2-19 初めての実戦訓練:遭遇、そして実戦
森の奥へと進んでいくうちに、湿った土の匂いの中に獣臭が混じり始めた。
風が途切れた瞬間、かすかな息遣いが聞こえる。
俺は足を止め、目を凝らした。
木陰に潜む緑の影――六体のゴブリンが、こちらの様子を窺っている。
いずれも、ただの雑兵だ。
回復師や魔術師、弓兵の姿は見えない。
その時だった。
背後から金属の擦れる音とともに、三人の生徒が飛び出した。
フルプレートアーマーのまま奇声を上げ、突撃していく。
だが重装備のせいで動きが鈍く、身軽なゴブリンたちは容易く攻撃をかわした。
そして逆に、棍棒の連打を浴び、あっという間に地面に叩き伏せられていく。
他の生徒たちは、目の前の惨状に足をすくませたまま、ただ見ているだけだった。
俺とレンカは無言で目を合わせ、頷き合う。
次の瞬間、二人の身体は森の中を駆けていた。
――動揺など、微塵もない。
前世で妖異や魔を退けてきた経験が、自然と身体を動かしていた。
俺は手を翳し、短く詠唱する。
「バインド」
魔力が地を走り、ゴブリンの足元から蔦が生える。
六体のうち三体の動きが止まった。
もがく音を背に、レンカが前へ出る。
蜻蛉切の穂先が月光のように閃き、最前列の一体の頭を正確に貫いた。
一突きで絶命。
続けざまに穂先を翻し、二体目の喉を貫通させる。
俺は棍棒を構えるゴブリンの懐に飛び込み、上段から一閃した。
手ごたえ。
鋼の刀身が木の棍棒を真っ二つにし、そのまま頭蓋を断ち割る。
振り返りざま、次の一体を袈裟懸けに斬り裂く。
血飛沫が木漏れ日に散った。
残る二体は怯えたように後退した。
俺は手を構え直し、冷気の魔法を放つ。
「アイス・バレット」
氷弾が一直線に飛び、ゴブリンの頭部を撃ち抜く。
最後の一体が残ったが、学友たちは誰一人として動かない。
完全に恐怖に呑まれていた。
「……仕方ないな」
レンカに目で合図を送る。
彼女は無言で頷き、槍を一閃――最後の一体も地に伏した。
沈黙。
その場に漂う血と鉄の匂いの中で、他の生徒たちは俺たちを遠巻きに見つめていた。
畏怖と困惑が混ざった視線。
その中から、シルヴィアが一歩踏み出し、震える声で尋ねる。
「……どうして、そんなに平気なの?」
俺は少し考え、淡く笑って答えた。
「実戦の経験があるんだ」
“前の世界で”という言葉は飲み込んだ。
シルヴィアは息を吐き、他の生徒たちもようやく動き出した。
その時、俺は引率の教師に声をかける。
「先生、このまま引き返しますか? それとも、もう少し進みますか?」
教師はしばらく黙考したのち、静かに言った。
「君たちで決めなさい。無理だと思えば、退くことも勇気の一つだ」
協議の結果、俺たちは撤退を選んだ。
だが、運命はそれを許さなかった。
帰路の途中、またも茂みの向こうから耳障りな咆哮が響いた。
現れたのは先ほどよりも多い――十体。
おそらく、先の戦いの音と叫び声に惹かれたのだろう。
「レンカ」
「ええ」
二人は互いの武器を構え、静かに森の影へと足を踏み入れる。
今度は味方を巻き込む心配はない。
俺は詠唱を切り替え、蔦を走らせながら、もう一つの魔法を重ねる。
「バインド……スリープ・クラウド」
淡い霧が広がり、ゴブリンたちが一斉に咳き込み、次いで力なく倒れた。
抵抗する間もなく、全てのゴブリンが深い眠りへと落ちていく。
眠る敵の群れを前に、俺とレンカは視線を交わす。
互いに無言のまま頷き、そして動いた。
槍と刀が、夜露を切るように静かに閃く。
一体、また一体――目覚める間も与えず、全てを斬り捨てた。
戦いが終わった時、森の奥には再び静寂だけが残っていた。
鳥のさえずりすら戻らぬその沈黙の中で、俺はそっと息をつく。
「……やれやれ、これで引き返しても文句は言われないだろう」
レンカは微笑み、淡く髪を揺らした。
その横顔は、冷気の残る森の光に、どこか神聖に見えた。
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