2-11 学園祭の夜、誓いの杯
年に一度の学園祭は、イーバラット学園都市のどの祝祭よりも華やかだった。
ツーク国立学園の中庭には花々の結界が張られ、昼空には虹の輪が架かる。
生徒たちは思い思いの装飾を纏い、屋台では香ばしい匂いが風に乗って広がっていた。
俺は生徒会の腕章を巻きながら、人波を見回す。
普段は整然とした学園も、今日ばかりは混沌そのものだ。
笑い声、喧騒、魔法光の閃き――それらが不思議と心地よく胸に響く。
「おや、ユーマ様。 随分と真面目に巡回なさってますね」
振り向くと、料理研究クラブの屋台でレンカが白いエプロン姿のまま、客を手際よくさばいていた。
普段の貴族的な気品は影を潜め、額に汗を浮かべながら笑っている。
「お嬢様の料理は庶民の味とは違うな!」と冷やかされても、
彼女は「そう言われると逆に照れるわ」と返す。
その自然体な姿に、俺の胸の奥がくすぐったくなった。
「楽しそうにやってるな」
「当然よ。 誰だって、自分が作ったものを笑顔で食べてもらえたら嬉しいでしょう?」
「……そうだな」
短い言葉のやり取りの中で、レンカの“理想”の輪郭が見えた。
身分や派閥に縛られず、誰もが笑い合える世界。
彼女はきっと、それを夢見ている。
互いの距離が自然に近づく。
俺は彼女の横顔を見つめながら、胸の奥に温かい火が灯るのを感じていた。
◆
──だがその一方で、別の場所では火花が散っていた。
午後、学園中央ホールでは、生徒会主催の貴族交流パーティーが開かれていた。
煌びやかなシャンデリアの下、柔らかな音楽と笑い声が満ちる。
だが、そこに潜むのは“派閥の影”だ。
国王派と貴族派。
どちらにつくかで家の未来が左右される――そんな空気を纏う者たちの視線が、俺に注がれていた。
「ヴァレンティア家の嫡子ともあろう方が、貴族派の若造と馴れ合うとは」
「この学院も、貴族派の干渉が過ぎますな」
笑顔を装いつつも含みのある言葉。
俺は杯を傾けてかわすが、胸の底に微かな苛立ちが渦巻く。
政治を子供の遊戯のように扱いながら、誰よりも他人の自由を縛ろうとする。
その矛盾が、何よりも不愉快だった。
「……不愉快だな」
小さく呟いた瞬間、背後から響いた声が場の空気を切り裂いた。
「彼を侮るのはやめろ」
人垣が割れ、黄金の髪をなびかせた青年が歩み出る。
――レオンハルト・グランベルク。
貴族派の筆頭ながら、セディアス殿下の懐刀と目される男だ。
その真っすぐな声が、ホールのざわめきを一瞬で鎮めた。
「ここは学びの場だ。 派閥の名など外に置いてこい。
ユーマは、ただの生徒であり――俺の友だ」
静かな怒気を孕んだ言葉に、周囲の貴族たちは顔を見合わせ、口をつぐむ。
俺はその背中を見つめながら、心の底から思った。
――この男は、やはり本物だ。
◆
パーティーの後、夕暮れの屋台通りで、俺は再びレンカに会った。
「また、庶民派の味を守っていたのか」
「あなたは政治の火種を消していたのでしょう? どちらも似たようなものね」
二人は並んで笑う。
落ちかけた夕陽が彼女の頬を照らし、光の粒が髪に宿る。
その横顔を見て、俺は言った。
「……俺は、守りたい人がいる。 それだけだ」
レンカは一瞬動きを止め、そっと目を伏せた。
「そういうの、ずるいわ」
その声は、祭りの喧騒に溶けて消えていった。
◆
夜。
生徒会室のテラスでは、セディアス殿下を始めとした幹部数名が集まっていた。
疲れ切った顔で笑い合い、湯気の立つ紅茶を傾ける。
セディアス殿下が立ち上がり、盃を掲げた。
「俺はいつか、この国を動かす立場になるだろう。
だが、権力のためじゃない。
誰もが胸を張って生きられる国を作るためにな」
レオンハルトが静かに応える。
「その時は、私がその国を守る剣になる。
たとえ影に立つことになっても、信じた秩序は俺が斬ってでも守る」
レオンハルトは杯を掲げ、穏やかに笑った。
「ならば俺は、お前に恥じぬ王になる」
二人の杯が月光に照らされ、静かに触れ合う。
──それは、青年たちの小さな誓い。
だが、その約束はやがて王国の命運を左右する絆となる。
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