧色よ!」
そう言った人物は、そばにいる大柄な男性へと声を掛ける。
男性は嬉しそうに言った。
「うむ。髪の色は君譲りで金髪だ。肌は私たち似の白肌だな。将来、美男子で女の子泣かせになりそうだ」
そこへ医者の格好をした人物が、ユリウスと呼ばれた男に声をかける。
「ヴァレンティア公爵閣下、測定結果が出ました。母子ともに身体的には問題ありませんが、坊ちゃまの魔力が過多で――このままでは天に召されてしまうでしょう」
さきほどまで嬉しそうだったユリウスと、こちらを覗いていた女性(恐らく母)の顔が、一気に悲しげに変わった。
「何とかならぬのか? セシリアが頑張って産んだのだぞ」
医師はなんとも言えぬ表情で首を振る。
「自発的に魔力循環と制御ができれば助かりますが……赤子には不可能でしょう」
──そうか。
先ほどから身体が怠かったのは、この魔力過多のせいか。
ならば、魔力循環と制御を行おう。
ついでに霊力も回しておくか。
そう決め、早速始める。
徐々に怠さは嘘のように消え、むしろ心地良い感覚が満ちてきた。
それを見ていた医者が、驚愕の表情で叫んだ。
「馬鹿な! 赤子なのに自発的に魔力循環と制御を行っているとは……あり得ない!」
つられてユリウスとセシリアもこちらを見る。
「おお、本当だ。目が魔力循環で輝いている」
「まあ……家の子は天才かしら?」
その時、天使ラグエルが光とともに顕現し、その場の人間に告げる。
『この子、悠真は無事だ。いずれ勇者の一人となり、この世を救うだろう』
セシリアは微笑みながらつぶやいた。
「今……天使様、“ユウマ”と言ったかしら。ちょっと言いにくいわね。“ユーマ”という名はどうかしら」
ユリウスも笑顔で頷く。
「そうだな。この子はユーマ。ユーマ・ヴァレンティア。そして未来の勇者だ」
そう言いながら、籠ごと俺を抱き上げる。
「王には報告しておこう。ただし勇者であることは他言無用である」
医師は慌てて返事した。
「わ、わかりました、公爵閣下。口外いたしません!」
セシリアは優しく微笑む。
「ユーマ、お父様のように強い魔導師になるのですよ」
ユリウスは少し照れていた。
◆
同日同時刻、ルミナリア侯爵家でも同じような出来事が起きていた。
生まれたばかりの赤子が魔力循環・制御を行い、天使ラグエルが顕現し『蓮花』と呼んだことから、レンカ・ルミナリアと名付けられた。
――こうして、二人の赤子、ユーマとレンカはそれぞれの家で安らかに眠っていた。
俺は小さな手をひらひらと動かす。
光が指先から柔らかく放たれ、空中で小さな渦を描いた。
レンカも同じように手を動かし、光を弾く。
その目には微かな驚きと好奇心が宿っている。
その瞬間、光が微かに交錯した。
互いの存在を無意識に感じ取り、まだ言葉は知らないが、わずかに理解を共有したような感覚が生まれる。
◆
神々が微笑みながら天界から見下ろす。
『ふふ……やはり、この二人は特別な運命で結ばれているな』
天御中主神はヤハウェへ向かい、肩をすくめる。
『君……また仕込んだな?』
ヤハウェは涼しい顔で答える。
『ちょっとな。魔力・霊力過多は瀬織津姫が元々九倍与えていたのに加え、私も力を分けた。まあ今は放置だ。鼠を炙り出す導きとして必要だからな』
須佐之男命は豪快に笑い、天照大御神はため息をつき、月読命と瀬織津姫は軽く顔を見合わせた。
神々の会話は相変わらず賑やかだ。
ラグエルは二人の赤子へそっと声をかける。
『ユーマ、レンカ……この光の感覚を覚えておくのだぞ。君たちの未来は、やがて世界を揺るがす旅になる』
ユーマもレンカも理解はできないが、手の中の光を重ね、微かに共鳴する。
――光がわずかに強まった瞬間、二人はそれぞれの眠りに戻っていった。
しかし、その小さな絆は確実に、十六年後に始まる旅へ向けて、静かに種を蒔いていた。
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