前-10 拒絶する土地神
任務地は、石川県郊外。
地図にもはっきりと名前が載らない、小さな集落だった。
舗装の甘い道路を抜け、車を降りた瞬間――
空気が、明確に違った。
【……ここは、嫌われているな】
霊的な圧迫感ではない。
むしろ逆だ。
“閉じている”。
人を拒み、外からの干渉を嫌い、
それでいて――怒りきれていない。
「なるほど……」
俺は、深く息を吸い込んだ。
土地そのものが、人間に対して“距離を取っている”。
監察官の言葉を思い出す。
――害意は薄いが、意思がある。
「戦う相手じゃないな」
念話が重なる。
『うむ。
力で押せば、土地ごと壊れる』
『主よ、これは“神の子供”じゃ』
【子供、か】
俺は、供物袋を肩に掛け直した。
酒は持ってきていない。
今回は、最初からそのつもりだ。
◆
問題の場所は、集落外れの、小さな森だった。
かつては祠があったらしいが、今は崩れ、注連縄も朽ちている。
――それでも。
木々は異様に元気で、地面には、不自然なほど雑草が生えていない。
「……いるな」
俺は、森の入口で立ち止まった。
そして、ゆっくりと膝をつく。
「こんにちは」
声を張らない。
名も名乗らない。
「今日は、あなたを追い出しに来たわけじゃない」
風が、一瞬だけ止んだ。
『ほう……』
『最近の人の子は、最初から頭を下げるようになったか』
声は、幼い。
だが、確かに“神の響き”を持っていた。
「ここにいる理由を、聞きに来た」
沈黙。
しばらくして、森の奥の空気が揺らいだ。
『……人は、約束を守らぬ』
『祠を壊し、名を忘れ、それでも“守れ”と言う』
拗ねた声だった。
怒りではない。
悲しみでもない。
ただ――諦め。
「それでも、ここを守ってきた」
俺は続ける。
「人が来なくなっても、信仰が薄れても」
『……当たり前じゃ』
『ここは、わしが生まれた場所じゃ』
子供のような気配が、森の中心に集まっていく。
姿は見えない。
だが、“見られている”。
◆
「ひとつ、提案がある」
俺は、供物袋から
小さな包みを取り出した。
それは――
人用の、質素な弁当だった。
「これは、俺が食べる分だ」
ざわり、と空気が動く。
「でも、もしよければ」
包みを地面に置き、少しだけ後ろに下がる。
「一緒に食べないか」
『……は?』
完全に、意表を突かれた反応。
「神様に供える食事じゃない。
ただの、昼飯だ」
『……意味が分からぬ』
「意味はない」
俺は、素直に言った。
「ただ、話しながら食べるだけだ」
長い沈黙。
やがて――
森の中央に、小さな影が現れた。
少年の姿。
だが、足元は地面と溶け合っている。
『……人の子』
『おぬし、怖くないのか』
「少しは」
正直に答える。
「でも、敵じゃないなら」
少年神は、しばらく俺を見つめてから、ちょこんと弁当の前に座った。
『……少しだけじゃぞ』
◆
その後の時間は、拍子抜けするほど静かだった。
森のこと。
昔の祭りのこと。
人が減っていった理由。
俺は聞き、否定しなかった。
食事が終わる頃、少年神がぽつりと呟く。
『……もう、追い払われると思っておった』
「それはしない」
『……なら』
少年神は、少しだけ胸を張った。
『人が来る時は、ちゃんと知らせる。
無理は、せぬ』
それで十分だった。
◆
帰り際、念話が飛んできた。
『主よ』
『やはり、おぬしは神に好かれる』
【好かれてるというより……】
俺は、森を振り返る。
【見捨てられなかっただけだ】
十一歳。
力でねじ伏せるより、言葉で結ぶ方が難しいことを、少しだけ理解し始めた年だった。
そして――
この“対話の力”が、やがてもっと大きな存在と向き合う時、決定的な意味を持つことになる。
その予感だけが、静かに胸に残っていた。
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