4-23 vs 怠惰(死霊)の魔王バルドル:孤立する二人
迷宮の奥へ進むにつれ、空気は重く沈み、世界そのものが眠りに落ちようとしているようだった。
薄闇に沈む石の回廊を、凍えるような冷気がすり抜ける。
風ではない。――死者の吐息だ。
瓦礫の影から、ゆらりと三つの影が立ち上がった。
かつて四天王として名を馳せた、戦鬼バルザグル、影妖クルス、煉獄の魔女イルミナ。
今や尊厳も意思も失い、怠惰の魔王の玩具として動く歪んだ屍兵と死霊兵である。
その姿を見た瞬間、ミリアの胸に走ったのは恐怖ではなかった。
――熱だ。
喉の奥が焼けるほどの怒り。
【兄さんも……こんな……こんな風にされて……!】
風が震え、影が揺れ、ミリアの魔力が制御を外れかける。
その肩に、静かに手が置かれた。
「ミリア。 息をしろ」
レオンハルトの声は雷光のように鋭く、そして温かい。
ミリアははっと息を吸い、震える指を押さえ込む。
「怒りは捨てるな。だが――呑まれるな。
お前の風は、もっと自由で、強いはずだ」
その瞬間、屍兵バルザグルが雄叫びを上げ、突進してきた。
「来るぞ!」
レオンハルトが前に躍り出る。
ミリアの乱れた心を断ち切るように、双雷剣が白い閃光を散らす。
「ミリア、左! 影で足を封じろ!」
「はいっ!」
ミリアの影が地を這い、バルザグルの脚を絡め取った。
巨体が一瞬たたらを踏む――その隙を、レオンハルトが逃さない。
雷光が迷宮を照らし、石壁に残響が走る。
だが背後の闇から、しなやかな影が伸びた。
影妖クルスだ。
「ミリア、後ろ!」
声より早く、影の腕がミリアの喉を狙う。
ミリアは反射的に影へ溶け込み、地を滑るように離脱した。
「……っ、危な……!」
心臓が痛いほど脈打つ。
怖い。
でも――それ以上に許せない。
「兄さんの尊厳を……奪ったくせに……!」
怒りが燃え、風が悲鳴のように渦巻く。
レオンハルトは横目でミリアを見る。
【……ミリア。 本当に強くなった】
誇らしさと、絶対に失わせないという決意が胸に灯る。
「ミリア、イルミナの炎に備えろ! 反射できるか!」
「できます!」
ミリアは両手を広げ、風を大きな円のように巡らせた。
煉獄の魔女イルミナが吐き出した灼熱の炎が、風の渦にぶつかる。
ねじれ、跳ね返され、迷宮の壁を焦がした。
炎の光が一瞬だけ二人を照らし出す。
レオンハルトの眼差しは鋭く、揺るがない。
ミリアの瞳は涙を滲ませながらも、しっかりと前を見据えていた。
【負けたくない。 兄さんのためにも――私自身のためにも】
再び襲いくる屍兵たち。
しかし二人の動きには、もはや迷いはない。
ミリアが影で縛り、風で削る。
レオンハルトが雷で穿つ。
バルドルの怠惰の意志が、迷宮全体にどろりと滲んでいく。
『……愚かな者たちよ。
戦って、苦しんで……まだ立とうというのか。
私の死霊たちはただ見守るだけだというのに……』
嘲りではない。
理解不能とでも言うような“怠惰の哲学”が滲んだ声。
だが屍兵が最後の一体まで倒れ、四天王の屍兵と死霊兵を無力化し、影が消えていくと――
『……な、なぜ……こんな……』
バルドルの声に、確かな“狼狽”が混じった。
静寂が落ちる。
レオンハルトは荒い息を吐き、剣を下ろす。
ミリアは肩を震わせながら小さく息を吸った。
「……終わったの……?」
「ああ。よくやった、ミリア」
その言葉に、抑えていた感情が溢れる。
ミリアは唇をかみしめ、涙を零した。
「……っ、怖かった……でも……兄さんのこと思い出したら……っ」
「分かってる。 大丈夫だ」
レオンハルトはそっと彼女の肩に触れた。
泣いていい、と言うように。
ミリアは息を整え、顔を上げる。
「行きましょう……レオンハルト。 バルドルは、この奥にいる」
「ああ。 必ず終わらせる」
迷宮の奥――怠惰の魔王が、静かにその“影”を揺らしていた。
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